上 下
791 / 906

【新婚旅行編】六日目:お揃いな、毎朝の幸せ

しおりを挟む
 もう、あふれてしまいそう。だというのに、彼は俺の心に喜びを注ぎ続けてくる。

 頭がくらくらしてしまいそうな言葉の数々で。ホントに、心の底から嬉しそうな声で。俺だけに向けてくれる、見せてくれる、蕩けるような微笑みで。

 震えてしまっている手に、繋いでいる手に、そっと力が込められた。

「私の姿を、捉えて下さった瞬間に……」

「っ……」

 声になっていない俺の歓喜は、彼には届かない。気付いてもらえる訳もない。

「あの一瞬にしかない幸福を覚えてしまえば、つい……貴方様の寝顔を見つめながら、その時が訪れるのを待つことを止められず……ああ、ですが愛しい妻からのアプローチも是非とも受けたく……故に時折は眠ったまま、貴方様が私を襲って頂けるのを心待ちにしている次第でございます」

「そんな、それじゃあ……ホントにお揃いなんじゃ……」

 色々と噛み締めてしまっていた気持ちの一部が、ポロリと口からこぼれてしまってようやくだった。熱に浮かされていた瞳が、俺が浸っている喜びの違いに気がついたのは。

「あ、いや、その……」

 隠すつもりはない。むしろ共有したい。でも、ちょっぴり勇気が足りなくて、時間をもらった。

 震える手を、大きな手に握ってもらいながら、何度か深呼吸をしてから口を開く。

「っ……俺も、いっつも幸せだなって、思って、るから……」

 それでも、やっぱり声は震えてしまっていた。言葉も途切れ途切れになってしまっていた。

「目を開けたら、一番最初に……バアルが、見えるの……バアルが、俺に微笑みかけてくれるの……」

「……そう、でしたか」

「……うん」

 それでもなんとか最後まで、ちゃんと伝えられたころには耳まで熱くなってしまっていた。

 バアルもだった。長い睫毛を伏せている彼の頬は、すっかり真っ赤に染まってしまっている。お互いに握り合っている手が熱い。

「……あの、さ」

「……はい」

「一回、今から試しに俺のこと……襲ってみる? 寝たフリ、してるからさ」

「はい?」

 そんなに思いがけない提案だったんだろうか。そわそわとはためいていた羽も、揺れていた触角も、ぴたりと止まってしまっている。

 上手く言葉を飲み込めていないような。きょとんと目を丸くしている彼に、俺は言葉を重ねた。俺にしては、いい提案だって思っていたからさ。

「だってさ、普段は出来ないでしょ? 俺達の需要と供給? が一致してるし?」

「ええ、まぁ、左様でございますね」

「でも、俺だってバアルに襲ってもらいたいっていうか……バアルがどんな風に襲ってくれるのか、気になって仕方がないっていうか、一回くらい体験してみたいっていうか…………ダメ?」

 訪れた沈黙の最中、ぱたぱたと賑やかな羽の音だけが聞こえている。

 額に優しく口づけてくれてから、バアルは俺を抱き上げた。膝の上から俺を下ろして、自身は広いベッドへとスタイルのいい長身を預けた。

 一連の動作をただ眺めていただけの俺を、引き締まった長い腕を広げて招いてくる。

「……どうぞ」

「え」

「どうぞ、此方に……普段眠っている時と同じシチュエーションでなければ、意味がないでしょう?」

「は、はいっ」

 シーツの上を四つん這いでいそいそと這いながら、俺は彼の胸元へと潜り込んだ。筋肉質な二の腕を枕代わりにして、そっと彼を見上げる。大きな手のひらが腰の辺りに添えられた。

「……よろしく、お願いします」

「ええ、此方こそ……宜しくお願い致します」

 気のせいかもしれない。気のせいだと思う。

 穏やかに微笑んでいるバアルが、普段から余裕たっぷりな彼が、緊張しているように見えただなんて。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...