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【新婚旅行編】六日目:嬉しいんだけれど、何だかな

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 高い鼻先を俺の鼻にちょこんと寄せて、名残惜しそうに口づけてくれてから、バアルはそのしなやかな指先を軽く弾いた。

 こ気味の良い音を合図に、ピッチャーがひとりでに水を注ぎ始める。みるみる内に、二つのグラスが満たされた。

 役目を終えたと言わんばかりにピッチャーは、広いベッドの端にあるサイドテーブルへとふわふわ向かっていく。

 同時にグラスも動き始めた。一つは俺の手元に、もう一つはバアルの手元に。吸い寄せられるように速く飛んできたにも関わらず、水は一滴もこぼしてはいない。すぐ近くにあるグラスに触れると、ひんやりとした冷たさが手のひらから伝わってきた。

「ありがとう」

「いえ」

 グラスを手にしたまま、バアルが器用に俺を抱き直す。後ろ向きから横抱きの形にしてもらえて、バアルの顔が見やすくなった。

 バアルが、そっとペアのグラスを近づけてくる。乾杯したいってことなのかな?

「えっと……いただきます」

 合っていたらしい。シンプルだけれども上品なデザインのグラスを近づけると、ちょんっと合わせてきてくれた。グラス同士が触れ合った音は風鈴みたいに涼しげで、澄み渡るような音だった。

「いただきます」

 そう言ったものの、バアルがグラスを傾けることはしない。柔らかく微笑みながら、ただ俺を見つめている。俺が飲むまで飲まないつもりなんだろうか。

 試しにと軽く一口のつもりだった。よっぽど喉が渇いていたんだろう。程よい冷たさが口に触れた途端、一気にグラスを煽ってしまっていた。

 ひんやりとした水が、喉を通っていく感覚が心地いい。染み渡っていくようだ。頭の方も、今起きたみたいにシャッキリしてくる。

「ふはっ……ぁ……」

「ふふ、お代わりはいかがでしょうか?」

「いただきます……」

 すぐに注いでもらえた。バアルの大きな手が俺のグラスをそっと持って、いつの間にやら近づいてきていてふわふわ浮かんでいるピッチャーに向かって差し出す。再び俺のグラスが冷たい水で満たされていく。

 瞬間移動でもしたんだろうか。ピッチャーはサイドテーブルに行っていたハズなのに。

 目の前と、それなりに距離のあるサイドテーブルの方を交互に見ていると「どうぞ」とグラスを差し出された。もう一度お礼を言ってから口を付けると、やっとこさバアルも自分のグラスを傾け始めた。

 ただ水を飲んでいるだけ。なのに、つい魅入ってしまう。仕草が上品で、どこから見ても絵になるっていうのもある。あるんだけれども。

 ……やっぱり、カッコいいよな。

 渋いシワが刻まれた彫りの深い顔は勿論のこと、いまだに昨夜の姿のまま、服を纏わずに無防備に見せてくれているその身体も。

 ムダな筋肉が一つもない鍛え抜かれた肉体美は、男として憧れる。スラリと長い手足や、引き締まった首のラインが美しい。寝起きだった頭が目覚めたからか、今更になってドキドキしてしまう。散々、素肌を寄せ合ってもらえているのにさ。

 尖った喉が動く様を注視していたからだろう。別のところにも視線が誘われてしまっていた。

 引き締まった首の下。キレイに浮き出た鎖骨の近くに、ちょんとついている赤い跡。それ自体は、ほんの小さなものだ。でも、彼の肌が透き通るように白いから目立ってしまっている。

 嬉しいんだけれど、何だかな。
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