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【新婚旅行編】五日目:満更ではないみたい

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「……リベンジ、させて下さい」

 こういう時は先手必勝。申し訳なさそうに触角を下げている彼が口を開くより先に、俺は願い出ていた。腕枕をしてくれて、労わるように腰を撫でてくれていた彼の頬に両手を添えていた。

 しょんぼりと歪んでいた形の良い唇に、一瞬だけ笑みが浮かぶ。でも、またすぐに真一文字に結ばれてしまった。

「お気持ちは大変嬉しいのですが……貴方様への負担が」

「大丈夫ですっ! だって、ずっと気持ちよかったですから!」

「……アオイ」

 包み込むように触れていた頬が、ほんのりと血色を取り戻していく。細くて長い触角が、そわそわと落ち着きなく揺れ始めた。

 やっぱり。俺を気遣ってくれて遠慮しちゃってるだけで、満更ではないみたい。あと、もう一押し。

「……ね、バアル……お願い……」

 女の人みたいな可愛い声の出し方なんて俺には分からない。けれども、俺が思う精一杯の甘えた声でお願いしてみた。鮮やかな緑の瞳を、じっと見つめてみた。

「今までだってさ、最初は出来なかったことも、してもらえている内に出来るようになっていたでしょ?」

「それは……そう、ですね……」

 行き当たりばったりな作戦だったが、意外にも上手くいっているのだろうか。明らかにバアルさんの気持ちが傾きつつある。俺のお願いを叶えてくれる方へと。

 手のひらから伝わってくる彼の体温も、少し熱を増してきたような。揺れていた触角の動きも、賑やかになってきたような。ほんのりと感じつつある手応えに気を良くしながら、俺は言葉を重ねた。

「だからさ……今回も、いつか最後まで応えられるようになれると思うんだ……ちゃんと俺が出来るようになれるまで、バアルに根気よくしてもらえたら……だから、ね……?」

 額をくっつけて、擦り寄って。照れたように細められている緑の瞳を見つめてみる。

 喉が鳴るような音が聞こえてから、バアルが軽く息を吐いた。俺の手の甲に手を重ねてくれてから、よしよしと撫でてくれてから、やっとちゃんと目が合った。

「……明日から、ですからね?」

「っ……うんっ!」

 思わず俺は彼の手を握っていた。下ろした勢いそのままに軽く揺らしてしまっていると、バアルさんも合わせてくれる。真っ直ぐに伸ばしていた背をゆらゆらと揺らしてくれる。

 しばらく何らかのお遊戯みたく繋いだ手を揺らしてから、バアルさんが額にそっと口づけてきた。

「本日は、貴方様に沢山甘えてしまいました……そろそろ日付も変わってしまいます……ですから……」

「うんっ、ちゃんと身体を休めるよ、明日に備えて」

 困ったように凛々しい眉を片方下げて、擽ったそうにバアルが笑う。緩やかな笑みを描いた唇に、酷く俺は惹かれていた。

「……でもさ、キスは……いいでしょ?」

 声がちょっぴり震えてしまう。ほんの少し前に、とんでもないお願いをしたくせに、今更になってそわそわしてしまっていた。

 そっと手を離して、しなやかな指が俺の顎を掴んだ。顎の裏を甘やかすように撫でてくれながら、彫りの深い顔が近づいてきてくれた。

「ええ、構いませんよ……私も、愛しい妻からの御慈悲を賜りたいと思っておりましたので」

「バアル……ん…っ」

 俺からの、なんて言っておいて、俺より先に食んできた。擦り寄ってくる柔らかい温もりに、すぐに夢中になってしまう。

 結局、俺の番が回ってきたのは、たっぷりと甘やかされてから。息が乱れて、気持ちがふわふわに蕩けてしまいそうになってから、ようやく譲ってもらえたんだ。
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