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【新婚旅行編】五日目:ハメられた、いや、ハメられただけで良かった

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 大きくて温かな手のひらが頭をよしよしと褒めてくれている。さらには額に口づけまでもらえてしまった。

「ありがとうございます」

 俺の方こそ。そう思ったものの、それよりも気になることの方が、もじもじしている口からこぼれていた。

「いえ……それで、そのぅ……」

「ああ……無論、最初から楽しませて頂いておりましたよ」

 ですよねぇ、気付いていなかった訳がないですもんねぇ。

 目尻のシワを深めた彼は、俺が言い淀んでいる内に教えてくれた。ご機嫌そうに小さく揺れている触角が、ほのかなシャンデリアの灯りを受けて淡い光沢を帯びている。

「アオイも気が付かれていたでしょう? この老骨めの寝たふりに。斯様にも可愛らしい宣言をしてくれたのですから」

 意気揚々と尋ねられて心音が変に煩くなってしまう。じわじわと頬に集まりつつある熱を誤魔化すように、つい俺は拗ねたような言い方をしてしまっていた。

「そりゃあ、まぁ……でも、このタイミングでとは、思ってもみなかったっていうか」

「それは、それは……申し訳ございません」

 ふわふわと弾むように揺れていた触角がぴたりと止まる。見る見るうちに下がっていく様は、萎れかけた花のよう。緩やかなアーチを描いていた凛々しい眉毛も気がつけば八の字になってしまっていた。

 いやいや、そんなつもりは。いやでも、全面的に、100%俺が悪いんですけど。

「貴方様が、あまりにも愛らしく喜んでいらっしゃったので……私の心も弾んでしまい、つい言葉と手が出てしまい」

「ごめんなさいっ、目茶苦茶嬉しかったです! ベストタイミングでした!! ……ちょっぴり照れちゃっただけです」

 素直に白状した瞬間、ころっと。さっきの寂し気で切なそうな雰囲気がウソのよう。満足気に目を細め、悪戯が成功したかのように口角を持ち上げた。

「左様でございましたか。それは何より」

 ……ハメられた。いや、ハメられただけで良かった。寂しい思いをさせてしまったんじゃなくて。

 ホッと肩の力が抜けたのもつかの間、また余計に力が入ってしまうハメに。

 ご満悦そうに微笑む彼から額をくっつけてもらえただけじゃない。高い鼻先を擦り寄せてくれながら、まだ無防備なしなやかな足を俺の足へと絡めてきてくれたのだ。

 ……甘えてくれているのかな? 嬉しいんだけれど、この格好であんまりくっついてもらえると色々とマズいんだけど。すでにバクバクはしゃぎまくってる心臓とか、心臓とかが。

「えっと……バアルさん?」

 長い睫毛が瞬いて、微笑んでいた瞳が甘えるように見つめてくる。

「おや、引き続き私めを愛でて頂けるのでは?」

 寂しそうな、名残惜しそうな声からのお願いに、すでに俺の心はバッチリ掴まれてしまっていた。

「貴方様の愛らしい御手と可憐な唇で、甘やかして頂けるのではないのでしょうか……?」

 だというのに、ますます同じ男として惚れ惚れするような玉体を密着させてこられては。手の甲に口づけてもらえてから、指先で掠めるように唇を撫でられてしまえば、もう。

「が、頑張りますっ……させて頂きます……!」

「ふふ、御慈悲に感謝致します。では、宜しくお願い致しますね、私の愛しい妻」

「はぃ……こちらこそ……旦那様……」

 額を重ねてくれたまま、バアルさんが待ってくれている。宝石のように煌めく瞳に期待を宿して。

 誘われるように重ねれば、触れ合った唇から微かな微笑みが伝わってきた。くすくすと擽ったそうに笑う声が、吐息と一緒に。
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