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【新婚旅行編】五日目:俺にとっては幸せでしか

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 薄い唇が再び開くまでのほんの一秒が、とびきり長く感じた。自分のことではないのに、勝手に喉が鳴ってしまう。繋いだ手に力を込めてしまう。

「次のお休みの際、一日中手を繋いでいなければならなくなった、とのことです」

 全身から、どっと力が抜けていく。ぴんっと立っていた尻尾もくたりと下がっていった。

 いやはや可愛いんだが? 罰って名前とはかけ離れちゃってるくらいに内容が可愛いんだが? 

 あー……いや、でも一日中ってなると、ちょっとだけ不便だな。着替えは、バアルさんに頼んで早着替えの術を使ってもらえばオールオッケー。ご飯もお互いに食べさせ合いっこすれば問題なし。お風呂も何とかなりそうだけど……トイレがなぁ。

 ……バアルさんは平気そうっていうか、なんてことない顔してお世話してくれそうだけど。

「無論、着替えやお食事の準備等、お互いに繋ぐ余裕がない際は離していても大丈夫ではございますが」

「あ、なんだ。じゃあ、大丈夫ですね」

 俺にとっては最大のハードルであるトイレ問題が解決したからだろう。何の気もなしに尋ねてしまっていた。

「折角ですし……俺達も、何か一つくらい決めてみます? 誓約」

「おや、宜しいので?」

「へ」

 まただ。また空気が。でも、今回のは申し訳無さに苛まれるような、怖さと寂しさが不思議と同居しているようなものではない。

「……貴方様の透き通った瞳が私以外の何かに惹かれる度に、この老骨めが年甲斐もなく嫉妬心を燃やす度に、貴方様をこの腕の中へ閉じ込めることになりますが?」

 ないんだけれども、俺はすっかり飲まれてしまっていた。

 心臓がずっと小躍りしていて、喉がきゅっと締まってしまって。少しの間を空けて、ようやく絞り出せたのはたった一言だけだった。

「ご褒美じゃん……」

 寂し気な影で曇っていた表情がきょとんと緩む。どこか自嘲気味な笑みを浮かべていた唇がぽかんと開いた。

「はい?」

「だって、バアルに嫉妬してもらえて。おまけに罰として、一日中ぎゅっと抱き締めてもらえるんでしょ? そんなのご褒美でしかないよ」

 バアルさんのことだ。また遠慮しちゃってたんだろう。甘えるのを躊躇していたんだろう。だから、俺がときめいちゃっている内に、俺が返事を返せなかった間に、申し訳なくなってしまっていたのだろう。

 そんなことないのに。俺にとっては幸せでしかないのに。だって、それだけ俺のことを愛してくれているってことだろう? ついつい嫉妬しちゃってくれるくらい、独り占めにしたいくらいにさ。

「……さ、左様で、ございますか」

 照れているらしい。頬どころか、耳や首まであっという間に真っ赤っ赤。そわそわと触角を揺らしながら、白い髭がカッコいい口元を手で覆い隠してしまった。

「うん。俺にはメリットしかないよ。でも、バアルに寂しい思いをさせちゃうのはイヤだから、気をつけるね」

「……アオイ」

「どれだけバアルのぬいぐるみが可愛くても、夢中にならないように気をつけるし……ヨミ様達にバアルの昔の写真とか動画とか見せてもらえても、惹かれ過ぎないように頑張るから……っ」

「アオイ……」

 同じように名前を呼ばれただけなのに、こうも印象が変わるもんだろうか。さっきは喜んでくれているようだったのに、今回は呆れているようにしか聞こえない。やっぱり、常々不満を抱かせてしまっていたのかも。

「いや、ホント、ごめ」

「それくらいは構いませんよ」

 柔らかく微笑んでくれてから、頭を撫でてくれる。額にそっと口づけてくれて、離れていってしまった唇から照れくさそうな笑みがこぼれた。

「……私も、アオイのグッズやヨミ様とサタン様関連のお品を見つけた際には、つい心が躍ってしまいますので」

「そう? でも、ちょっとでもイヤな時は、ちゃんと言ってね? バアルがいっつも俺のことを考えてくれるのは嬉しいんだけどさ……それでバアルにばっかり我慢させちゃうのは、イヤだからさ」

 だからこそ、ルールだけでなく、誓約も決めようって思ったのだから。

「はい。その際はハッキリと言わせて頂きます。ですが、今でも十分に我儘を聞いてもらえておりますよ?」

「ホントに? 俺、ちゃんとバアルのお願い叶えられてる?」

「ええ、叶えられておりますとも……」

 花咲くように浮かんだ艶のある微笑みが、キスしてもらえる寸前まで近くなる。かと思えば、視界が一気にブレていった。

「おわっ」

 ピントが合った時には、高い天井を背景にした彼の微笑みが。どうやら、シーツの上に押し倒されたらしかった。

 ゆっくりと近づいてくる鼻筋の通った顔が、俺の顔に影を落とす。今度こそキスしてもらえるのかなって期待していたんだけれども。

「ん……バアル……?」

 重ねてくれたのは一度だけ。すぐに離れていつもの定位置に、首元に顔を寄せたまま抱き締められてしまった。

 一体、いつの間に甘えたいスイッチが?

 切っ掛けは分からない。でも、まぁ、この際どうでもいいか。些細なことだ。彼に求めてもらえるんだったら、何時だって。

 気がつけば、コルテは姿を消していた。ルールを書こうとしていた紙と一緒に音もなく。気を遣わせてしまったな。後で何かお詫びをしないと。

 頭を撫でていると小さな刺激に襲われた。首を甘く食まれたようだ。

 じゃれつくような口づけが、一回だけで終わる訳が。少しずつ位置をズラしながら繰り返し送ってもらえてしまった。

 可愛らしいスキンシップの終わりは唐突に。淡い刺激の連続に俺の息が乱れ始めた頃だった。バアルさんが顔を離し、代わりに額を寄せてくる。口元に形作られた緩やかな微笑みは、嬉しそうにも得意げにも見えた。

「ああ、ほら……このように私が求めても、アオイは優しく応えてくれるでしょう? 私の好きにさせて頂けるでしょう?」

 そりゃあ、だって、いつも大歓迎ですから。

 言葉で返すよりも先に身体が動いていた。口端を持ち上げている唇を奪って、微笑み返してやった。
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