間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
上 下
713 / 1,047

【新婚旅行編】四日目:どんなお菓子だって、この甘さには

しおりを挟む
 サッパリとした甘さのフロートで口の中を定期的にリセットしながら、ピリッとした辛さがクセになるナポリタンの大皿を空に。続いて口休めにつついていたサラダの残りをごちそうさましてしまえば、後に残ったのはデザート達。

 青いゼリーと白いアイスクリーム類のコントラストが爽やかなパフェも、パーク内での出会いを振り返りながら交互に食べさせ合いっこをしている内にいつの間にやら。最後に俺達がフォークを向けたのは、プチケーキの盛り合わせだった。

 薄い緑色の硝子の器を彩っている内の一つ、ケルベロスをイメージしたんであろうガトーショコラ。しっとりホロホロした口当たりなのに、濃厚かつほろ苦いチョコレートを味わえるそれは俺好みのチョコレート味だった。一ピースにも満たない可愛らしいサイズじゃあ全然足りない。散々食べてきておいても、好きな物に関しては別腹なようだ。

「んー……おいひい……もっと欲しくなっちゃいますね……」

 思わず頬に手を添えながら、口の中で溶けてなくなりつつある幸せの味を噛み締めていると再び差し出された。

「では、もう一口どうぞ」

 目尻のシワを深めたバアルさんが手にしているのは、三つに分かれている内の一つがナイフの形をしているケーキフォーク。その銀の先端に残りのガトーショコラが刺さっていた。

「うぇっ、ダメですよっ、折角はんぶんこにしたのに。バアルさんの分がなくなっちゃ、む」

 隙ありと言わんばかり。大きく口を開けた瞬間を狙われてしまった。ひょいっと押し込まれたガトーショコラは、もう俺の口の中。もはや口移しでしか、彼と美味しさを共有することは叶わない。

 ……ここが部屋だったら、お返し代わりに出来るんだけどな。

 ついさっき、思わず彼の額にキスしてしまっていたとはいえ、それ以上に大胆なことは流石に。いまだに俺達のテーブルの周りは空席だらけとはいえ、いつご新規のお客さんがやって来るのか分からないもんな。

 仕方がないので、せめて味わうことに。噛む度に鼻を抜けていく豊かなカカオの風味を楽しんでいると、すぐ隣から楽しげな笑みが聞えてきた。ぶんぶん、ぱたぱたと賑やかな音も。

 ちらりと見上げた先で、微笑む緑の瞳とかち合った。分かってはいたけれど、俺の旦那様は満足気だ。

 弾むように揺れているのは、細くて長い二本の触角。オールバックに決めている、艷やかな白い髪の生え際から生えているそれは金属のような光沢を持ち、先端がくるりと反っている。頼もしい広い背中を飾っている半透明の四枚の羽も満開の花のように広がり、はためいていた。

 渋いお髭を蓄えた口元に浮かんでいる微笑みは、あふれんばかりの喜びを隠そうともしていない。食べちゃったのは俺なのに、まるで自分が幸せな甘さを味わっているみたい。

 最後の最後まで俺がガトーショコラを味わうのを見届けてから、白く長い指先が頬をゆるりと撫でてきた。

「ふふ、美味しかったですか?」

「……そりゃあ、美味しかったけどさぁ」

 バアルとはんぶんこが良かったのに。一緒に美味しいねって笑い合いたかったのに。

 口には出さなかったけれど、顔には出ていたんだろう。バアルは、また擽ったそうな笑みをこぼした。透明感のある白い頬がほんのりと桜色に染まっている。

「ご心配なさらないで、ちゃんとお代わりを頼みましたので。ああ、ほら、届きましたよ」

 微笑む眼差しに促されてテーブルを見れば、空になったお皿が消えていた。残っているのは食べかけのケーキの盛り合わせと、はじめましてなお皿。紫色の透き通った四角い硝子皿の上には、例のガトーショコラが。それも、一人で食べ終えてしまったプチサイズの三倍はある。

「半分は、先程の約束通り私が頂きますね。アオイと此方のケーキの美味しさを共有致したいので」

 いつの間に頼んだんですか、と聞く暇もなく、驚く間もなかった。フォークを手にバアルさんは、目分量でもキッチリと半分に。その片割れをさらに食べやすいサイズへとキレイに切り分けていく。

 一口サイズになったガトーショコラにフォークを刺してから、俺の口元へと運んでくれた。ホントにこの人は。

「ですから、アオイは此方をどうぞ。まだ、もう少し頂きたかったのでしょう?」

「……バアルさぁ……俺のこと、甘やかし過ぎじゃない?」

「ええ、これからも存分に甘やかすつもりでおりますよ? 貴方様は愛しい私の妻なのですから」

「な……っ……んむっ」

 またしても、してやられた。あんまりにも堂々とした宣言にときめいている隙に、そっと押し込まれていた。口の中に程よいチョコレートの甘さが広がっていく。

 若葉のように鮮やかな緑の瞳がゆるりと細められていく。白いお髭を蓄えた口元が花咲くように綻んでいく。

「美味しいですか?」

 向けられた微笑みは蕩けてしまいそう。国中のお菓子というお菓子を集めたって、この甘さには敵いやしないだろう。だから、夢中になってしまうんだ。ずっと、ずっと誰よりも近くで見つめていたくなってしまうんだ。

「……うん、美味しいよ」

「それは、何よりです」

 俺だってと、バアルさんを甘やかそうとした。あーんをしてから「美味しいですね」と微笑む彼の頬を撫でてやった。けれども、あっさり返り討ちに。手のひらへと甘えるように擦り寄ってきた彼に、また心を鷲掴まれてしまったんだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

処理中です...