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【新婚旅行編】四日目:どんなお菓子だって、この甘さには
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サッパリとした甘さのフロートで口の中を定期的にリセットしながら、ピリッとした辛さがクセになるナポリタンの大皿を空に。続いて口休めにつついていたサラダの残りをごちそうさましてしまえば、後に残ったのはデザート達。
青いゼリーと白いアイスクリーム類のコントラストが爽やかなパフェも、パーク内での出会いを振り返りながら交互に食べさせ合いっこをしている内にいつの間にやら。最後に俺達がフォークを向けたのは、プチケーキの盛り合わせだった。
薄い緑色の硝子の器を彩っている内の一つ、ケルベロスをイメージしたんであろうガトーショコラ。しっとりホロホロした口当たりなのに、濃厚かつほろ苦いチョコレートを味わえるそれは俺好みのチョコレート味だった。一ピースにも満たない可愛らしいサイズじゃあ全然足りない。散々食べてきておいても、好きな物に関しては別腹なようだ。
「んー……おいひい……もっと欲しくなっちゃいますね……」
思わず頬に手を添えながら、口の中で溶けてなくなりつつある幸せの味を噛み締めていると再び差し出された。
「では、もう一口どうぞ」
目尻のシワを深めたバアルさんが手にしているのは、三つに分かれている内の一つがナイフの形をしているケーキフォーク。その銀の先端に残りのガトーショコラが刺さっていた。
「うぇっ、ダメですよっ、折角はんぶんこにしたのに。バアルさんの分がなくなっちゃ、む」
隙ありと言わんばかり。大きく口を開けた瞬間を狙われてしまった。ひょいっと押し込まれたガトーショコラは、もう俺の口の中。もはや口移しでしか、彼と美味しさを共有することは叶わない。
……ここが部屋だったら、お返し代わりに出来るんだけどな。
ついさっき、思わず彼の額にキスしてしまっていたとはいえ、それ以上に大胆なことは流石に。いまだに俺達のテーブルの周りは空席だらけとはいえ、いつご新規のお客さんがやって来るのか分からないもんな。
仕方がないので、せめて味わうことに。噛む度に鼻を抜けていく豊かなカカオの風味を楽しんでいると、すぐ隣から楽しげな笑みが聞えてきた。ぶんぶん、ぱたぱたと賑やかな音も。
ちらりと見上げた先で、微笑む緑の瞳とかち合った。分かってはいたけれど、俺の旦那様は満足気だ。
弾むように揺れているのは、細くて長い二本の触角。オールバックに決めている、艷やかな白い髪の生え際から生えているそれは金属のような光沢を持ち、先端がくるりと反っている。頼もしい広い背中を飾っている半透明の四枚の羽も満開の花のように広がり、はためいていた。
渋いお髭を蓄えた口元に浮かんでいる微笑みは、あふれんばかりの喜びを隠そうともしていない。食べちゃったのは俺なのに、まるで自分が幸せな甘さを味わっているみたい。
最後の最後まで俺がガトーショコラを味わうのを見届けてから、白く長い指先が頬をゆるりと撫でてきた。
「ふふ、美味しかったですか?」
「……そりゃあ、美味しかったけどさぁ」
バアルとはんぶんこが良かったのに。一緒に美味しいねって笑い合いたかったのに。
口には出さなかったけれど、顔には出ていたんだろう。バアルは、また擽ったそうな笑みをこぼした。透明感のある白い頬がほんのりと桜色に染まっている。
「ご心配なさらないで、ちゃんとお代わりを頼みましたので。ああ、ほら、届きましたよ」
微笑む眼差しに促されてテーブルを見れば、空になったお皿が消えていた。残っているのは食べかけのケーキの盛り合わせと、はじめましてなお皿。紫色の透き通った四角い硝子皿の上には、例のガトーショコラが。それも、一人で食べ終えてしまったプチサイズの三倍はある。
「半分は、先程の約束通り私が頂きますね。アオイと此方のケーキの美味しさを共有致したいので」
いつの間に頼んだんですか、と聞く暇もなく、驚く間もなかった。フォークを手にバアルさんは、目分量でもキッチリと半分に。その片割れをさらに食べやすいサイズへとキレイに切り分けていく。
一口サイズになったガトーショコラにフォークを刺してから、俺の口元へと運んでくれた。ホントにこの人は。
「ですから、アオイは此方をどうぞ。まだ、もう少し頂きたかったのでしょう?」
「……バアルさぁ……俺のこと、甘やかし過ぎじゃない?」
「ええ、これからも存分に甘やかすつもりでおりますよ? 貴方様は愛しい私の妻なのですから」
「な……っ……んむっ」
またしても、してやられた。あんまりにも堂々とした宣言にときめいている隙に、そっと押し込まれていた。口の中に程よいチョコレートの甘さが広がっていく。
若葉のように鮮やかな緑の瞳がゆるりと細められていく。白いお髭を蓄えた口元が花咲くように綻んでいく。
「美味しいですか?」
向けられた微笑みは蕩けてしまいそう。国中のお菓子というお菓子を集めたって、この甘さには敵いやしないだろう。だから、夢中になってしまうんだ。ずっと、ずっと誰よりも近くで見つめていたくなってしまうんだ。
「……うん、美味しいよ」
「それは、何よりです」
俺だってと、バアルさんを甘やかそうとした。あーんをしてから「美味しいですね」と微笑む彼の頬を撫でてやった。けれども、あっさり返り討ちに。手のひらへと甘えるように擦り寄ってきた彼に、また心を鷲掴まれてしまったんだ。
青いゼリーと白いアイスクリーム類のコントラストが爽やかなパフェも、パーク内での出会いを振り返りながら交互に食べさせ合いっこをしている内にいつの間にやら。最後に俺達がフォークを向けたのは、プチケーキの盛り合わせだった。
薄い緑色の硝子の器を彩っている内の一つ、ケルベロスをイメージしたんであろうガトーショコラ。しっとりホロホロした口当たりなのに、濃厚かつほろ苦いチョコレートを味わえるそれは俺好みのチョコレート味だった。一ピースにも満たない可愛らしいサイズじゃあ全然足りない。散々食べてきておいても、好きな物に関しては別腹なようだ。
「んー……おいひい……もっと欲しくなっちゃいますね……」
思わず頬に手を添えながら、口の中で溶けてなくなりつつある幸せの味を噛み締めていると再び差し出された。
「では、もう一口どうぞ」
目尻のシワを深めたバアルさんが手にしているのは、三つに分かれている内の一つがナイフの形をしているケーキフォーク。その銀の先端に残りのガトーショコラが刺さっていた。
「うぇっ、ダメですよっ、折角はんぶんこにしたのに。バアルさんの分がなくなっちゃ、む」
隙ありと言わんばかり。大きく口を開けた瞬間を狙われてしまった。ひょいっと押し込まれたガトーショコラは、もう俺の口の中。もはや口移しでしか、彼と美味しさを共有することは叶わない。
……ここが部屋だったら、お返し代わりに出来るんだけどな。
ついさっき、思わず彼の額にキスしてしまっていたとはいえ、それ以上に大胆なことは流石に。いまだに俺達のテーブルの周りは空席だらけとはいえ、いつご新規のお客さんがやって来るのか分からないもんな。
仕方がないので、せめて味わうことに。噛む度に鼻を抜けていく豊かなカカオの風味を楽しんでいると、すぐ隣から楽しげな笑みが聞えてきた。ぶんぶん、ぱたぱたと賑やかな音も。
ちらりと見上げた先で、微笑む緑の瞳とかち合った。分かってはいたけれど、俺の旦那様は満足気だ。
弾むように揺れているのは、細くて長い二本の触角。オールバックに決めている、艷やかな白い髪の生え際から生えているそれは金属のような光沢を持ち、先端がくるりと反っている。頼もしい広い背中を飾っている半透明の四枚の羽も満開の花のように広がり、はためいていた。
渋いお髭を蓄えた口元に浮かんでいる微笑みは、あふれんばかりの喜びを隠そうともしていない。食べちゃったのは俺なのに、まるで自分が幸せな甘さを味わっているみたい。
最後の最後まで俺がガトーショコラを味わうのを見届けてから、白く長い指先が頬をゆるりと撫でてきた。
「ふふ、美味しかったですか?」
「……そりゃあ、美味しかったけどさぁ」
バアルとはんぶんこが良かったのに。一緒に美味しいねって笑い合いたかったのに。
口には出さなかったけれど、顔には出ていたんだろう。バアルは、また擽ったそうな笑みをこぼした。透明感のある白い頬がほんのりと桜色に染まっている。
「ご心配なさらないで、ちゃんとお代わりを頼みましたので。ああ、ほら、届きましたよ」
微笑む眼差しに促されてテーブルを見れば、空になったお皿が消えていた。残っているのは食べかけのケーキの盛り合わせと、はじめましてなお皿。紫色の透き通った四角い硝子皿の上には、例のガトーショコラが。それも、一人で食べ終えてしまったプチサイズの三倍はある。
「半分は、先程の約束通り私が頂きますね。アオイと此方のケーキの美味しさを共有致したいので」
いつの間に頼んだんですか、と聞く暇もなく、驚く間もなかった。フォークを手にバアルさんは、目分量でもキッチリと半分に。その片割れをさらに食べやすいサイズへとキレイに切り分けていく。
一口サイズになったガトーショコラにフォークを刺してから、俺の口元へと運んでくれた。ホントにこの人は。
「ですから、アオイは此方をどうぞ。まだ、もう少し頂きたかったのでしょう?」
「……バアルさぁ……俺のこと、甘やかし過ぎじゃない?」
「ええ、これからも存分に甘やかすつもりでおりますよ? 貴方様は愛しい私の妻なのですから」
「な……っ……んむっ」
またしても、してやられた。あんまりにも堂々とした宣言にときめいている隙に、そっと押し込まれていた。口の中に程よいチョコレートの甘さが広がっていく。
若葉のように鮮やかな緑の瞳がゆるりと細められていく。白いお髭を蓄えた口元が花咲くように綻んでいく。
「美味しいですか?」
向けられた微笑みは蕩けてしまいそう。国中のお菓子というお菓子を集めたって、この甘さには敵いやしないだろう。だから、夢中になってしまうんだ。ずっと、ずっと誰よりも近くで見つめていたくなってしまうんだ。
「……うん、美味しいよ」
「それは、何よりです」
俺だってと、バアルさんを甘やかそうとした。あーんをしてから「美味しいですね」と微笑む彼の頬を撫でてやった。けれども、あっさり返り討ちに。手のひらへと甘えるように擦り寄ってきた彼に、また心を鷲掴まれてしまったんだ。
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