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【新婚旅行編】四日目:どうか、お座りなさって下さい
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「わふんっ!」
「んぇ? えっと……犬……?」
愛らしい声で鳴いた黒い影。もとい、黒いもふもふは、ぱっと見、大型犬くらいのサイズ。わんこに詳しくない俺には、彼の犬種は分からない。
分ることといえば、警戒心の欠片もないってことだけだ。真っ赤な舌をへっへっと出している彼の顔は、ふにゃふにゃに綻んでいるんだからな。
犬にしては長い尻尾からもその大歓迎ぶりが窺える。左右に大きくブンブンと振り続けているのだ。その激しさは、周囲に咲く花まで連動してゆらゆらと揺れるくらい。あまりのはしゃぎっぷりに千切れてしまわないかと心配になってしまう。
どうやらバアルさんの足をよじ登りたいみたい。後ろ足だけで懸命に立ち上がり、思いっきり伸ばした前足を彼のズボンに引っかけてぴょんこ、ぴょんこと跳ねている。
見たことのないわんこは、明らかにじゃれついてくれているようにしか見えない。でも、バアルさんが警戒態勢を崩す気はなさそうだ。俺を高い位置でしっかりと抱き上げたまま、瞬きもせずに跳ねる毛玉を見下ろしている。俺に告げてきた声のトーンもいつもより低い。
「いえ、ただの犬ではございません。ケルベロスです。大きさからして幼体のようですが……」
「ケルベロスって、あの? でも、顔が三つあるようには……」
「どうか、お座りなさって下さい」
言葉遣いは丁寧ながらも、有無を言わせないような。バアルさんがピシリと言い放った途端、幼いケルベロスは大人しくなった。バアルさんの足元で行儀よく、ちょこんとお座りをした。
賑やかな動きが止まったお陰だろう。ようやく俺の目でも、その姿をしっかりと認識することが出来た。真ん中とそっくりなお顔が、左右からひょこりとこんにちはしている。首の周りのゴージャスなマフラーのようにもふもふの毛にでも隠れていたんだろうか。
「あ、ホントに顔が三つ……それに、その尻尾ってまさか……」
「蛇でございますね」
バアルさんが何でもないように答えた通りだった。俺の見間違えじゃあなかった。緩やかに揺れている尻尾は黒い鱗に覆われている。ぱくりと開いた先っぽからは、鋭い牙と糸のように細く長い舌が覗いていた。
共存関係なわんこ達と一緒で三匹の蛇たちも大人しい。ゴマ粒のように小さくつぶらな瞳で見上げながら、俺達の行動を待ってくれている。
「……ね、バアル、大丈夫なんじゃない? この子……じゃなくて、この子達? ただ、遊びたいだけみたいだし」
「……畏まりました……暫しお待ち下さい」
まだ心配してくれているんだろう。優しい目元に刻まれているシワは濃いままだ。それでもいくぶんか警戒を緩めた眼差しが、ケルベロスに向けられた。
彼の従者である緑に煌めくハエのコルテと話す時のように、術で意思疎通を試みていたんだろう。しばらく見つめ合った後、ケルベロスに念押しするかのようにバアルさんが尋ねた。
「……宜しいでしょうか?」
「わふんっ!」
力強い鳴き声に、バアルさんも納得したみたい。俺に向けてくれた微笑みは、普段と変わらず穏やかだった。
「では、アオイ、くれぐれもお気をつけて。万が一に備えて、入園前より貴方様へ施してある防護壁の強度を高めてはおります。ですが、あちらは遊んでいらっしゃるだけのおつもりでも、その力は現世における猛獣……クマやライオンを遥かに上回ります故」
「ひぇ……それで、バアルさん、さっき俺のこと守ってくれて……」
「ええ、無論、あちらにも貴方様の繊細さはお伝え致しましたが……」
「わふっ、わおんっ!」
「ふむ、確かに。それならば、問題はございませんね」
俺がちょっぴり臆病風に吹かれている間にも、バアルさんとケルベロスの会話は続いていた模様。通訳を頼む前に、すかさずバアルさんが教えてくれた。
「ご自身は一切行動を起こさない、と仰っております。ただ、アオイのお好きなように撫でて欲しいと」
「え、いいんですか?」
「わふっ!」
いいらしい。バアルさんも頷きながら微笑んでいる。バアルさんからゆっくり下ろしてもらっても、ケルベロスの目線に合わせてしゃがみこんでも、へっへっと舌を出したまま。ただ蛇の尾を振るだけだった。
「じゃあ、失礼するね……もし、イヤだったら、ちゃんと言ってね?」
もう一度、肯定を示すように一斉に元気に鳴いてくれたので、気になっていた首のふわふわを撫でさせてもらう。ライオンのたてがみ並みにフサフサな黒い毛はまるで綿毛のよう。俺の手のひらが、もすっと飲み込まれていってしまった。
「きゅうん……きゅう……」
どうやら悪くはないらしい。真ん中の子も、左右の子達も気持ちよさそうに青い瞳を細めた。甘えたような声で鳴きながら、尻尾をぶんぶん振っている。
「かっわ……すっごいふわふわ……この子、撫で心地抜群ですよっ、バアルさん!」
「それは何よりです……彼らも大変心地がいいと仰っておりますよ」
「そっか、良かった。じゃあ、次は頭を撫でさせてもらってもいいかな?」
「わふっ、わふんっ!」
元気のいい声で肯定を示してくれた彼らのアピールは猛烈だった。身体の方は約束通りに動きはしない。けれども瞳を輝かせたり、撫でやすいように頭を、尖った耳をぺこりと下げてくれたり。早く早くと言わんばかりの仕草に、こちらも釣られて笑顔になってしまう。
「はは、ちゃんと全員撫でるから」
少し緊張したけれども、初めての触れ合いは最後まで賑やかで和やかに終わった。まだ花畑で遊ぶというケルベロスに、またいつか、とお別れをしてから俺達は再び園内を散策することにした。
「んぇ? えっと……犬……?」
愛らしい声で鳴いた黒い影。もとい、黒いもふもふは、ぱっと見、大型犬くらいのサイズ。わんこに詳しくない俺には、彼の犬種は分からない。
分ることといえば、警戒心の欠片もないってことだけだ。真っ赤な舌をへっへっと出している彼の顔は、ふにゃふにゃに綻んでいるんだからな。
犬にしては長い尻尾からもその大歓迎ぶりが窺える。左右に大きくブンブンと振り続けているのだ。その激しさは、周囲に咲く花まで連動してゆらゆらと揺れるくらい。あまりのはしゃぎっぷりに千切れてしまわないかと心配になってしまう。
どうやらバアルさんの足をよじ登りたいみたい。後ろ足だけで懸命に立ち上がり、思いっきり伸ばした前足を彼のズボンに引っかけてぴょんこ、ぴょんこと跳ねている。
見たことのないわんこは、明らかにじゃれついてくれているようにしか見えない。でも、バアルさんが警戒態勢を崩す気はなさそうだ。俺を高い位置でしっかりと抱き上げたまま、瞬きもせずに跳ねる毛玉を見下ろしている。俺に告げてきた声のトーンもいつもより低い。
「いえ、ただの犬ではございません。ケルベロスです。大きさからして幼体のようですが……」
「ケルベロスって、あの? でも、顔が三つあるようには……」
「どうか、お座りなさって下さい」
言葉遣いは丁寧ながらも、有無を言わせないような。バアルさんがピシリと言い放った途端、幼いケルベロスは大人しくなった。バアルさんの足元で行儀よく、ちょこんとお座りをした。
賑やかな動きが止まったお陰だろう。ようやく俺の目でも、その姿をしっかりと認識することが出来た。真ん中とそっくりなお顔が、左右からひょこりとこんにちはしている。首の周りのゴージャスなマフラーのようにもふもふの毛にでも隠れていたんだろうか。
「あ、ホントに顔が三つ……それに、その尻尾ってまさか……」
「蛇でございますね」
バアルさんが何でもないように答えた通りだった。俺の見間違えじゃあなかった。緩やかに揺れている尻尾は黒い鱗に覆われている。ぱくりと開いた先っぽからは、鋭い牙と糸のように細く長い舌が覗いていた。
共存関係なわんこ達と一緒で三匹の蛇たちも大人しい。ゴマ粒のように小さくつぶらな瞳で見上げながら、俺達の行動を待ってくれている。
「……ね、バアル、大丈夫なんじゃない? この子……じゃなくて、この子達? ただ、遊びたいだけみたいだし」
「……畏まりました……暫しお待ち下さい」
まだ心配してくれているんだろう。優しい目元に刻まれているシワは濃いままだ。それでもいくぶんか警戒を緩めた眼差しが、ケルベロスに向けられた。
彼の従者である緑に煌めくハエのコルテと話す時のように、術で意思疎通を試みていたんだろう。しばらく見つめ合った後、ケルベロスに念押しするかのようにバアルさんが尋ねた。
「……宜しいでしょうか?」
「わふんっ!」
力強い鳴き声に、バアルさんも納得したみたい。俺に向けてくれた微笑みは、普段と変わらず穏やかだった。
「では、アオイ、くれぐれもお気をつけて。万が一に備えて、入園前より貴方様へ施してある防護壁の強度を高めてはおります。ですが、あちらは遊んでいらっしゃるだけのおつもりでも、その力は現世における猛獣……クマやライオンを遥かに上回ります故」
「ひぇ……それで、バアルさん、さっき俺のこと守ってくれて……」
「ええ、無論、あちらにも貴方様の繊細さはお伝え致しましたが……」
「わふっ、わおんっ!」
「ふむ、確かに。それならば、問題はございませんね」
俺がちょっぴり臆病風に吹かれている間にも、バアルさんとケルベロスの会話は続いていた模様。通訳を頼む前に、すかさずバアルさんが教えてくれた。
「ご自身は一切行動を起こさない、と仰っております。ただ、アオイのお好きなように撫でて欲しいと」
「え、いいんですか?」
「わふっ!」
いいらしい。バアルさんも頷きながら微笑んでいる。バアルさんからゆっくり下ろしてもらっても、ケルベロスの目線に合わせてしゃがみこんでも、へっへっと舌を出したまま。ただ蛇の尾を振るだけだった。
「じゃあ、失礼するね……もし、イヤだったら、ちゃんと言ってね?」
もう一度、肯定を示すように一斉に元気に鳴いてくれたので、気になっていた首のふわふわを撫でさせてもらう。ライオンのたてがみ並みにフサフサな黒い毛はまるで綿毛のよう。俺の手のひらが、もすっと飲み込まれていってしまった。
「きゅうん……きゅう……」
どうやら悪くはないらしい。真ん中の子も、左右の子達も気持ちよさそうに青い瞳を細めた。甘えたような声で鳴きながら、尻尾をぶんぶん振っている。
「かっわ……すっごいふわふわ……この子、撫で心地抜群ですよっ、バアルさん!」
「それは何よりです……彼らも大変心地がいいと仰っておりますよ」
「そっか、良かった。じゃあ、次は頭を撫でさせてもらってもいいかな?」
「わふっ、わふんっ!」
元気のいい声で肯定を示してくれた彼らのアピールは猛烈だった。身体の方は約束通りに動きはしない。けれども瞳を輝かせたり、撫でやすいように頭を、尖った耳をぺこりと下げてくれたり。早く早くと言わんばかりの仕草に、こちらも釣られて笑顔になってしまう。
「はは、ちゃんと全員撫でるから」
少し緊張したけれども、初めての触れ合いは最後まで賑やかで和やかに終わった。まだ花畑で遊ぶというケルベロスに、またいつか、とお別れをしてから俺達は再び園内を散策することにした。
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