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【新婚旅行編】四日目:見慣れた花畑での遭遇
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初めての遭遇は、初めて順路をそれた際に訪れた。それは遡るまでもない、ほんの数分前のこと。
背中が擽ったくなる気恥ずかしさを超えてしまえば、バアルさんの腕の中は快適そのもの。俺はすっかり満喫してしまっていた。優しいハーブの香りに、大好きな温もりに包まれながら、落ち着く鼓動に耳を傾けながら、どこまでも続いていそうな広大な自然を。
そんなもんだから、彼が凛々しい眉を下げながら名残惜しげに下ろしてもらえた頃には、俺まで名残惜しくなってしまっていた。代わりに差し出された大きな手に自分から指を絡めて、スラリと伸びた長身に必要以上に身を寄せてしまっていた。
エスコートし辛いだろうに、バアルさんはなんのその。細く長い触角を揺らしながら、背中の羽をはためかせながら、ゆったりと歩を進めていく。
今のところ、近くにも遠くにも生き物の姿は確認出来てはいない。その影すらも。
俺にとっては馴染みがないグリフォンやユニコーン、ペガサスなどなど。いかにもレアそうで、中々懐いてくれなさそうな彼らは仕方がない。とはいえ、そろそろウサギの一匹や二匹、見つけることが出来ても良さそうなもんだけど。
パンフレットには、近づいて来てくれたらラッキーって書かれてるくらいだもんな。スタッフさん方に慣れているとはいえ大人しい子達だから、こっちから近寄ると一目散に逃げちゃうとも。景色と一緒に遠目で観察させてもらうってのが、此方での主な楽しみ方なのかもしれない。
それにしても、会えなさ過ぎるけど。やっぱり、そろそろ順路から外れてみるべきだろうか。すっかり散り散りになっている皆さん方のように、小さな森のような木々の集まりや、ところどころに水晶が生えている湖なんかに足を伸ばしてみた方が。
バアルさんの意見もと、窺おうとしたところだった。遠目に見えていた花畑の側までやってきていたのは。
律儀に俺達が進んできた順路、青いレンガで作られた、幅の広い道から少し離れたところで咲き誇っているのは、俺にとってもバアルさんにとっても見慣れた花。いつもの散歩コースであるお城の中庭を、手入れが行き届いている花壇を、薄紫やピンク色に染め上げて、俺達の目を楽しませてくれている花。透き通った花弁が日差しを受けて煌めく様が美しい、水晶の花だった。
見慣れたそれらに惹かれるように俺は足を止めていたらしい。腰に回されていた温かい手のひらが、俺の背中を優しく撫でた。
「いかがなさいますか?」
淡い光を帯びている花畑には、遠目に見ても明らかに生き物が居る気配はない。バアルさんもそれは承知の上でなのだろう。尋ねてきた穏やかな低音は、俺の背を押すように優しかった。
「……行ってみたいです」
「では、参りましょうか」
時間はまだまだたっぷりある。普段のお散歩デートのように、彼と花を愛でるくらいの時間は。
踏み荒らしてしまわぬように注意を払いながら、水晶の花々の隙間に足を踏み入れていく。お城で育てられているものも立派だが、こちらはより伸び伸びとしている。高いものは俺の膝まで届いてきそうだ。
薄紫やピンク色の花々は見た目からして硝子細工のように硬く、冷たく、繊細そう。だが不思議なことに、ごくごく普通の花のように柔らかい。表面はツルツルとした感触なのに、つつくとふわりと花びらが反るのだ。
「この花、バアルさんの羽みたいですよね。透き通っていてキレイなところも、硬そうなのに柔らかいところも、ツルツルしてて撫で心地がいいところも」
「ふふ、左様でございますか。お褒め頂き、誠に嬉しく存じます」
花畑の入口近くで、一緒にしゃがんで花を愛でる。見間違い、だろうか? 今、少しだけ、遠くの花が揺れたような。
「アオイっ」
鋭い声で呼ばれたかと思えば、庇われるように彼の腕の中へ収まっていた。そのまま素早く抱き抱えられ、美しい花々から遠ざけられる。
紙一重だった。激しい音を立てながら水晶の花々をかき分け、飛び出してきた黒い影。興奮しているかのように息遣いの荒いそれが、さっきまで俺が居たところに着地していたのだ。
背中が擽ったくなる気恥ずかしさを超えてしまえば、バアルさんの腕の中は快適そのもの。俺はすっかり満喫してしまっていた。優しいハーブの香りに、大好きな温もりに包まれながら、落ち着く鼓動に耳を傾けながら、どこまでも続いていそうな広大な自然を。
そんなもんだから、彼が凛々しい眉を下げながら名残惜しげに下ろしてもらえた頃には、俺まで名残惜しくなってしまっていた。代わりに差し出された大きな手に自分から指を絡めて、スラリと伸びた長身に必要以上に身を寄せてしまっていた。
エスコートし辛いだろうに、バアルさんはなんのその。細く長い触角を揺らしながら、背中の羽をはためかせながら、ゆったりと歩を進めていく。
今のところ、近くにも遠くにも生き物の姿は確認出来てはいない。その影すらも。
俺にとっては馴染みがないグリフォンやユニコーン、ペガサスなどなど。いかにもレアそうで、中々懐いてくれなさそうな彼らは仕方がない。とはいえ、そろそろウサギの一匹や二匹、見つけることが出来ても良さそうなもんだけど。
パンフレットには、近づいて来てくれたらラッキーって書かれてるくらいだもんな。スタッフさん方に慣れているとはいえ大人しい子達だから、こっちから近寄ると一目散に逃げちゃうとも。景色と一緒に遠目で観察させてもらうってのが、此方での主な楽しみ方なのかもしれない。
それにしても、会えなさ過ぎるけど。やっぱり、そろそろ順路から外れてみるべきだろうか。すっかり散り散りになっている皆さん方のように、小さな森のような木々の集まりや、ところどころに水晶が生えている湖なんかに足を伸ばしてみた方が。
バアルさんの意見もと、窺おうとしたところだった。遠目に見えていた花畑の側までやってきていたのは。
律儀に俺達が進んできた順路、青いレンガで作られた、幅の広い道から少し離れたところで咲き誇っているのは、俺にとってもバアルさんにとっても見慣れた花。いつもの散歩コースであるお城の中庭を、手入れが行き届いている花壇を、薄紫やピンク色に染め上げて、俺達の目を楽しませてくれている花。透き通った花弁が日差しを受けて煌めく様が美しい、水晶の花だった。
見慣れたそれらに惹かれるように俺は足を止めていたらしい。腰に回されていた温かい手のひらが、俺の背中を優しく撫でた。
「いかがなさいますか?」
淡い光を帯びている花畑には、遠目に見ても明らかに生き物が居る気配はない。バアルさんもそれは承知の上でなのだろう。尋ねてきた穏やかな低音は、俺の背を押すように優しかった。
「……行ってみたいです」
「では、参りましょうか」
時間はまだまだたっぷりある。普段のお散歩デートのように、彼と花を愛でるくらいの時間は。
踏み荒らしてしまわぬように注意を払いながら、水晶の花々の隙間に足を踏み入れていく。お城で育てられているものも立派だが、こちらはより伸び伸びとしている。高いものは俺の膝まで届いてきそうだ。
薄紫やピンク色の花々は見た目からして硝子細工のように硬く、冷たく、繊細そう。だが不思議なことに、ごくごく普通の花のように柔らかい。表面はツルツルとした感触なのに、つつくとふわりと花びらが反るのだ。
「この花、バアルさんの羽みたいですよね。透き通っていてキレイなところも、硬そうなのに柔らかいところも、ツルツルしてて撫で心地がいいところも」
「ふふ、左様でございますか。お褒め頂き、誠に嬉しく存じます」
花畑の入口近くで、一緒にしゃがんで花を愛でる。見間違い、だろうか? 今、少しだけ、遠くの花が揺れたような。
「アオイっ」
鋭い声で呼ばれたかと思えば、庇われるように彼の腕の中へ収まっていた。そのまま素早く抱き抱えられ、美しい花々から遠ざけられる。
紙一重だった。激しい音を立てながら水晶の花々をかき分け、飛び出してきた黒い影。興奮しているかのように息遣いの荒いそれが、さっきまで俺が居たところに着地していたのだ。
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