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【新婚旅行編】三日目:世界中の誰にだって負けるつもりはない

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「は、はい。その……見たら分かるようなもの、なんですか?」

「ええ」

 小さく頷いてから、バアルさんが歩みを緩める。その視線は俺の左胸へと、オレンジの浴衣のワンポイントとして咲き誇っている緑色のバラへと向けられた。

 一か月程前、バアルさんがプロポーズしてくれた時に、俺に贈ってくれた魔力の花。ホタルのような淡い光を帯びている花弁は、あの時と変わらず美しい。それどころか、鮮やかさを増してきているような。

「花を咲かすことが出来る条件である、愛する者を想う気持ち……」

 細く長い彼の指がバラをそっと撫でてからご自身の左胸へと、俺が贈ったオレンジのヒマワリに触れる。光る花弁を恭しく、けれども愛おしそうに撫でながら、長い睫毛を伏せた。

「……日々を重ねていく中で積み重なっていく想いが、花の輝きを更に強く煌めかせると言われております」

 それでか、さっきの店主さんが初々しいって。じゃあ、その内。もっと、ずっと、未来では、俺達の花は今よりも煌めいていたりするのかな。煌めかせることが出来ているのかな。

 大好きな彼と、皆さんと、一緒に日々を重ねて。少しだけ、バアルさんに近づけた俺を想像してみる。

 体格は今よりは逞しくなれていたらいいな。背も成長期は過ぎたけれども、気持ちだけでも伸びていて欲しい。少しでもバアルさんと同じ景色を見たいから。髭は……似合わない、よな。バアルさんと違って、似合うような顔のタイプじゃないし。

 料理や焼き菓子のレパートリーは増えているかな? 魔術も初歩の術はマスターして、もっと難しいものを一つか二つくらい使えるようになっちゃってたりして。

「アオイ」

「ひゃ、ひゃい」

 変わらずにカッコいい彼の隣で胸を張る自分を想像していた時、今の彼に肩をそっと掴まれていた。

「……あちらの御夫婦を」

「へ……? あ……」

 思わずひっくり返った声を上げた俺をよそに、彼が目配せで示した先には、雀のような羽を生やしたご夫婦が市場を楽しんでいた。手を繋ぎ、微笑みを交わし合いながらゆっくりと市場を楽しんでいる。

 お二方とも魔力の花をつけていた。紫のチューリップとピンクのカーネーション、どちらもそれぞれの帽子に華やかさを添えている。

「スゴい……」

 心を動かされた時に口に出来るのは、当たり前なことだけなのだろう。

 チューリップもカーネーションも、ただ煌めきが強いという訳ではない。深みがある。濃い、淡い、色々な表情を見せている。比べて見れば一目瞭然だった。

 そりゃあ、自信はある。胸を張って宣言出来るさ。バアルさんからもらったとびきりが、俺にとっては何よりも美しいんだって。でも。

「……私達も、斯様な煌めきを宿せるほど、共に日々を重ねていきたいものでございますね」

 ちょっぴり感じていた羨ましさを、バアルさんが代弁してくれた。繋いでいる手に力がこめられる。絡めた指が擦り寄ってくる。

「……出来ますよ。だって俺、世界中の誰にだって負けるつもりはありませんから……バアルさんが好きだって気持ちは」

 俺を見つめていた瞳が丸くなって、蕩けるように細められていく。

 風を切るように羽をはためかせ、弾むように触角を揺らしながら、バアルさんが口端だけを持ち上げた。穏やかな低音が含んだ響きは、向けた笑みと一緒で得意気だった。

「……でしたら、この老骨めも負けてはおりませんとも、貴方様をお慕いする気持ちは」

「俺の方が大好きだと思いますけどね、絶対」

「おやおや、それは聞き捨てなりませんね」

 じゃれ合うように身を寄せながら、俺達は子供みたいに張り合っていた。どのくらい好きなのかを、どんなところが好きなのかを。

 とっくに熱に浮かされている状態では、周囲の賑やかさなんて聞こえやしない。自分がどんなことを素直に言ってしまっているのかも。

 冷静さを取り戻したのは、散々彼から甘い言葉を紡がれて白旗を上げた頃。けれども、すっかり後の祭り。俺が口にした一言一句は、しっかりちゃっかり彼の投影石に録画されてしまっていた。
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