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【新婚旅行編】三日目:愛しい妻の笑顔の為ならば、お安いものでございます
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改めて視界に飛び込んでくる情報量の多いこと。豊富な食材もだが、美味しそうな香りを漂わせている屋台にも、つい心惹かれてしまう。
目を回しかけていると、繋いでいる手を優しく引かれた。形の良い唇を綻ばせながら、先がくるりと反った触角を揺らしながら、バアルさんが歩みを緩めた。
俺に目線を合わせてくれるように背筋を屈めてくれる。その気遣いだけでも心をしっかり射抜かれてしまっているのに、思いがけないサービス。無防備で魅惑的な襟元まで見やすくなっている。握った手に力を込めてしまっていた。
気づいていらっしゃるだろうが、バアルさんは俺の視線をものともしていない。それどころか、ご機嫌そうに柔らかな笑みを深めている。
「アオイ、何か気になるお品はございましたか? 見つけた際には、すぐに仰って下さいね」
全部が全部気になって仕方がないんですけど。
喉まで出かかっていたが、言えなかった。口にしたが最後、バアルさんによってその全部を一つずつ買われてしまうだろうからな。
現に、彼は準備万端。いつの間にやら、どこから取り出したのか、手にしている上品な黒革の財布を俺に見せつけている。やっぱり奢る気満々なご様子だ。
俺だって、この旅行の為に頑張って貯めてきたんだけどな。彼との買い物を余裕を持って楽しめるくらいには、皆さんへのお土産を値段を気にせずに選ぶことが出来るくらいには。
「ふふ、ご心配なさらないで下さい。旅行の記念として買う物や皆様方へのお土産は、ちゃんと折半致します。ましてや、市場の端から端まで全てのお品を一つずつなどと、可愛い貴方様を困らせるようなことも致しませんので」
思っていたよりも、規模が大きかったんですけど?
「え……もしかして、するつもりだったんですか? 俺が困らないんだったら、端から端まで全部って」
言葉の端々から滲み出ている本気な気配に、思わず藪をつついてしまっていた。出て来たのは言わずもがな。
「ええ、無論、貴方様が喜んで頂けるのであれば」
返ってきた声は清々しいほどに堂々としていて、見つめてくる眼差しにはいっぺんの曇りもない。
「愛しい妻の笑顔の為ならば、お安いものでございます」
断言された言葉と、向けられた愛に満ちた微笑み。それらにときめく間もなく、彼のペースに飲み込まれていってしまう。
「ところでアオイ、どのようなお料理を作られるのか、考えが煮詰まっておられるのでしたら、何か召し上がられてはいかがでしょうか?」
もう、すでにスイッチが入っていたらしい。見つめてくる鮮やかな緑の瞳からはわくわく感があふれんばかりに煌めいていて、触角や羽もそわそわと忙しない。
でも、以前の買い物デートのように、ただ単に俺にプレゼントしたいという訳ではなかったみたい。
「甘いものなどいかがでしょう? 糖分は脳の働きを活発にさせるとのこと。気分転換にもなりますし、いいお考えが浮かぶのでは? ああ、ほら、丁度あちらにヨミ様とサタン様のお饅頭がございますよ? 南エリア限定のトロピカルフルーツ味だそうです。どんなお味なのでしょうか」
どうやら甘えてくれてもいたみたい。饒舌な彼が手のひらで指し示した方向には、明るいオレンジの屋台とのぼりが。そこには東エリアでも見た、デフォルメされたヨミ様とサタン様のお顔が「南エリア限定! トロピカルフルーツ味」という購買意欲をそそる文字と共に描かれていた。
一応、平静を装ってはいるんだろうか。渋いお髭を蓄えた口元には穏やかな笑みを浮かべてはいるもののバレバレだ。鈍い俺でも、流石に分かる。俺に微笑みかけてくれながらも、遠慮がちにチラチラと屋台の方へと視線を向けているんだからな。これは、ぜひともお応えしなければ。
「いいですね、俺も気になります。丁度お腹も空きましたし、食べながら見て回りましょうか」
「ええっ、そう致しましょう」
ぱぁっと咲いた満面の笑みに俺も釣られてしまう。頬がだらしなく緩んでしまう。
バアルさんが優しく手を引いてくれた。腰を抱き寄せてくれて、長いコンパスを俺の歩幅に合わせてくれる。が、隠し切れてはいない。一直線に目的の屋台を目指すその足取りは、いつもよりも少し早くて踊ってるみたいに軽やかだった。
目を回しかけていると、繋いでいる手を優しく引かれた。形の良い唇を綻ばせながら、先がくるりと反った触角を揺らしながら、バアルさんが歩みを緩めた。
俺に目線を合わせてくれるように背筋を屈めてくれる。その気遣いだけでも心をしっかり射抜かれてしまっているのに、思いがけないサービス。無防備で魅惑的な襟元まで見やすくなっている。握った手に力を込めてしまっていた。
気づいていらっしゃるだろうが、バアルさんは俺の視線をものともしていない。それどころか、ご機嫌そうに柔らかな笑みを深めている。
「アオイ、何か気になるお品はございましたか? 見つけた際には、すぐに仰って下さいね」
全部が全部気になって仕方がないんですけど。
喉まで出かかっていたが、言えなかった。口にしたが最後、バアルさんによってその全部を一つずつ買われてしまうだろうからな。
現に、彼は準備万端。いつの間にやら、どこから取り出したのか、手にしている上品な黒革の財布を俺に見せつけている。やっぱり奢る気満々なご様子だ。
俺だって、この旅行の為に頑張って貯めてきたんだけどな。彼との買い物を余裕を持って楽しめるくらいには、皆さんへのお土産を値段を気にせずに選ぶことが出来るくらいには。
「ふふ、ご心配なさらないで下さい。旅行の記念として買う物や皆様方へのお土産は、ちゃんと折半致します。ましてや、市場の端から端まで全てのお品を一つずつなどと、可愛い貴方様を困らせるようなことも致しませんので」
思っていたよりも、規模が大きかったんですけど?
「え……もしかして、するつもりだったんですか? 俺が困らないんだったら、端から端まで全部って」
言葉の端々から滲み出ている本気な気配に、思わず藪をつついてしまっていた。出て来たのは言わずもがな。
「ええ、無論、貴方様が喜んで頂けるのであれば」
返ってきた声は清々しいほどに堂々としていて、見つめてくる眼差しにはいっぺんの曇りもない。
「愛しい妻の笑顔の為ならば、お安いものでございます」
断言された言葉と、向けられた愛に満ちた微笑み。それらにときめく間もなく、彼のペースに飲み込まれていってしまう。
「ところでアオイ、どのようなお料理を作られるのか、考えが煮詰まっておられるのでしたら、何か召し上がられてはいかがでしょうか?」
もう、すでにスイッチが入っていたらしい。見つめてくる鮮やかな緑の瞳からはわくわく感があふれんばかりに煌めいていて、触角や羽もそわそわと忙しない。
でも、以前の買い物デートのように、ただ単に俺にプレゼントしたいという訳ではなかったみたい。
「甘いものなどいかがでしょう? 糖分は脳の働きを活発にさせるとのこと。気分転換にもなりますし、いいお考えが浮かぶのでは? ああ、ほら、丁度あちらにヨミ様とサタン様のお饅頭がございますよ? 南エリア限定のトロピカルフルーツ味だそうです。どんなお味なのでしょうか」
どうやら甘えてくれてもいたみたい。饒舌な彼が手のひらで指し示した方向には、明るいオレンジの屋台とのぼりが。そこには東エリアでも見た、デフォルメされたヨミ様とサタン様のお顔が「南エリア限定! トロピカルフルーツ味」という購買意欲をそそる文字と共に描かれていた。
一応、平静を装ってはいるんだろうか。渋いお髭を蓄えた口元には穏やかな笑みを浮かべてはいるもののバレバレだ。鈍い俺でも、流石に分かる。俺に微笑みかけてくれながらも、遠慮がちにチラチラと屋台の方へと視線を向けているんだからな。これは、ぜひともお応えしなければ。
「いいですね、俺も気になります。丁度お腹も空きましたし、食べながら見て回りましょうか」
「ええっ、そう致しましょう」
ぱぁっと咲いた満面の笑みに俺も釣られてしまう。頬がだらしなく緩んでしまう。
バアルさんが優しく手を引いてくれた。腰を抱き寄せてくれて、長いコンパスを俺の歩幅に合わせてくれる。が、隠し切れてはいない。一直線に目的の屋台を目指すその足取りは、いつもよりも少し早くて踊ってるみたいに軽やかだった。
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