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【新婚旅行編】三日目:その土地ならではの食材を求めて
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「失礼致しますね」
大きな手のひらが俺の髪を梳くように撫でてから、浴衣の襟元を直してくれる。脇やら帯やらに向かって動いている手つきはスゴく丁寧で、流れるように美しい。
でも、浴衣の知識ゼロな俺にとっては、何をしてもらえているのかちんぷんかんぷん。そもそも着崩れしている感じもなかったしなぁ。
上手く出来たのだろうか。バアルさんは満足そうに口端を持ち上げてから、完成だと言わんばかりに俺の頬を撫でてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ」
優しく細められている眼差しが、賑わう市場へと向けられる。
「……南エリアは、各エリアの中でも一番気温が高い場所ですので。此方の気候ならではの野菜や果物を育てているとのことです」
「ああ、えっと……アレだ、アレですよね? いわゆる特産品ってヤツ」
「ええ、左様でございます。お城や別のエリアでも保存の術を施しているものを、お取り寄せすることは出来ますが……魔術に完璧はございません。ですので、やはり現地の物が一番新鮮かと」
「へぇ……バアルさんにだったら、出来ないことはなさそうですけどね。その気になれば、時間だって操れちゃうし」
そういえばバアルさん、紅茶を術で淹れてくれた時も気にしていたっけ、手で淹れるよりも雑味があるんじゃないかって。こちらに来るまで魔術とは無縁の世の中で生きてきた俺にとっては、初歩の初歩な術でも魅力的。万能な力だって思っちゃうくらいには便利過ぎるんだけどな。
まぁ、魔術に関してのうんたらかんたらは置いといて、ここでなら果たせそうだな。その土地ならではの食材を使って、バアルさんと一緒にお料理をするっていう本日の目的が。だからこそ、此方はいかがでしょうかって提案してくれたんだろうけど。
俺達がお世話になっているお部屋には、広くて素敵なキッチンがある。バアルさんが術で作り変えてくれるキッチンとも引けを取らない。
ホテルや南エリアのレストランでの食事も満喫したいのは山々。だが、せっかくならば使ってみたいなと、血が騒いだのだ。新婚旅行のいい思い出になりそうだし。
バアルさんも賛成してくれた。むしろ、都合がいいって感じだった。まだ、昨日の俺の失態を、ワインケーキで酔っ払ってしまったのを、気にしていたらしい。予定していた動物園へ出掛けるよりは、市場を軽くぶらついて料理を楽しむ方が、俺の負担にならないから安心だとのこと。
突発的なプランに、市場を回るだけなら浴衣でもいいんじゃ? という思いつきも更にプラス。そうして、ヨミ様から頂いた色違いの浴衣を着て市場巡りという現状に至ったんだ。
「じゃあ、改めてぐるりと回って見ましょうか。とれたて新鮮な食材を探しにっ」
ずっこけかけていた俺が言うのもなんだけどさ。
今度は足元にも気を配ろうと自分自身を戒めてから、彼に向かって手を差し出した。しかし、温かな手のひらが重ねられることはなく、代わりに頭を下げられてしまった。
大きな手のひらが俺の髪を梳くように撫でてから、浴衣の襟元を直してくれる。脇やら帯やらに向かって動いている手つきはスゴく丁寧で、流れるように美しい。
でも、浴衣の知識ゼロな俺にとっては、何をしてもらえているのかちんぷんかんぷん。そもそも着崩れしている感じもなかったしなぁ。
上手く出来たのだろうか。バアルさんは満足そうに口端を持ち上げてから、完成だと言わんばかりに俺の頬を撫でてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ」
優しく細められている眼差しが、賑わう市場へと向けられる。
「……南エリアは、各エリアの中でも一番気温が高い場所ですので。此方の気候ならではの野菜や果物を育てているとのことです」
「ああ、えっと……アレだ、アレですよね? いわゆる特産品ってヤツ」
「ええ、左様でございます。お城や別のエリアでも保存の術を施しているものを、お取り寄せすることは出来ますが……魔術に完璧はございません。ですので、やはり現地の物が一番新鮮かと」
「へぇ……バアルさんにだったら、出来ないことはなさそうですけどね。その気になれば、時間だって操れちゃうし」
そういえばバアルさん、紅茶を術で淹れてくれた時も気にしていたっけ、手で淹れるよりも雑味があるんじゃないかって。こちらに来るまで魔術とは無縁の世の中で生きてきた俺にとっては、初歩の初歩な術でも魅力的。万能な力だって思っちゃうくらいには便利過ぎるんだけどな。
まぁ、魔術に関してのうんたらかんたらは置いといて、ここでなら果たせそうだな。その土地ならではの食材を使って、バアルさんと一緒にお料理をするっていう本日の目的が。だからこそ、此方はいかがでしょうかって提案してくれたんだろうけど。
俺達がお世話になっているお部屋には、広くて素敵なキッチンがある。バアルさんが術で作り変えてくれるキッチンとも引けを取らない。
ホテルや南エリアのレストランでの食事も満喫したいのは山々。だが、せっかくならば使ってみたいなと、血が騒いだのだ。新婚旅行のいい思い出になりそうだし。
バアルさんも賛成してくれた。むしろ、都合がいいって感じだった。まだ、昨日の俺の失態を、ワインケーキで酔っ払ってしまったのを、気にしていたらしい。予定していた動物園へ出掛けるよりは、市場を軽くぶらついて料理を楽しむ方が、俺の負担にならないから安心だとのこと。
突発的なプランに、市場を回るだけなら浴衣でもいいんじゃ? という思いつきも更にプラス。そうして、ヨミ様から頂いた色違いの浴衣を着て市場巡りという現状に至ったんだ。
「じゃあ、改めてぐるりと回って見ましょうか。とれたて新鮮な食材を探しにっ」
ずっこけかけていた俺が言うのもなんだけどさ。
今度は足元にも気を配ろうと自分自身を戒めてから、彼に向かって手を差し出した。しかし、温かな手のひらが重ねられることはなく、代わりに頭を下げられてしまった。
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