間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
上 下
681 / 1,054

【新婚旅行編】三日目:その土地ならではの食材を求めて

しおりを挟む
「失礼致しますね」

 大きな手のひらが俺の髪を梳くように撫でてから、浴衣の襟元を直してくれる。脇やら帯やらに向かって動いている手つきはスゴく丁寧で、流れるように美しい。

 でも、浴衣の知識ゼロな俺にとっては、何をしてもらえているのかちんぷんかんぷん。そもそも着崩れしている感じもなかったしなぁ。

 上手く出来たのだろうか。バアルさんは満足そうに口端を持ち上げてから、完成だと言わんばかりに俺の頬を撫でてくれた。

「ありがとうございます」

「いえ」

 優しく細められている眼差しが、賑わう市場へと向けられる。

「……南エリアは、各エリアの中でも一番気温が高い場所ですので。此方の気候ならではの野菜や果物を育てているとのことです」

「ああ、えっと……アレだ、アレですよね? いわゆる特産品ってヤツ」

「ええ、左様でございます。お城や別のエリアでも保存の術を施しているものを、お取り寄せすることは出来ますが……魔術に完璧はございません。ですので、やはり現地の物が一番新鮮かと」

「へぇ……バアルさんにだったら、出来ないことはなさそうですけどね。その気になれば、時間だって操れちゃうし」

 そういえばバアルさん、紅茶を術で淹れてくれた時も気にしていたっけ、手で淹れるよりも雑味があるんじゃないかって。こちらに来るまで魔術とは無縁の世の中で生きてきた俺にとっては、初歩の初歩な術でも魅力的。万能な力だって思っちゃうくらいには便利過ぎるんだけどな。

 まぁ、魔術に関してのうんたらかんたらは置いといて、ここでなら果たせそうだな。その土地ならではの食材を使って、バアルさんと一緒にお料理をするっていう本日の目的が。だからこそ、此方はいかがでしょうかって提案してくれたんだろうけど。

 俺達がお世話になっているお部屋には、広くて素敵なキッチンがある。バアルさんが術で作り変えてくれるキッチンとも引けを取らない。

 ホテルや南エリアのレストランでの食事も満喫したいのは山々。だが、せっかくならば使ってみたいなと、血が騒いだのだ。新婚旅行のいい思い出になりそうだし。

 バアルさんも賛成してくれた。むしろ、都合がいいって感じだった。まだ、昨日の俺の失態を、ワインケーキで酔っ払ってしまったのを、気にしていたらしい。予定していた動物園へ出掛けるよりは、市場を軽くぶらついて料理を楽しむ方が、俺の負担にならないから安心だとのこと。

 突発的なプランに、市場を回るだけなら浴衣でもいいんじゃ? という思いつきも更にプラス。そうして、ヨミ様から頂いた色違いの浴衣を着て市場巡りという現状に至ったんだ。

「じゃあ、改めてぐるりと回って見ましょうか。とれたて新鮮な食材を探しにっ」

 ずっこけかけていた俺が言うのもなんだけどさ。

 今度は足元にも気を配ろうと自分自身を戒めてから、彼に向かって手を差し出した。しかし、温かな手のひらが重ねられることはなく、代わりに頭を下げられてしまった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。 ※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

処理中です...