680 / 1,047
【新婚旅行編】三日目:残念ながら免疫はついていなかったみたい
しおりを挟む
石畳の道を進んでいくにつれ、賑やかになっていく商いの声。買い物を、観光を、思い思いに楽しんでいる方々の明るいざわめき。訪れた市場は、活気に満ちあふれていた。
俺達を燦々と照らしてくる高い日差しの元では、色とりどりの屋台屋根がますます映える。広い通りの左右にひしめき合っているそれらは、晴れ渡る真っ青な空とのコントラストも素晴らしい。どこを切り取っても絵になるな。ポストカードにしたいくらい。
屋根の下にズラリと並んでいるのは、どれも魅力的な品々ばかり。色も形も珍しいフルーツや野菜、熱帯魚にも引けを取らない華やかな見た目をした魚など。まさに南国って感じなラインナップ。それらを皆さん、紙袋やら自前の手提げ袋やらにいっぱいに詰め込んでいる。
あちらの狐の耳と尻尾を生やしたお二人のうち、女性の方はバアルさんと同じ術がお得意らしい。男性の方が両手いっぱいに抱えている荷物を、瞬きの間に手品のごとく消し去った。何でも入れられて、好きな時に取り出せる謎の空間へとしまったんだろう。
「わぁ……東エリアでは見なかった食材が多いですね……」
釣られるがままに見回し過ぎたせいだろう。足元が疎かになっていた。ショートブーツのつま先が、丁度盛り上がっていた石畳に引っかかってしまった。着慣れていない浴衣だったこともあって咄嗟に踏ん張れず、ただふらつくのではなく、前のめりにずっこけそうになってしまう。
とはいえ、恐れていた事態が訪れることは、鈍い痛みに膝やら手のひらやらが襲われることはなかった。エスコートしてくれていた長い腕が、素早く俺を抱き寄せ、支えてくれたのだから。
「アオイ、大丈夫ですか?」
心配そうな声が頭の上から降ってくる。見上げれば、バアルさんが凛々しい眉をひそめていた。目元のシワは濃くなり、整えられた髭が素敵な口元からも柔らかな微笑みが消えてしまっている。
後ろへと緩めに撫でつけた白い髪が、陽の光によって透き通るように艶めいている。俺の帯色とお揃いである緑の浴衣を颯爽と着こなしている彼は、いつにも増して大人の色香を漂わせていた。
浴衣の隙間から僅かに覗いている浮き出た鎖骨、透明感のある白い肌、くびれたラインが美しい首、尖った喉仏、どこもかしこも色っぽくて落ち着かない。鼻を擽ってくるハーブの香りですら、砂糖を煮詰めたように甘く感じるような。
「ひゃ、ひゃい……ありがとう、ごじゃいまふ……」
残念ながら免疫はついていなかったみたい。ホテルを出発する前に、その艶やかな浴衣姿をじっくりと堪能させてもらったってのに。いっぱいお写真も撮らせてもらったってのにさ。
不可抗力とはいえ、ちょっと密着しただけでこのザマだ。だらしなく頬は緩んでしまっているし、舌はびっくりするほど回らない。
それどころか、ますます体重をかけてしまっていた。頬を押しつけてしまっていた。肌心地のいい浴衣の上からでも逞しさが窺える、分厚い胸板に。
いつものごとく見惚れてしまっているのは、どっからどう見てもバレバレ。なのだが、バアルさんは安心したように微笑んで頭を撫でてくれただけ。特にツッコむことはしなかった。ちょっぴり意地悪な彼が出てくることも。
俺の腰に腕を回したまま、半ば抱き抱えるような形で、立ち止まっても問題ないところへと連れて行ってくれた。通りを行き交う悪魔さん方の波からさり気なく俺を庇ってくれながら、広い市場の通りから外れた小さな小道へと。
豊富な色にあふれた市場の光景が、鍛え抜かれた長身によって隠される。頬に感じた外気が少しだけ涼しく感じた。
「ふむ、大事はなさそうですね……」
改めて俺の無事を確認するように眺めていた彼の触角が弾むように揺れ、背中の羽がはためき出す。半透明の四枚が常夏の空気をぱたぱたと揺らす度、淡い煌めきが地面に落ちていた。
「すみません、ご心配おかけしちゃって……」
「いえ、私も悪いのです」
「え……?」
「美しく澄んだ瞳を輝かせ、市場を見回す貴方様の愛らしさに見惚れるあまりに、貴方様へのフォローが疎かになってしまっていたのですから」
「ひぇ……」
いやいや、フォローは完璧過ぎるでしょう。すぐに抱き支えてくれただけじゃなく、気分も右肩上がりにしてくれたんだからさ。
俺達を燦々と照らしてくる高い日差しの元では、色とりどりの屋台屋根がますます映える。広い通りの左右にひしめき合っているそれらは、晴れ渡る真っ青な空とのコントラストも素晴らしい。どこを切り取っても絵になるな。ポストカードにしたいくらい。
屋根の下にズラリと並んでいるのは、どれも魅力的な品々ばかり。色も形も珍しいフルーツや野菜、熱帯魚にも引けを取らない華やかな見た目をした魚など。まさに南国って感じなラインナップ。それらを皆さん、紙袋やら自前の手提げ袋やらにいっぱいに詰め込んでいる。
あちらの狐の耳と尻尾を生やしたお二人のうち、女性の方はバアルさんと同じ術がお得意らしい。男性の方が両手いっぱいに抱えている荷物を、瞬きの間に手品のごとく消し去った。何でも入れられて、好きな時に取り出せる謎の空間へとしまったんだろう。
「わぁ……東エリアでは見なかった食材が多いですね……」
釣られるがままに見回し過ぎたせいだろう。足元が疎かになっていた。ショートブーツのつま先が、丁度盛り上がっていた石畳に引っかかってしまった。着慣れていない浴衣だったこともあって咄嗟に踏ん張れず、ただふらつくのではなく、前のめりにずっこけそうになってしまう。
とはいえ、恐れていた事態が訪れることは、鈍い痛みに膝やら手のひらやらが襲われることはなかった。エスコートしてくれていた長い腕が、素早く俺を抱き寄せ、支えてくれたのだから。
「アオイ、大丈夫ですか?」
心配そうな声が頭の上から降ってくる。見上げれば、バアルさんが凛々しい眉をひそめていた。目元のシワは濃くなり、整えられた髭が素敵な口元からも柔らかな微笑みが消えてしまっている。
後ろへと緩めに撫でつけた白い髪が、陽の光によって透き通るように艶めいている。俺の帯色とお揃いである緑の浴衣を颯爽と着こなしている彼は、いつにも増して大人の色香を漂わせていた。
浴衣の隙間から僅かに覗いている浮き出た鎖骨、透明感のある白い肌、くびれたラインが美しい首、尖った喉仏、どこもかしこも色っぽくて落ち着かない。鼻を擽ってくるハーブの香りですら、砂糖を煮詰めたように甘く感じるような。
「ひゃ、ひゃい……ありがとう、ごじゃいまふ……」
残念ながら免疫はついていなかったみたい。ホテルを出発する前に、その艶やかな浴衣姿をじっくりと堪能させてもらったってのに。いっぱいお写真も撮らせてもらったってのにさ。
不可抗力とはいえ、ちょっと密着しただけでこのザマだ。だらしなく頬は緩んでしまっているし、舌はびっくりするほど回らない。
それどころか、ますます体重をかけてしまっていた。頬を押しつけてしまっていた。肌心地のいい浴衣の上からでも逞しさが窺える、分厚い胸板に。
いつものごとく見惚れてしまっているのは、どっからどう見てもバレバレ。なのだが、バアルさんは安心したように微笑んで頭を撫でてくれただけ。特にツッコむことはしなかった。ちょっぴり意地悪な彼が出てくることも。
俺の腰に腕を回したまま、半ば抱き抱えるような形で、立ち止まっても問題ないところへと連れて行ってくれた。通りを行き交う悪魔さん方の波からさり気なく俺を庇ってくれながら、広い市場の通りから外れた小さな小道へと。
豊富な色にあふれた市場の光景が、鍛え抜かれた長身によって隠される。頬に感じた外気が少しだけ涼しく感じた。
「ふむ、大事はなさそうですね……」
改めて俺の無事を確認するように眺めていた彼の触角が弾むように揺れ、背中の羽がはためき出す。半透明の四枚が常夏の空気をぱたぱたと揺らす度、淡い煌めきが地面に落ちていた。
「すみません、ご心配おかけしちゃって……」
「いえ、私も悪いのです」
「え……?」
「美しく澄んだ瞳を輝かせ、市場を見回す貴方様の愛らしさに見惚れるあまりに、貴方様へのフォローが疎かになってしまっていたのですから」
「ひぇ……」
いやいや、フォローは完璧過ぎるでしょう。すぐに抱き支えてくれただけじゃなく、気分も右肩上がりにしてくれたんだからさ。
12
お気に入りに追加
521
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。
riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。
召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。
しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。
別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。
そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ?
最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる)
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる