間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
上 下
675 / 1,055

【新婚旅行編】二日目:旦那様さえよろしければ

しおりを挟む
「……お疲れのところ申し訳ございません……よろしければ、触角のお手入れもお願いしても」

「是非っ、やらせて下さいっ!」

 普段ならば遠慮してしまうであろう彼からの珍しい申し出に、俺は前のめりでひと回り大きな手を握った。そうして、再び彼のご指導を受けながら、励んでいるという訳で。

「フフフ、やはり私の妻は飲み込みが早いですね……これからも、時々お願いしても宜しいでしょうか?」

 擽ったそうに笑っていた声色が、遠慮がちに尋ねてきた。

 ずっと、俺の見えないところで済ませてきていた、羽と触覚のお手入れ。彼にとってはかなりプライベートなラインを越えることを許してもらえた、それだけでも十分嬉しかったのに。

「……時々とは言わずに毎日しますよ? ……だ、旦那様さえよろしければ」

 喜びのあまり頭の中にお花が咲き乱れたからだろう。いつもならば照れているだけのノリに乗っかっていた。うっかり手を止めてしまっていた。

 下げてくれていた触角が弾むような勢いで持ち上がる。かと思えば、全身を程よい弾力のある温もりに包まれていた。

「どわっ!?」

 風を切るような音が聞こえている。彼の羽だった。俺達を包み込むように広がった四枚がはためいている。淡い光を帯びた残像を、頼もしい肩越しに見たことでようやく気がついた。彼の長く引き締まった腕の中に閉じ込められていることに。

 舞い上がっていたところに続けてもたらされた供給に、喜びがあふれてしまいそう。全身の力がくたりと抜けかけていたのを咄嗟に踏ん張って、何とか道具だけは取り落としてしまわぬよう、手に力を込めた。

「あ、う、バアルさ……」

「誠に宜しいので? 毎日……いえ、朝も晩もお願いしてしまいますよ?」

 長い腕が更に俺を抱き寄せてくる。耳元で囁く声は、いつも堂々としている彼にしては珍しく気恥ずかしそうで、気持ちがほっこりと落ち着いた。

「大歓迎ですよ。いつも俺、言ってますよね? もっと甘えてくれていいんですよって……だから」

 腕の力が緩んで、そっと肩を掴まれた。彫りの深い顔が耳まで真っ赤に染まっている。久々にトマトになったバアルさんが、高い鼻先をおずおずと寄せてきた。

 伏せられた長い睫毛に隠れていた瞳が俺を見つめている。若葉を思わせる鮮やかな緑が、薄っすらと張られた涙の膜の中で揺れていた。

「……では、宜しくお願い致します……これからも……」

「は、はいっ、任せて下さい!」

 今度は踏ん張れなかった。ときめきのままに彼を抱き締めてしまっていた。俺の両手からすっぽ抜けていった道具達は、彼の術によってひとりでに浮かんでいたから良かったものの。


 花のように甘い香りが寝室に漂い始める。バアルさんは白い陶器のティーポットをテーブルへ置いてから、俺の隣へと腰を下ろした。

 しなやかな足を上品に揃え、テーブルへと手を伸ばす。鮮やかな赤茶色の紅茶で満たされている花柄のペアカップ。その内の一つを手にしてから、ソファーに背を預けている俺へと差し出してくれた。

「ありがとうございました、アオイ。お疲れ様でした、お熱いのでお気をつけて下さいね」

「ありがとうございます。バアルさんこそお疲れ様でした。身体は大丈夫ですか? ずっと屈ませちゃってたから……」

「大丈夫ですよ。あのくらい何ともございません」

 ご自身のカップへと伸ばしていた手を止め、微笑みかけてくれる。優しい目元に刻まれたシワが深くなった。

 白く長い指が俺の頬に触れた。かかっていた髪を耳の後ろにかけてくれてから、手にしているカップごと包み込むように俺の両手に、たおやかな手を添えてきた。手の甲に触れた柔らかな温もりに、ただでさえ鼓動が小躍りし始めてたってのに。

「私は、常に幸福に満たされておりましたよ……愛しい貴方様からお手入れして頂けるという、最上の褒美を賜われたのですから……」

 うっとりと瞳を細めながら、低いトーンで噛み締めるように囁かれたもんだから、たまったもんじゃない。うっかり、ソファーからズリ落ちそうになってしまった。

 そんなことまで見越していた彼に、颯爽と腰を抱き寄せられて、支えてもらえて、事なきを得たんだけどさ。

「ひぇ……あ、ありがとうごじゃいまふ……」

「いえ。何か、お茶のお供に甘いものでも頼みましょうか?」

「いいですねっ、丁度小腹が空いていたんですよね」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...