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【新婚旅行編】二日目:旦那様さえよろしければ
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「……お疲れのところ申し訳ございません……よろしければ、触角のお手入れもお願いしても」
「是非っ、やらせて下さいっ!」
普段ならば遠慮してしまうであろう彼からの珍しい申し出に、俺は前のめりでひと回り大きな手を握った。そうして、再び彼のご指導を受けながら、励んでいるという訳で。
「フフフ、やはり私の妻は飲み込みが早いですね……これからも、時々お願いしても宜しいでしょうか?」
擽ったそうに笑っていた声色が、遠慮がちに尋ねてきた。
ずっと、俺の見えないところで済ませてきていた、羽と触覚のお手入れ。彼にとってはかなりプライベートなラインを越えることを許してもらえた、それだけでも十分嬉しかったのに。
「……時々とは言わずに毎日しますよ? ……だ、旦那様さえよろしければ」
喜びのあまり頭の中にお花が咲き乱れたからだろう。いつもならば照れているだけのノリに乗っかっていた。うっかり手を止めてしまっていた。
下げてくれていた触角が弾むような勢いで持ち上がる。かと思えば、全身を程よい弾力のある温もりに包まれていた。
「どわっ!?」
風を切るような音が聞こえている。彼の羽だった。俺達を包み込むように広がった四枚がはためいている。淡い光を帯びた残像を、頼もしい肩越しに見たことでようやく気がついた。彼の長く引き締まった腕の中に閉じ込められていることに。
舞い上がっていたところに続けてもたらされた供給に、喜びがあふれてしまいそう。全身の力がくたりと抜けかけていたのを咄嗟に踏ん張って、何とか道具だけは取り落としてしまわぬよう、手に力を込めた。
「あ、う、バアルさ……」
「誠に宜しいので? 毎日……いえ、朝も晩もお願いしてしまいますよ?」
長い腕が更に俺を抱き寄せてくる。耳元で囁く声は、いつも堂々としている彼にしては珍しく気恥ずかしそうで、気持ちがほっこりと落ち着いた。
「大歓迎ですよ。いつも俺、言ってますよね? もっと甘えてくれていいんですよって……だから」
腕の力が緩んで、そっと肩を掴まれた。彫りの深い顔が耳まで真っ赤に染まっている。久々にトマトになったバアルさんが、高い鼻先をおずおずと寄せてきた。
伏せられた長い睫毛に隠れていた瞳が俺を見つめている。若葉を思わせる鮮やかな緑が、薄っすらと張られた涙の膜の中で揺れていた。
「……では、宜しくお願い致します……これからも……」
「は、はいっ、任せて下さい!」
今度は踏ん張れなかった。ときめきのままに彼を抱き締めてしまっていた。俺の両手からすっぽ抜けていった道具達は、彼の術によってひとりでに浮かんでいたから良かったものの。
花のように甘い香りが寝室に漂い始める。バアルさんは白い陶器のティーポットをテーブルへ置いてから、俺の隣へと腰を下ろした。
しなやかな足を上品に揃え、テーブルへと手を伸ばす。鮮やかな赤茶色の紅茶で満たされている花柄のペアカップ。その内の一つを手にしてから、ソファーに背を預けている俺へと差し出してくれた。
「ありがとうございました、アオイ。お疲れ様でした、お熱いのでお気をつけて下さいね」
「ありがとうございます。バアルさんこそお疲れ様でした。身体は大丈夫ですか? ずっと屈ませちゃってたから……」
「大丈夫ですよ。あのくらい何ともございません」
ご自身のカップへと伸ばしていた手を止め、微笑みかけてくれる。優しい目元に刻まれたシワが深くなった。
白く長い指が俺の頬に触れた。かかっていた髪を耳の後ろにかけてくれてから、手にしているカップごと包み込むように俺の両手に、たおやかな手を添えてきた。手の甲に触れた柔らかな温もりに、ただでさえ鼓動が小躍りし始めてたってのに。
「私は、常に幸福に満たされておりましたよ……愛しい貴方様からお手入れして頂けるという、最上の褒美を賜われたのですから……」
うっとりと瞳を細めながら、低いトーンで噛み締めるように囁かれたもんだから、たまったもんじゃない。うっかり、ソファーからズリ落ちそうになってしまった。
そんなことまで見越していた彼に、颯爽と腰を抱き寄せられて、支えてもらえて、事なきを得たんだけどさ。
「ひぇ……あ、ありがとうごじゃいまふ……」
「いえ。何か、お茶のお供に甘いものでも頼みましょうか?」
「いいですねっ、丁度小腹が空いていたんですよね」
「是非っ、やらせて下さいっ!」
普段ならば遠慮してしまうであろう彼からの珍しい申し出に、俺は前のめりでひと回り大きな手を握った。そうして、再び彼のご指導を受けながら、励んでいるという訳で。
「フフフ、やはり私の妻は飲み込みが早いですね……これからも、時々お願いしても宜しいでしょうか?」
擽ったそうに笑っていた声色が、遠慮がちに尋ねてきた。
ずっと、俺の見えないところで済ませてきていた、羽と触覚のお手入れ。彼にとってはかなりプライベートなラインを越えることを許してもらえた、それだけでも十分嬉しかったのに。
「……時々とは言わずに毎日しますよ? ……だ、旦那様さえよろしければ」
喜びのあまり頭の中にお花が咲き乱れたからだろう。いつもならば照れているだけのノリに乗っかっていた。うっかり手を止めてしまっていた。
下げてくれていた触角が弾むような勢いで持ち上がる。かと思えば、全身を程よい弾力のある温もりに包まれていた。
「どわっ!?」
風を切るような音が聞こえている。彼の羽だった。俺達を包み込むように広がった四枚がはためいている。淡い光を帯びた残像を、頼もしい肩越しに見たことでようやく気がついた。彼の長く引き締まった腕の中に閉じ込められていることに。
舞い上がっていたところに続けてもたらされた供給に、喜びがあふれてしまいそう。全身の力がくたりと抜けかけていたのを咄嗟に踏ん張って、何とか道具だけは取り落としてしまわぬよう、手に力を込めた。
「あ、う、バアルさ……」
「誠に宜しいので? 毎日……いえ、朝も晩もお願いしてしまいますよ?」
長い腕が更に俺を抱き寄せてくる。耳元で囁く声は、いつも堂々としている彼にしては珍しく気恥ずかしそうで、気持ちがほっこりと落ち着いた。
「大歓迎ですよ。いつも俺、言ってますよね? もっと甘えてくれていいんですよって……だから」
腕の力が緩んで、そっと肩を掴まれた。彫りの深い顔が耳まで真っ赤に染まっている。久々にトマトになったバアルさんが、高い鼻先をおずおずと寄せてきた。
伏せられた長い睫毛に隠れていた瞳が俺を見つめている。若葉を思わせる鮮やかな緑が、薄っすらと張られた涙の膜の中で揺れていた。
「……では、宜しくお願い致します……これからも……」
「は、はいっ、任せて下さい!」
今度は踏ん張れなかった。ときめきのままに彼を抱き締めてしまっていた。俺の両手からすっぽ抜けていった道具達は、彼の術によってひとりでに浮かんでいたから良かったものの。
花のように甘い香りが寝室に漂い始める。バアルさんは白い陶器のティーポットをテーブルへ置いてから、俺の隣へと腰を下ろした。
しなやかな足を上品に揃え、テーブルへと手を伸ばす。鮮やかな赤茶色の紅茶で満たされている花柄のペアカップ。その内の一つを手にしてから、ソファーに背を預けている俺へと差し出してくれた。
「ありがとうございました、アオイ。お疲れ様でした、お熱いのでお気をつけて下さいね」
「ありがとうございます。バアルさんこそお疲れ様でした。身体は大丈夫ですか? ずっと屈ませちゃってたから……」
「大丈夫ですよ。あのくらい何ともございません」
ご自身のカップへと伸ばしていた手を止め、微笑みかけてくれる。優しい目元に刻まれたシワが深くなった。
白く長い指が俺の頬に触れた。かかっていた髪を耳の後ろにかけてくれてから、手にしているカップごと包み込むように俺の両手に、たおやかな手を添えてきた。手の甲に触れた柔らかな温もりに、ただでさえ鼓動が小躍りし始めてたってのに。
「私は、常に幸福に満たされておりましたよ……愛しい貴方様からお手入れして頂けるという、最上の褒美を賜われたのですから……」
うっとりと瞳を細めながら、低いトーンで噛み締めるように囁かれたもんだから、たまったもんじゃない。うっかり、ソファーからズリ落ちそうになってしまった。
そんなことまで見越していた彼に、颯爽と腰を抱き寄せられて、支えてもらえて、事なきを得たんだけどさ。
「ひぇ……あ、ありがとうごじゃいまふ……」
「いえ。何か、お茶のお供に甘いものでも頼みましょうか?」
「いいですねっ、丁度小腹が空いていたんですよね」
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