673 / 906
【新婚旅行編】二日目:元気が出るおまじない
しおりを挟む
液体まみれの手を濡れタオルで拭い、続いて最後の仕上げへと。四角い容器を手に取り、蓋を開いた。シャンデリアの明かりを受けてキラキラしているクリームは、まるで真珠を砕いて混ぜ込んだよう。
これもまた、今まで使ってきたお手入れ用品と同じで初対面な不思議な匂いがする。俺的には、いい匂いだと感じるんだけど、例えるのが難しい。
なんだろう、ハチミツたっぷりのミルクみたいに甘いんだけど、それでいて爽やかというか……ミントっぽい香りもするような? いやでも、柑橘系の類では? と言われれば、そうかも? って、そんな感じの複雑さだ。
観察するように眺めてしまっていると、バアルさんが顔だけこちらを向いていた。目が合うと微笑んで、俺が塗りやすいように下げている羽を僅かに揺らした。
「そちらは、手のひらでクリームを伸ばしてから、羽の表面を撫でるように塗り広げて頂けないでしょうか?」
「はいっ、任せて下さい」
指示のとおりに手のひらへのせようと、人差し指でクリームを掬おうとしたところで彼が「ああ、少々お待ちを」と待ったをかけた。
振り返って俺の手を取り、包み込むようにもう一方を上から重ねる。鮮やかな緑の瞳には、またちょっぴり心配そうな色が宿っていた。
「術で成分を分析したところ、此方も貴方様の繊細な御肌でも問題ないとのことでした。ですが、もし少しでも違和感を感じられた場合は、すぐに仰って下さい。そして、そちらの濡れタオルで素早く拭いて下さいね」
「はい、分かりました」
まだ、バアルさんは心配していそう。彼が刻んできた目元のカッコいいシワを深くしている。渋いお髭を蓄えた口元からも、穏やかな笑みが消えてしまっている。
バアルさんの分析通り、全部問題なく使えたんだけどな。汚れ落としから始めて、もう四種類のお手入れ用品を使わせてもらってきたけれども。
過保護気味な彼の心配が擽ったくて、嬉しくて、胸の内がほっこりしてしまう。頬が勝手にだらしなく緩んでしまう。バアルさんは凛々しい眉どころか、二本の触覚もしょんぼりと下げてしまっているってのにさ。
少しでも、彼の不安を拭えないだろうか。ない頭を回して浮かんだのは、俺が彼によくしてもらっていたこと、いつも前向きな気持ちにさせてもらっていたこと。嬉しさで塗り替えてしまおうという方法だった。
俺にとっては効果テキメンだったんだが、彼にとってはどうだろう? まぁ、ものは試しと言うし、やらないよりは。
「バアル」
「はい……アオ、イ」
軽く腰を上げてから膝立ちになり、彼との距離を詰めていく。身を乗り出すと、俺達を支えてくれているベッドが少しだけ軋んだ音を立てた。よっぽど思いがけなかったんだろうか。彼の形の良い唇に口を寄せた途端、鮮やかな緑の瞳が丸くなった。
軽く押しつけてから離れても、そのまま。きょとんと俺を見つめる様は、何をされたのか分からないといった感じ。こっちが気恥ずかしくなってきてしまう。
「え、えっと……元気、出ませんでしたか? 俺が、バアルさんにしてもらえた時は、マイナスな気持ちとか全部吹き飛んじゃ」
効果はあったらしい。今まさに気がついたかのよう、彼の頬がぽぽぽと真っ赤に染まっていく。ぴょこんと立ち上がった細くて長い触覚が、ふわふわと弾むように揺れ始める。背中の羽もだ。蕾が花開くようにぶわりと大きく広がっていき、ぱたぱたとはためき始めた。
「……もう一回、しましょうか?」
すっかり気分が右肩上がりになった俺は、調子に乗ってしまっていた。幅の広い彼の肩に手を置いて、額をくっつけていた。
俺を捉え、細められた瞳は蕩けてしまいそう。紡がれた、耳心地の良い低音までもが甘ったるい響きを含んでいて。
「……はい、どうか……この老骨めに御慈悲を……」
「ひゃ、ひゃい……どうぞ?」
うっかり腰が抜けそうになってしまっていた。
ひっくり返った声を上げてしまった口が震えてしまった。絶対に伝わってしまっただろう。何とか押しつけることが出来た際、小さな笑いが触れ合っている部分から伝わってきたんだから。
これもまた、今まで使ってきたお手入れ用品と同じで初対面な不思議な匂いがする。俺的には、いい匂いだと感じるんだけど、例えるのが難しい。
なんだろう、ハチミツたっぷりのミルクみたいに甘いんだけど、それでいて爽やかというか……ミントっぽい香りもするような? いやでも、柑橘系の類では? と言われれば、そうかも? って、そんな感じの複雑さだ。
観察するように眺めてしまっていると、バアルさんが顔だけこちらを向いていた。目が合うと微笑んで、俺が塗りやすいように下げている羽を僅かに揺らした。
「そちらは、手のひらでクリームを伸ばしてから、羽の表面を撫でるように塗り広げて頂けないでしょうか?」
「はいっ、任せて下さい」
指示のとおりに手のひらへのせようと、人差し指でクリームを掬おうとしたところで彼が「ああ、少々お待ちを」と待ったをかけた。
振り返って俺の手を取り、包み込むようにもう一方を上から重ねる。鮮やかな緑の瞳には、またちょっぴり心配そうな色が宿っていた。
「術で成分を分析したところ、此方も貴方様の繊細な御肌でも問題ないとのことでした。ですが、もし少しでも違和感を感じられた場合は、すぐに仰って下さい。そして、そちらの濡れタオルで素早く拭いて下さいね」
「はい、分かりました」
まだ、バアルさんは心配していそう。彼が刻んできた目元のカッコいいシワを深くしている。渋いお髭を蓄えた口元からも、穏やかな笑みが消えてしまっている。
バアルさんの分析通り、全部問題なく使えたんだけどな。汚れ落としから始めて、もう四種類のお手入れ用品を使わせてもらってきたけれども。
過保護気味な彼の心配が擽ったくて、嬉しくて、胸の内がほっこりしてしまう。頬が勝手にだらしなく緩んでしまう。バアルさんは凛々しい眉どころか、二本の触覚もしょんぼりと下げてしまっているってのにさ。
少しでも、彼の不安を拭えないだろうか。ない頭を回して浮かんだのは、俺が彼によくしてもらっていたこと、いつも前向きな気持ちにさせてもらっていたこと。嬉しさで塗り替えてしまおうという方法だった。
俺にとっては効果テキメンだったんだが、彼にとってはどうだろう? まぁ、ものは試しと言うし、やらないよりは。
「バアル」
「はい……アオ、イ」
軽く腰を上げてから膝立ちになり、彼との距離を詰めていく。身を乗り出すと、俺達を支えてくれているベッドが少しだけ軋んだ音を立てた。よっぽど思いがけなかったんだろうか。彼の形の良い唇に口を寄せた途端、鮮やかな緑の瞳が丸くなった。
軽く押しつけてから離れても、そのまま。きょとんと俺を見つめる様は、何をされたのか分からないといった感じ。こっちが気恥ずかしくなってきてしまう。
「え、えっと……元気、出ませんでしたか? 俺が、バアルさんにしてもらえた時は、マイナスな気持ちとか全部吹き飛んじゃ」
効果はあったらしい。今まさに気がついたかのよう、彼の頬がぽぽぽと真っ赤に染まっていく。ぴょこんと立ち上がった細くて長い触覚が、ふわふわと弾むように揺れ始める。背中の羽もだ。蕾が花開くようにぶわりと大きく広がっていき、ぱたぱたとはためき始めた。
「……もう一回、しましょうか?」
すっかり気分が右肩上がりになった俺は、調子に乗ってしまっていた。幅の広い彼の肩に手を置いて、額をくっつけていた。
俺を捉え、細められた瞳は蕩けてしまいそう。紡がれた、耳心地の良い低音までもが甘ったるい響きを含んでいて。
「……はい、どうか……この老骨めに御慈悲を……」
「ひゃ、ひゃい……どうぞ?」
うっかり腰が抜けそうになってしまっていた。
ひっくり返った声を上げてしまった口が震えてしまった。絶対に伝わってしまっただろう。何とか押しつけることが出来た際、小さな笑いが触れ合っている部分から伝わってきたんだから。
15
お気に入りに追加
485
あなたにおすすめの小説
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる