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【新婚旅行編】二日目:元気が出るおまじない

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 液体まみれの手を濡れタオルで拭い、続いて最後の仕上げへと。四角い容器を手に取り、蓋を開いた。シャンデリアの明かりを受けてキラキラしているクリームは、まるで真珠を砕いて混ぜ込んだよう。

 これもまた、今まで使ってきたお手入れ用品と同じで初対面な不思議な匂いがする。俺的には、いい匂いだと感じるんだけど、例えるのが難しい。

 なんだろう、ハチミツたっぷりのミルクみたいに甘いんだけど、それでいて爽やかというか……ミントっぽい香りもするような? いやでも、柑橘系の類では? と言われれば、そうかも? って、そんな感じの複雑さだ。

 観察するように眺めてしまっていると、バアルさんが顔だけこちらを向いていた。目が合うと微笑んで、俺が塗りやすいように下げている羽を僅かに揺らした。

「そちらは、手のひらでクリームを伸ばしてから、羽の表面を撫でるように塗り広げて頂けないでしょうか?」

「はいっ、任せて下さい」

 指示のとおりに手のひらへのせようと、人差し指でクリームを掬おうとしたところで彼が「ああ、少々お待ちを」と待ったをかけた。

 振り返って俺の手を取り、包み込むようにもう一方を上から重ねる。鮮やかな緑の瞳には、またちょっぴり心配そうな色が宿っていた。

「術で成分を分析したところ、此方も貴方様の繊細な御肌でも問題ないとのことでした。ですが、もし少しでも違和感を感じられた場合は、すぐに仰って下さい。そして、そちらの濡れタオルで素早く拭いて下さいね」

「はい、分かりました」

 まだ、バアルさんは心配していそう。彼が刻んできた目元のカッコいいシワを深くしている。渋いお髭を蓄えた口元からも、穏やかな笑みが消えてしまっている。

 バアルさんの分析通り、全部問題なく使えたんだけどな。汚れ落としから始めて、もう四種類のお手入れ用品を使わせてもらってきたけれども。

 過保護気味な彼の心配が擽ったくて、嬉しくて、胸の内がほっこりしてしまう。頬が勝手にだらしなく緩んでしまう。バアルさんは凛々しい眉どころか、二本の触覚もしょんぼりと下げてしまっているってのにさ。

 少しでも、彼の不安を拭えないだろうか。ない頭を回して浮かんだのは、俺が彼によくしてもらっていたこと、いつも前向きな気持ちにさせてもらっていたこと。嬉しさで塗り替えてしまおうという方法だった。

 俺にとっては効果テキメンだったんだが、彼にとってはどうだろう? まぁ、ものは試しと言うし、やらないよりは。

「バアル」

「はい……アオ、イ」

 軽く腰を上げてから膝立ちになり、彼との距離を詰めていく。身を乗り出すと、俺達を支えてくれているベッドが少しだけ軋んだ音を立てた。よっぽど思いがけなかったんだろうか。彼の形の良い唇に口を寄せた途端、鮮やかな緑の瞳が丸くなった。

 軽く押しつけてから離れても、そのまま。きょとんと俺を見つめる様は、何をされたのか分からないといった感じ。こっちが気恥ずかしくなってきてしまう。

「え、えっと……元気、出ませんでしたか? 俺が、バアルさんにしてもらえた時は、マイナスな気持ちとか全部吹き飛んじゃ」

 効果はあったらしい。今まさに気がついたかのよう、彼の頬がぽぽぽと真っ赤に染まっていく。ぴょこんと立ち上がった細くて長い触覚が、ふわふわと弾むように揺れ始める。背中の羽もだ。蕾が花開くようにぶわりと大きく広がっていき、ぱたぱたとはためき始めた。

「……もう一回、しましょうか?」

 すっかり気分が右肩上がりになった俺は、調子に乗ってしまっていた。幅の広い彼の肩に手を置いて、額をくっつけていた。

 俺を捉え、細められた瞳は蕩けてしまいそう。紡がれた、耳心地の良い低音までもが甘ったるい響きを含んでいて。

「……はい、どうか……この老骨めに御慈悲を……」

「ひゃ、ひゃい……どうぞ?」

 うっかり腰が抜けそうになってしまっていた。

 ひっくり返った声を上げてしまった口が震えてしまった。絶対に伝わってしまっただろう。何とか押しつけることが出来た際、小さな笑いが触れ合っている部分から伝わってきたんだから。
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