間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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【新婚旅行編】二日目:夫婦になれたからこその、特別感

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 漂う色気に鼓動が騒がしくなり、眩い期待に胸の奥を擽られる。

 すっかり頭の中にお花が咲き乱れている内に、距離を詰められてしまっていた。鮮やかな緑の瞳に吸い込まれてしまいそうなほどに。

「ふぁ……え、えっと……ですね……」

 頭を捻ったところで、俺がバアルさんとしたいことなんて、そう豊富な種類は。

 もう撫で合いっこはしたし……キスも、いっぱいしちゃってるし…………そ、その先も……そりゃあ、全部満足することなんてない。もっとしたいし。俺からだったら、絶対にバアルさんは喜んでくれるだろうけど。

 もっと、こう特別感というか。夫婦になれたんだからそこのっていうか。

「あっ、羽!」

「羽……でございますか?」

 思いついたのは、微笑ましくも羨ましかった、ある日の事柄。日課である羽と触角のお手入れを、コルテに手伝ってもらったのだと微笑んでいた彼の柔らかな表情。

「はいっ、バアルさんさえ良ければ、俺にも手伝わせて欲しいんです。バアルさんの羽のお手入れを」

 最近は時々触らせてもらえているとはいえ、流石に触角はハードルが高そう。細くて長くて繊細そうだし。でも、羽だったら……大きくてキレイな四枚の内一枚だけでも、いや、端っこだけでも、俺の手で磨かせてもらう訳にはいかないだろうか。

 一縷の望みを抱きながらのお願いだったのだけれど。

「やっぱり、俺じゃあ、難しい……ですかね?」

 目を僅かに見開いたまま、バアルさんは固まってしまっていた。長い睫毛も、揺れていた触角も羽も、時が止まったかのようにピクリとも動かない。

 ……いくら心を許してくれるようになったとはいえ、ここはダメっていうラインはあるよな、やっぱり。

 遥かに長い付き合いだろうコルテと比べて、俺がバアルさんと歩んできた道のりは、まだ……密度というか、濃さでは胸を張れることは出来ても、長さは全然だ。

 だから、寂しさはあるけれども納得は出来る。仕方がない。仕方がない、よな。

「……ごめんなさい、軽率でしたよね……デリケートなことなの、に?」

 優しい彼に気を使わせてしまわぬよう、努めて笑顔でいようとした。が、あっさりと崩されてしまった。驚きに目を丸くしてしまっていた。

 俺達の側に突然現れたのは、いくつもの容器。細くて長いプラスチックのものだったり、チューブに入っているものだったり。はたまた、透明な硝子の瓶だったり、四角い容器だったり。

「ば、バアル? これは?」

 ズラリと並んで、ひとりでに浮かんでいる五つ。それらを順々に白い指が指し示していく。

「此方は汚れを落とす際に用います。此方は羽の潤いを保ち、乾燥を防ぐ為に」

 細くて長いプラスチックの白い方、続いて淡い緑色。それから今度はチューブ、硝子の瓶と次々に指先が触れていく。

「此方は表面の光沢を保つ効果が、此方は水分と有効成分を閉じ込める為に使用しております」

「えっと、じゃあ、最後のは?」

 最後に残った四角い容器。それの蓋がパカリと勝手に開いた。中に入っているのは、何やらキラキラした粒が含まれているクリームだった。バアルさんが俺の肌に塗ってくれているものと似てはいるけれども。

「此方は、紫外線や砂埃等の粉塵から守る為のものですね。最後の仕上げに塗ります」

「へぇ……ホントにスキンケアみたいですね」

「ええ、左様でございますね。私めにとって羽は貴方様でいえば髪や爪と同様、日々手入れを欠かすことの出来ない、大事な身体の一部でございます故」

 大きな手のひらが、恭しく俺の手を取り見つめる。細められている瞳には、優しい眼差しには、好きって気持ちが満ちあふれているようで。

「……その、頼んでおいてなんですけど、良いんですか? 俺が手伝わせてもらっても……」

 いつものセットを見せてくれたということは、一時的とはいえ俺に任せてくれるということだろう。その大事な一部を。

 なのに、だからこそ尋ねてしまっていた。ホントに俺でも良いのかなって。

「アオイだから、でございます」

 過った心配なんて、あっという間に吹き飛ばされてしまっていた。力強い彼の肯定と、満面の笑顔によって。

「先ほどは、降って湧いたような幸福を噛み締めていたばかりに、言葉が遅れてしまい申し訳ございません……誠に嬉しかったのです……ですから」

「うん……俺、頑張るね。バアルの羽……ピッカピカに、カッコよくしてみせるから……だから教えてくれない?」

「っ……ええ、宜しくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくね」

 いそいそと触角を揺らす彼に手渡されたボトルとコットンを手に、透き通った羽と向き合う。彼からの指示を受けながら、慎重に、慎重に、ツルリとした表面を撫でていく。

 時折、擽ったそうに笑うバアルさんと、コットンを手にあたふたする俺を、柔らかな午後の日差しが温かく包みこんでいた。
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