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【新婚旅行編】一日目:意識しないようにしていたのに

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 待ったをかけた途端、ぴたりと止まってしまった。弾むように揺れていた彼の二本の触角が、広い背ではためいていた半透明の羽が。

 う……でも、バアルさん……まだ、何も食べていないし……

 ご機嫌な彼に水を差してしまったが、ここで引き下がる訳には。だって、美味しいを共有したいし。俺もバアルさんにあーんしたいし。

 気合を入れてフォークを手にしようとして、きょとんと丸くなっていた瞳がはにかむように微笑んだ。

「ああ、失礼……私の妻があまりにも愛らしかったものですから……美味しいお顔見たさに、つい止まらなくなっておりました……」

「ふぇ……」

 威力がズルい。あふれそうなくらいに好きが込められた優しい眼差しと、砂糖菓子のような甘さを含んだ言葉。頬がニヤけてしまうそれらを同時に浴びせさせられたせいだ。うっかりフォークを取り落としてしまいそうに。

 もうすでにバアルさんのペースなのだが、彼は止まらない。

 細く長い指が、俺の顎へと添えられた。しっとりと柔い指の腹が、顎裏を撫でてくる。それから、と前置きをした形の良い唇に艷やかな笑みが浮かんだ。

「……しっかり食べて、精をつけて頂かなければ……朝までもたないでしょう?」

「っ……」

 意識しないようにしていたのに。

 途端に、背筋に甘い感覚が走ってしまう。ずっと、何気ない背景と化していたベッドが、ほんの少し前まで愛してもらっていた場所が、気になってしまう。

「……さぁ、お次は……何をお召し上がりになられますか?」

 尋ねる声は変わらず柔らかい。軽く首を傾げながら、向けてくれる微笑みも。なのに、心臓が煩くわめいてしまう。

 バアルさんは、最後まで軽い夕食を楽しんでいた。俺に食べさせてくれて、俺の手づから食べてくれた料理を「美味しいですね」と微笑んで。それから、普段通りの豊富な表現で、その美味しさを分かりやすく述べていた。

 俺はどうだったか、だって? 言うまでもないだろう。なんせ、あの一言だけで頭の中は、バアルさん一色になっちゃったんだからな。



 シャンデリアの明かりが優しく照らす室内には、もう華やかな夕食の名残はない。

 二人でキレイに空にしたお皿やバスケットは、配膳ワゴンと共に跡形もなく消えていた。術によるものだろう。ルームサービスを注文してから、すぐに出来立てのお食事が部屋に現れた時と同じで。

 残されているのは甘い花のような香り。食後にバアルさんが淹れてくれた紅茶の香りが、微かに漂っているだけだ。

 ……それも、すぐにハーブの匂いに上書きされてしまいそうだけど。

 重なっている俺達の影が、広いシーツの上で蠢いている。白い彼の手が、俺の素肌を滑るように撫でていく。

 後ろから抱き締められているから、つい動きを目で追ってしまう。胸元からヘソへと向かって、じわりじわりと下りていく整えられた指先を。肝心なところには触れてくれずに、太ももを撫で回しているだけの手のひらを。

 産毛を撫でているような手つきに、ただでさえ身体をもじもじと揺らしてしまっているのだ。触れてもらえる度に、肌に残る淡い余韻に身体の奥が熱く疼いてしまっているのだ。

 ……見えちゃってるから、余計にドキドキしちゃ……なんか、触り方も色っぽいし……
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