間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
上 下
645 / 1,047

【番外編:立場・種族逆転】側に居るだけじゃなくて

しおりを挟む
 城の本棟から別棟へ。数ある貴賓室の中でも、一番上等な部屋へと彼を案内し、ソファーへと座ってもらった。

 バアル様は、何も言わなかった。出会ってから今までの饒舌さがウソだったかのように、一言も。

 ……空元気だったのかな。彼は優しい人だから、俺を心配させないように、明るく振る舞ってくれていたのかもしれない。何か、俺が出来ることは。

「……紅茶を淹れますね」

 温かくて美味しい紅茶を飲めば、少しは……ほんの少しくらいは、気持ちが落ち着くかもしれない。

 準備をすべく、彼が腰掛けているソファーから離れようとした。

「……バアル、様……?」

 けれども、叶わなかった。弱々しい力が俺を引き止めている。俺の手首を、大きな手のひらが掴んでいる。

 俯いていた顔が上がって見えた表情は、まるで迷い子のように心細そうで。

「……どうか、今はお側に居て頂けないでしょうか? お茶は宜しいので」

「は、はい」

 思わず俺は、勢いよく隣へと腰を下ろしていた。

 大きな窓から、まだ明るい陽の光が差し込んでくる。本棟の賑やかなざわめきが、かすかに聞こえてくる。座ったはいいが、俺は悩んでいた。答えの出ない問題に対して、必死に頭を回していた。

 ……もっと、何か、俺に出来ることがあるんじゃないか? ただ、側に居るだけじゃなくて、他に何か。

 せっかく頼ってもらえたのに。何も浮かばない自分が情けない。彼の寂しさを拭うことが出来ない自分が。

「……私は、現世に未練はございません……」

 不意に呟かれた告白に顔を上げる。けれども、優しい眼差しとはかち合わなかった。彼の瞳は、誰もいない向かいのソファーを……いや、どこか遠く、俺の知らない世界を見つめているようだった。

「かつては、大事な御方が……私の一生を賭けて、御恩を返したい御方がおりました……楽しい思い出もありました……ですが、今はどちらかと言えば、辛いことの方が多々ありました故」

 言葉を切って俯いた視線。幅の広い肩を落とし、力なく座っているバアル様。それは、無意識の行動だった。

「……アオイ?」

 不思議そうに呼ばれるまで、緑の瞳に見つめられるまで気が付かなかったんだ。

 手を伸ばしていたことに。オールバックに撫でつけている彼の頭を撫でてしまっていたことに。

「あ、すみません……」

 離そうとしていた手が、白くたおやかな手に捕まった。

「……もっと、撫でては頂けないでしょうか?」

 心を囚われてしまっていた。縋るように見つめてくる緑の瞳に、甘えるように強請る声に。

「……駄目、でしょうか?」

「い、いえ……失礼致します」

 出来ることが見つかったというのに、俺の気持ちは落ち着かなかった。そわそわしてしまっていた。

 高鳴る心臓と連動しているみたい。指先が震えてしまって、上手く撫でることが出来ない。それでも、どうにか触り心地の良い髪を、梳くように撫でていた。つもりだったのだけれど。

「……アオイ」

「……はい」

 やっぱり上手く出来なかったのだろう。震えが伝わってしまっていたのかもしれない。

「しばしの間、貴方の胸をお借りしても?」

 てっきり、もういいですよ、と言われるのかと。

 思いも寄らない、予想することなんて出来やしない、新たなお願いに俺は、すっかり困惑してしまっていた。にも関わらず、答えることが出来た自分を褒めてあげたい。

「お、俺でよろしかったら、どうぞ……?」

 緑の瞳が僅かに見開いて、微笑んだ。

 久しぶりに見れた気がした彼の笑顔。陽だまりのように柔らかなそれに見惚れていると、胸の辺りに重たさを感じた。バアル様が額を、俺の薄い胸板に押し付けていらっしゃる。

 ……ああ、胸ってそういう。ハグしたいってことだったのか。

 ふと思い出した、誰かから教えてもらった知識。心臓の音を聞くと安心出来るって。じゃあ、もっと。

 そっと腕を回す。彼の頭を抱き抱えるように。後頭部に手を添えると、屈んでいる長身が少し震えた。けれども、すぐに彼からも腕を回してくれた。俺の背を抱き締め返してくれた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。

猫宮乾
BL
 【完結済み】僕(ルイス)は、Subに生まれた侯爵令息だ。許婚である公爵令息のヘルナンドに無茶な命令をされて何度もSub dropしていたが、ある日婚約破棄される。内心ではホッとしていた僕に対し、その時、その場にいたクライヴ第二王子殿下が、新しい婚約者に立候補すると言い出した。以後、Domであるクライヴ殿下に溺愛され、愛に溢れるコマンドを囁かれ、僕の悲惨だったこれまでの境遇が一変する。※異世界婚約破棄×Dom/Subユニバースのお話です。独自設定も含まれます。(☆)挿入無し性描写、(★)挿入有り性描写です。第10回BL大賞応募作です。応援・ご投票していただけましたら嬉しいです! ▼一日2話以上更新。あと、(微弱ですが)ざまぁ要素が含まれます。D/Sお好きな方のほか、D/Sご存じなくとも婚約破棄系好きな方にもお楽しみいただけましたら嬉しいです!(性描写に痛い系は含まれません。ただ、たまに激しい時があります)

処理中です...