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【番外編:立場・種族逆転】側に居るだけじゃなくて
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城の本棟から別棟へ。数ある貴賓室の中でも、一番上等な部屋へと彼を案内し、ソファーへと座ってもらった。
バアル様は、何も言わなかった。出会ってから今までの饒舌さがウソだったかのように、一言も。
……空元気だったのかな。彼は優しい人だから、俺を心配させないように、明るく振る舞ってくれていたのかもしれない。何か、俺が出来ることは。
「……紅茶を淹れますね」
温かくて美味しい紅茶を飲めば、少しは……ほんの少しくらいは、気持ちが落ち着くかもしれない。
準備をすべく、彼が腰掛けているソファーから離れようとした。
「……バアル、様……?」
けれども、叶わなかった。弱々しい力が俺を引き止めている。俺の手首を、大きな手のひらが掴んでいる。
俯いていた顔が上がって見えた表情は、まるで迷い子のように心細そうで。
「……どうか、今はお側に居て頂けないでしょうか? お茶は宜しいので」
「は、はい」
思わず俺は、勢いよく隣へと腰を下ろしていた。
大きな窓から、まだ明るい陽の光が差し込んでくる。本棟の賑やかなざわめきが、かすかに聞こえてくる。座ったはいいが、俺は悩んでいた。答えの出ない問題に対して、必死に頭を回していた。
……もっと、何か、俺に出来ることがあるんじゃないか? ただ、側に居るだけじゃなくて、他に何か。
せっかく頼ってもらえたのに。何も浮かばない自分が情けない。彼の寂しさを拭うことが出来ない自分が。
「……私は、現世に未練はございません……」
不意に呟かれた告白に顔を上げる。けれども、優しい眼差しとはかち合わなかった。彼の瞳は、誰もいない向かいのソファーを……いや、どこか遠く、俺の知らない世界を見つめているようだった。
「かつては、大事な御方が……私の一生を賭けて、御恩を返したい御方がおりました……楽しい思い出もありました……ですが、今はどちらかと言えば、辛いことの方が多々ありました故」
言葉を切って俯いた視線。幅の広い肩を落とし、力なく座っているバアル様。それは、無意識の行動だった。
「……アオイ?」
不思議そうに呼ばれるまで、緑の瞳に見つめられるまで気が付かなかったんだ。
手を伸ばしていたことに。オールバックに撫でつけている彼の頭を撫でてしまっていたことに。
「あ、すみません……」
離そうとしていた手が、白くたおやかな手に捕まった。
「……もっと、撫でては頂けないでしょうか?」
心を囚われてしまっていた。縋るように見つめてくる緑の瞳に、甘えるように強請る声に。
「……駄目、でしょうか?」
「い、いえ……失礼致します」
出来ることが見つかったというのに、俺の気持ちは落ち着かなかった。そわそわしてしまっていた。
高鳴る心臓と連動しているみたい。指先が震えてしまって、上手く撫でることが出来ない。それでも、どうにか触り心地の良い髪を、梳くように撫でていた。つもりだったのだけれど。
「……アオイ」
「……はい」
やっぱり上手く出来なかったのだろう。震えが伝わってしまっていたのかもしれない。
「しばしの間、貴方の胸をお借りしても?」
てっきり、もういいですよ、と言われるのかと。
思いも寄らない、予想することなんて出来やしない、新たなお願いに俺は、すっかり困惑してしまっていた。にも関わらず、答えることが出来た自分を褒めてあげたい。
「お、俺でよろしかったら、どうぞ……?」
緑の瞳が僅かに見開いて、微笑んだ。
久しぶりに見れた気がした彼の笑顔。陽だまりのように柔らかなそれに見惚れていると、胸の辺りに重たさを感じた。バアル様が額を、俺の薄い胸板に押し付けていらっしゃる。
……ああ、胸ってそういう。ハグしたいってことだったのか。
ふと思い出した、誰かから教えてもらった知識。心臓の音を聞くと安心出来るって。じゃあ、もっと。
そっと腕を回す。彼の頭を抱き抱えるように。後頭部に手を添えると、屈んでいる長身が少し震えた。けれども、すぐに彼からも腕を回してくれた。俺の背を抱き締め返してくれた。
バアル様は、何も言わなかった。出会ってから今までの饒舌さがウソだったかのように、一言も。
……空元気だったのかな。彼は優しい人だから、俺を心配させないように、明るく振る舞ってくれていたのかもしれない。何か、俺が出来ることは。
「……紅茶を淹れますね」
温かくて美味しい紅茶を飲めば、少しは……ほんの少しくらいは、気持ちが落ち着くかもしれない。
準備をすべく、彼が腰掛けているソファーから離れようとした。
「……バアル、様……?」
けれども、叶わなかった。弱々しい力が俺を引き止めている。俺の手首を、大きな手のひらが掴んでいる。
俯いていた顔が上がって見えた表情は、まるで迷い子のように心細そうで。
「……どうか、今はお側に居て頂けないでしょうか? お茶は宜しいので」
「は、はい」
思わず俺は、勢いよく隣へと腰を下ろしていた。
大きな窓から、まだ明るい陽の光が差し込んでくる。本棟の賑やかなざわめきが、かすかに聞こえてくる。座ったはいいが、俺は悩んでいた。答えの出ない問題に対して、必死に頭を回していた。
……もっと、何か、俺に出来ることがあるんじゃないか? ただ、側に居るだけじゃなくて、他に何か。
せっかく頼ってもらえたのに。何も浮かばない自分が情けない。彼の寂しさを拭うことが出来ない自分が。
「……私は、現世に未練はございません……」
不意に呟かれた告白に顔を上げる。けれども、優しい眼差しとはかち合わなかった。彼の瞳は、誰もいない向かいのソファーを……いや、どこか遠く、俺の知らない世界を見つめているようだった。
「かつては、大事な御方が……私の一生を賭けて、御恩を返したい御方がおりました……楽しい思い出もありました……ですが、今はどちらかと言えば、辛いことの方が多々ありました故」
言葉を切って俯いた視線。幅の広い肩を落とし、力なく座っているバアル様。それは、無意識の行動だった。
「……アオイ?」
不思議そうに呼ばれるまで、緑の瞳に見つめられるまで気が付かなかったんだ。
手を伸ばしていたことに。オールバックに撫でつけている彼の頭を撫でてしまっていたことに。
「あ、すみません……」
離そうとしていた手が、白くたおやかな手に捕まった。
「……もっと、撫でては頂けないでしょうか?」
心を囚われてしまっていた。縋るように見つめてくる緑の瞳に、甘えるように強請る声に。
「……駄目、でしょうか?」
「い、いえ……失礼致します」
出来ることが見つかったというのに、俺の気持ちは落ち着かなかった。そわそわしてしまっていた。
高鳴る心臓と連動しているみたい。指先が震えてしまって、上手く撫でることが出来ない。それでも、どうにか触り心地の良い髪を、梳くように撫でていた。つもりだったのだけれど。
「……アオイ」
「……はい」
やっぱり上手く出来なかったのだろう。震えが伝わってしまっていたのかもしれない。
「しばしの間、貴方の胸をお借りしても?」
てっきり、もういいですよ、と言われるのかと。
思いも寄らない、予想することなんて出来やしない、新たなお願いに俺は、すっかり困惑してしまっていた。にも関わらず、答えることが出来た自分を褒めてあげたい。
「お、俺でよろしかったら、どうぞ……?」
緑の瞳が僅かに見開いて、微笑んだ。
久しぶりに見れた気がした彼の笑顔。陽だまりのように柔らかなそれに見惚れていると、胸の辺りに重たさを感じた。バアル様が額を、俺の薄い胸板に押し付けていらっしゃる。
……ああ、胸ってそういう。ハグしたいってことだったのか。
ふと思い出した、誰かから教えてもらった知識。心臓の音を聞くと安心出来るって。じゃあ、もっと。
そっと腕を回す。彼の頭を抱き抱えるように。後頭部に手を添えると、屈んでいる長身が少し震えた。けれども、すぐに彼からも腕を回してくれた。俺の背を抱き締め返してくれた。
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