間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
上 下
641 / 1,041

【番外編:立場・種族逆転】おや、では……もっと親しみを込めて、お呼びしても宜しいので?

しおりを挟む
「えっと、どうかしましたか?」

「ああ、失礼致しました……先程から貴方様の美しい触角と羽が弾むように揺れておりますので……お可愛らしく存じて、つい……」

「か、かわっ?」

 言われて初めて気がついた。額から生えている二本の触角が、背中の羽が、賑やかなことになってしまっていることに。

 普段ならば、気恥ずかしさを覚えてしまうところ。でも、今は些細なことに思えてしまう。確かめてみたくて仕方がなかったから。

「あの……怖くは……ないんですか?」

 俺としては、思わず声が震えてしまうくらいに勇気がいる質問だった。けれども、バアル様はきょとんとしていた。何に対して聞かれているのか、分かっていないみたいに。

 俺は、指し示すように自分の胸元に手を当てながら、もう一度尋ねてみた。

「私のことが……怖くは、ないのでしょうか? 私は人間ではないですし……ご期待に添えずに申し訳ないのですが……天使でも、ありません……悪魔、ですから……」

「左様でございましたか……」

 白い睫毛を伏せてから、バアル様はシャープな顎へと指を当てた。納得したように小さく頷くと、再び俺を見つめた。

 此方に落ちてきた人間には決して見られない、生命力に満ちあふれた眼差し。眩い煌めきを宿した瞳が、ゆるりと細められていく様は……酷く優しげで。

「ですが、怖くはございませんよ?」

 柔らかな低音で紡がれた言葉は、酷く俺の心を揺さぶった。

「愛らしい触角と羽以外、私共と全く変わらぬ容姿をしておりますし……そもそも、そちらも含めて大変魅力的でいらっしゃいますよ、アオイ様は」

「……あ、ありがとう……ございます……」

「いえ、思ったままを述べたまででございますので」

 咄嗟に俺は、感謝の言葉しか返せなかった。何と言っていいのか分からなかったんだ。だって、こんな風に誰かから見つめられたことなんてない。それに、あんなにも、優しい声で。

 心臓の音が妙に煩い。全身に響いているくらいに。握られたままの手が、震えてしまいそうだ。

 ……落ち着け、落ち着くんだ。こういう時は、深呼吸をするんだって、レダさんがよく言っていて。

 剣の師である彼の言葉を思い浮かべながら、ゆっくりと呼吸を繰り返す。燃え盛る炎によって温められた空気とはいえ、吸ったら少しは冷静になれたみたい。

「……って、俺……じゃなくて、私に様なんて付けなくいいんですよ? バアル様は、私達にとって大切な」

「おや、では……もっと親しみを込めて、お呼びしても宜しいので? アオイ……と呼び捨てにしても?」

「へ? あ、はい、どうぞ……」

 けれども、少しぐらいじゃあ上手くいく訳もなく。すぐにまた、バアル様のペースに。握ったままの手に力を込め、前のめりに背筋を傾けた彼に話の主導権を握られてしまっていた。その事実にすら、気づくこともなく。

「あ、でもヨミ様やサタン様に対しては、出来れば、さん付けをしてもらえると助か」

「その方々とは、どのようなご関係で? アオイにとって、大切な方々なのでしょうか?」

「か、関係? ですか?」

 珍しくバアル様は口調を強めた。凛々しい眉を、どこか不安そうにしかめていた。

 何で、お二人の名前を出しただけで? というか、よく分かったな……俺にとって大切な方々だって。無意識の内に、顔にでも出ていたんだろうか?

 まぁ、それはいい。問うべきことではないだろう。それよりも、お二人については、いずれは説明しなければならなかったことだ。包み隠さずに話した方がいいだろう。

「お二人は、私達地獄の民を導いてくれている王族でして……ヨミ様が現王、サタン様が先代の王様です」

「地獄の王、ですか……」

「はい。その……誠におこがましいとは思っておりますが、私にとってサタン様は本当の父のような存在でして、ヨミ様は……その、弟のように思っております……二人共、大切な私の家族です」

「左様でございましたか……」

 無事に、不安? は解消されたのだろうか。歪んでいた口元が綻んで、穏やかな笑みが戻っていく。

 ……よく分からないが、よかったな。

 バアル様の柔らかい微笑みを見ていると、不思議と胸の辺りが温かくなっていく。初めてな現象に、疑問を持つ間もなかった。

「宜しければ、是非ご挨拶をさせて頂きたいのですが……」

「サタン様とヨミ様に、ですか?」

「ええ、アオイの大切なご家族ですから……」

「ご、ご挨拶も何も、すぐにお二人の方からお会いに参られるかと……」

 言葉を切ってしまった俺を、バアル様が不思議そうに見つめている。答えなければならない。伝えなければならない。なのに、俺は躊躇してしまっていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

処理中です...