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【番外編:立場・種族逆転】おや、では……もっと親しみを込めて、お呼びしても宜しいので?
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「えっと、どうかしましたか?」
「ああ、失礼致しました……先程から貴方様の美しい触角と羽が弾むように揺れておりますので……お可愛らしく存じて、つい……」
「か、かわっ?」
言われて初めて気がついた。額から生えている二本の触角が、背中の羽が、賑やかなことになってしまっていることに。
普段ならば、気恥ずかしさを覚えてしまうところ。でも、今は些細なことに思えてしまう。確かめてみたくて仕方がなかったから。
「あの……怖くは……ないんですか?」
俺としては、思わず声が震えてしまうくらいに勇気がいる質問だった。けれども、バアル様はきょとんとしていた。何に対して聞かれているのか、分かっていないみたいに。
俺は、指し示すように自分の胸元に手を当てながら、もう一度尋ねてみた。
「私のことが……怖くは、ないのでしょうか? 私は人間ではないですし……ご期待に添えずに申し訳ないのですが……天使でも、ありません……悪魔、ですから……」
「左様でございましたか……」
白い睫毛を伏せてから、バアル様はシャープな顎へと指を当てた。納得したように小さく頷くと、再び俺を見つめた。
此方に落ちてきた人間には決して見られない、生命力に満ちあふれた眼差し。眩い煌めきを宿した瞳が、ゆるりと細められていく様は……酷く優しげで。
「ですが、怖くはございませんよ?」
柔らかな低音で紡がれた言葉は、酷く俺の心を揺さぶった。
「愛らしい触角と羽以外、私共と全く変わらぬ容姿をしておりますし……そもそも、そちらも含めて大変魅力的でいらっしゃいますよ、アオイ様は」
「……あ、ありがとう……ございます……」
「いえ、思ったままを述べたまででございますので」
咄嗟に俺は、感謝の言葉しか返せなかった。何と言っていいのか分からなかったんだ。だって、こんな風に誰かから見つめられたことなんてない。それに、あんなにも、優しい声で。
心臓の音が妙に煩い。全身に響いているくらいに。握られたままの手が、震えてしまいそうだ。
……落ち着け、落ち着くんだ。こういう時は、深呼吸をするんだって、レダさんがよく言っていて。
剣の師である彼の言葉を思い浮かべながら、ゆっくりと呼吸を繰り返す。燃え盛る炎によって温められた空気とはいえ、吸ったら少しは冷静になれたみたい。
「……って、俺……じゃなくて、私に様なんて付けなくいいんですよ? バアル様は、私達にとって大切な」
「おや、では……もっと親しみを込めて、お呼びしても宜しいので? アオイ……と呼び捨てにしても?」
「へ? あ、はい、どうぞ……」
けれども、少しぐらいじゃあ上手くいく訳もなく。すぐにまた、バアル様のペースに。握ったままの手に力を込め、前のめりに背筋を傾けた彼に話の主導権を握られてしまっていた。その事実にすら、気づくこともなく。
「あ、でもヨミ様やサタン様に対しては、出来れば、さん付けをしてもらえると助か」
「その方々とは、どのようなご関係で? アオイにとって、大切な方々なのでしょうか?」
「か、関係? ですか?」
珍しくバアル様は口調を強めた。凛々しい眉を、どこか不安そうにしかめていた。
何で、お二人の名前を出しただけで? というか、よく分かったな……俺にとって大切な方々だって。無意識の内に、顔にでも出ていたんだろうか?
まぁ、それはいい。問うべきことではないだろう。それよりも、お二人については、いずれは説明しなければならなかったことだ。包み隠さずに話した方がいいだろう。
「お二人は、私達地獄の民を導いてくれている王族でして……ヨミ様が現王、サタン様が先代の王様です」
「地獄の王、ですか……」
「はい。その……誠におこがましいとは思っておりますが、私にとってサタン様は本当の父のような存在でして、ヨミ様は……その、弟のように思っております……二人共、大切な私の家族です」
「左様でございましたか……」
無事に、不安? は解消されたのだろうか。歪んでいた口元が綻んで、穏やかな笑みが戻っていく。
……よく分からないが、よかったな。
バアル様の柔らかい微笑みを見ていると、不思議と胸の辺りが温かくなっていく。初めてな現象に、疑問を持つ間もなかった。
「宜しければ、是非ご挨拶をさせて頂きたいのですが……」
「サタン様とヨミ様に、ですか?」
「ええ、アオイの大切なご家族ですから……」
「ご、ご挨拶も何も、すぐにお二人の方からお会いに参られるかと……」
言葉を切ってしまった俺を、バアル様が不思議そうに見つめている。答えなければならない。伝えなければならない。なのに、俺は躊躇してしまっていた。
「ああ、失礼致しました……先程から貴方様の美しい触角と羽が弾むように揺れておりますので……お可愛らしく存じて、つい……」
「か、かわっ?」
言われて初めて気がついた。額から生えている二本の触角が、背中の羽が、賑やかなことになってしまっていることに。
普段ならば、気恥ずかしさを覚えてしまうところ。でも、今は些細なことに思えてしまう。確かめてみたくて仕方がなかったから。
「あの……怖くは……ないんですか?」
俺としては、思わず声が震えてしまうくらいに勇気がいる質問だった。けれども、バアル様はきょとんとしていた。何に対して聞かれているのか、分かっていないみたいに。
俺は、指し示すように自分の胸元に手を当てながら、もう一度尋ねてみた。
「私のことが……怖くは、ないのでしょうか? 私は人間ではないですし……ご期待に添えずに申し訳ないのですが……天使でも、ありません……悪魔、ですから……」
「左様でございましたか……」
白い睫毛を伏せてから、バアル様はシャープな顎へと指を当てた。納得したように小さく頷くと、再び俺を見つめた。
此方に落ちてきた人間には決して見られない、生命力に満ちあふれた眼差し。眩い煌めきを宿した瞳が、ゆるりと細められていく様は……酷く優しげで。
「ですが、怖くはございませんよ?」
柔らかな低音で紡がれた言葉は、酷く俺の心を揺さぶった。
「愛らしい触角と羽以外、私共と全く変わらぬ容姿をしておりますし……そもそも、そちらも含めて大変魅力的でいらっしゃいますよ、アオイ様は」
「……あ、ありがとう……ございます……」
「いえ、思ったままを述べたまででございますので」
咄嗟に俺は、感謝の言葉しか返せなかった。何と言っていいのか分からなかったんだ。だって、こんな風に誰かから見つめられたことなんてない。それに、あんなにも、優しい声で。
心臓の音が妙に煩い。全身に響いているくらいに。握られたままの手が、震えてしまいそうだ。
……落ち着け、落ち着くんだ。こういう時は、深呼吸をするんだって、レダさんがよく言っていて。
剣の師である彼の言葉を思い浮かべながら、ゆっくりと呼吸を繰り返す。燃え盛る炎によって温められた空気とはいえ、吸ったら少しは冷静になれたみたい。
「……って、俺……じゃなくて、私に様なんて付けなくいいんですよ? バアル様は、私達にとって大切な」
「おや、では……もっと親しみを込めて、お呼びしても宜しいので? アオイ……と呼び捨てにしても?」
「へ? あ、はい、どうぞ……」
けれども、少しぐらいじゃあ上手くいく訳もなく。すぐにまた、バアル様のペースに。握ったままの手に力を込め、前のめりに背筋を傾けた彼に話の主導権を握られてしまっていた。その事実にすら、気づくこともなく。
「あ、でもヨミ様やサタン様に対しては、出来れば、さん付けをしてもらえると助か」
「その方々とは、どのようなご関係で? アオイにとって、大切な方々なのでしょうか?」
「か、関係? ですか?」
珍しくバアル様は口調を強めた。凛々しい眉を、どこか不安そうにしかめていた。
何で、お二人の名前を出しただけで? というか、よく分かったな……俺にとって大切な方々だって。無意識の内に、顔にでも出ていたんだろうか?
まぁ、それはいい。問うべきことではないだろう。それよりも、お二人については、いずれは説明しなければならなかったことだ。包み隠さずに話した方がいいだろう。
「お二人は、私達地獄の民を導いてくれている王族でして……ヨミ様が現王、サタン様が先代の王様です」
「地獄の王、ですか……」
「はい。その……誠におこがましいとは思っておりますが、私にとってサタン様は本当の父のような存在でして、ヨミ様は……その、弟のように思っております……二人共、大切な私の家族です」
「左様でございましたか……」
無事に、不安? は解消されたのだろうか。歪んでいた口元が綻んで、穏やかな笑みが戻っていく。
……よく分からないが、よかったな。
バアル様の柔らかい微笑みを見ていると、不思議と胸の辺りが温かくなっていく。初めてな現象に、疑問を持つ間もなかった。
「宜しければ、是非ご挨拶をさせて頂きたいのですが……」
「サタン様とヨミ様に、ですか?」
「ええ、アオイの大切なご家族ですから……」
「ご、ご挨拶も何も、すぐにお二人の方からお会いに参られるかと……」
言葉を切ってしまった俺を、バアル様が不思議そうに見つめている。答えなければならない。伝えなければならない。なのに、俺は躊躇してしまっていた。
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