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【新婚旅行編】一日目:外で食べるという特有の美味しさ
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岸へは、すぐに泳ぎ着いた。ずっと抱きついたまま、彼に任せてしまっていたせいだろう。よっぽど俺は疲れているのだと、バアルさんは判断したらしい。足がつくところまで辿り着いた途端、俺を軽々と横抱きにしたのだ。
「バアルさん……大丈夫ですよ? 俺、歩けますよ?」
申し訳なさから伝えたものの、羽をはためかせている彼はどこ吹く風。柔らかく微笑んで、頭を撫でてくれたかと思えば、歩みを進めてしまった。下ろしてくれる気は、さらさらないようだ。
甘やかされっぱなしな気がするんだけど……いいのかな。
そう思ったものの、俺は欲深い男だ。彼の腕の中という快適かつ魅力的な場所から、自分から離れる気など起きる訳が無かった。ここぞとばかりに、ほどよい弾力のある彼の胸板に頬を寄せてしまっていたんだ。
ゆったりと歩く彼の温もりに浸っている内に、俺達を転送してくれた魔法陣の辺りまで戻ってきていた。
高く昇っている太陽からサンサンと降り注ぐ日差しは暑い。放っておけば、髪の毛も、水着も、すぐに乾いてしまうだろう。けれどもバアルさんは、律儀に術をかけてくれた。
大きな手のひらが頬に触れてくれる。すると、にわかに全身を包みこんでいった爽快感。シャワーを浴びたどころか、シャンプーとボディーソープで全身をくまなく洗ったような心地のいい感覚の後、次に感じたのは優しい温かさ。
「失礼致しました」
会釈と共に微笑みかけてもらえた時には、海水を含んでいた髪の毛も、水着も、海に入る前に戻ったかのように乾いていた。
「ありがとうございます」
「いえ」
ご自身にも術を施したんだろう。瞬きの間にバアルさんの白い髪は艶々サラサラに、優しい口元に蓄えているお髭もふわっふわになっていた。
「ところで、アオイ……お腹は空いておりませんか?」
「空いてます! ペコペコですっ!」
「ふふ、左様でございますか……それは何より。では、すぐに準備を始めますね」
準備ってことは、ここでいただくんだろう。サンドイッチの時みたく、俺が知らぬ間に作ってくれていたのかな?
だったら、お手伝いしたかったのにな。一緒にお料理したかったのに。
ぼんやりとカッコいい横顔を見つめていると、また微笑みかけてもらえた。花が咲きそうな美しさに、もやっとしかけていた気持ちが、あっという間に吹っ飛ばされていく。
どこか満足気に口端を持ち上げてから、バアルさんは片手で俺を抱き直し、整えられた指先を軽く弾いた。
小気味よい音に応えるように、どこからともなく現れたのはテーブルとイス。どちらも真っ白なビーチと一体化しそうなくらいに真っ白。丸いテーブルの真ん中からは、テーブルをすっぽりと覆い隠す大きな傘が生えていて日除け効果はバッチリ。添えられている二脚のイスは、滑らかな曲線のフォルムをしていた。
続けて現れたのは、長方形の黒い台。見るからに金属で出来ていそうなそれの上には、銀の金網が乗っている。明らかに見たことがある。ホームセンターのアウトドアコーナーとかで。
「これって……」
「バーベキューコンロでございます。一度ホテルに戻ってから、ゆっくり昼食を……とも考えてはおりました。ですが、折角間近に海があるのならば、潮風を感じながらの食事も宜しいのではと存じまして……」
言われて浮かんだのは、泳ぎ疲れた後に海の家で食べたカレーやラーメン、焼きそばの味。特別、変わったものではなかったのだけれども、お祭りの屋台の味みたく、それら特有の美味しさがあったというか。
「分かります。海でも、山でも……外で食べる料理って、なんか違いますよね。周りの空気も一緒に味わっているっていうか……」
「周りの空気も……でございますか」
「す、すみません……上手く、表現出来ないんですけど」
「いえ、十分に出来ているかと……私も、貴方様の表現が、腑に落ちた心地が致しました故」
しなやかな指先を顎に当てたまま、バアルさんが瞳を細めた。柔らかな光を湛えた緑の煌めき。宝石よりも美しい眼差しに微笑まれ、胸の辺りがそわそわしてしまう。
俺のときめきを知ってか知らずか、バアルさんはまた触れてきてくれた。息でもするかのように平然と額にキスを送ってくれた。
「っ……」
いや、やっぱり確信犯だ。だって、笑ってる。堪えられないと言わんばかりに、尖った喉をくつくつと鳴らして。
嬉しいんだけれども……なんだか、悔しい。俺だって、とバアルさんの首に腕を絡めようとした時だった。
「バアルさ」
「アオイ」
出鼻を挫かれてしまった。
遮るように名前を呼ばれて。伸ばそうとしていた手の片方をキャッチされて、繋がれて。じっと見つめられたもんだから、尋ねるより他はなかった。
「……なんですか?」
「お食事の準備ですが、私だけでは少々時間がかかりそうでして……宜しければ、お力添え頂けないでしょうか?」
「は、はいっ! やりますっ、一緒に! 手伝わさせて下さい!」
「ふふ、ありがとうございます」
何だか、また良いように転がされている気もするが、今となってはどうでもいい。バアルさんと一緒に浜辺でお料理という、これまた初めてなシチュエーション。そんな素敵な機会の前では、どんなことだって些細なことだ。
「バアルさん……大丈夫ですよ? 俺、歩けますよ?」
申し訳なさから伝えたものの、羽をはためかせている彼はどこ吹く風。柔らかく微笑んで、頭を撫でてくれたかと思えば、歩みを進めてしまった。下ろしてくれる気は、さらさらないようだ。
甘やかされっぱなしな気がするんだけど……いいのかな。
そう思ったものの、俺は欲深い男だ。彼の腕の中という快適かつ魅力的な場所から、自分から離れる気など起きる訳が無かった。ここぞとばかりに、ほどよい弾力のある彼の胸板に頬を寄せてしまっていたんだ。
ゆったりと歩く彼の温もりに浸っている内に、俺達を転送してくれた魔法陣の辺りまで戻ってきていた。
高く昇っている太陽からサンサンと降り注ぐ日差しは暑い。放っておけば、髪の毛も、水着も、すぐに乾いてしまうだろう。けれどもバアルさんは、律儀に術をかけてくれた。
大きな手のひらが頬に触れてくれる。すると、にわかに全身を包みこんでいった爽快感。シャワーを浴びたどころか、シャンプーとボディーソープで全身をくまなく洗ったような心地のいい感覚の後、次に感じたのは優しい温かさ。
「失礼致しました」
会釈と共に微笑みかけてもらえた時には、海水を含んでいた髪の毛も、水着も、海に入る前に戻ったかのように乾いていた。
「ありがとうございます」
「いえ」
ご自身にも術を施したんだろう。瞬きの間にバアルさんの白い髪は艶々サラサラに、優しい口元に蓄えているお髭もふわっふわになっていた。
「ところで、アオイ……お腹は空いておりませんか?」
「空いてます! ペコペコですっ!」
「ふふ、左様でございますか……それは何より。では、すぐに準備を始めますね」
準備ってことは、ここでいただくんだろう。サンドイッチの時みたく、俺が知らぬ間に作ってくれていたのかな?
だったら、お手伝いしたかったのにな。一緒にお料理したかったのに。
ぼんやりとカッコいい横顔を見つめていると、また微笑みかけてもらえた。花が咲きそうな美しさに、もやっとしかけていた気持ちが、あっという間に吹っ飛ばされていく。
どこか満足気に口端を持ち上げてから、バアルさんは片手で俺を抱き直し、整えられた指先を軽く弾いた。
小気味よい音に応えるように、どこからともなく現れたのはテーブルとイス。どちらも真っ白なビーチと一体化しそうなくらいに真っ白。丸いテーブルの真ん中からは、テーブルをすっぽりと覆い隠す大きな傘が生えていて日除け効果はバッチリ。添えられている二脚のイスは、滑らかな曲線のフォルムをしていた。
続けて現れたのは、長方形の黒い台。見るからに金属で出来ていそうなそれの上には、銀の金網が乗っている。明らかに見たことがある。ホームセンターのアウトドアコーナーとかで。
「これって……」
「バーベキューコンロでございます。一度ホテルに戻ってから、ゆっくり昼食を……とも考えてはおりました。ですが、折角間近に海があるのならば、潮風を感じながらの食事も宜しいのではと存じまして……」
言われて浮かんだのは、泳ぎ疲れた後に海の家で食べたカレーやラーメン、焼きそばの味。特別、変わったものではなかったのだけれども、お祭りの屋台の味みたく、それら特有の美味しさがあったというか。
「分かります。海でも、山でも……外で食べる料理って、なんか違いますよね。周りの空気も一緒に味わっているっていうか……」
「周りの空気も……でございますか」
「す、すみません……上手く、表現出来ないんですけど」
「いえ、十分に出来ているかと……私も、貴方様の表現が、腑に落ちた心地が致しました故」
しなやかな指先を顎に当てたまま、バアルさんが瞳を細めた。柔らかな光を湛えた緑の煌めき。宝石よりも美しい眼差しに微笑まれ、胸の辺りがそわそわしてしまう。
俺のときめきを知ってか知らずか、バアルさんはまた触れてきてくれた。息でもするかのように平然と額にキスを送ってくれた。
「っ……」
いや、やっぱり確信犯だ。だって、笑ってる。堪えられないと言わんばかりに、尖った喉をくつくつと鳴らして。
嬉しいんだけれども……なんだか、悔しい。俺だって、とバアルさんの首に腕を絡めようとした時だった。
「バアルさ」
「アオイ」
出鼻を挫かれてしまった。
遮るように名前を呼ばれて。伸ばそうとしていた手の片方をキャッチされて、繋がれて。じっと見つめられたもんだから、尋ねるより他はなかった。
「……なんですか?」
「お食事の準備ですが、私だけでは少々時間がかかりそうでして……宜しければ、お力添え頂けないでしょうか?」
「は、はいっ! やりますっ、一緒に! 手伝わさせて下さい!」
「ふふ、ありがとうございます」
何だか、また良いように転がされている気もするが、今となってはどうでもいい。バアルさんと一緒に浜辺でお料理という、これまた初めてなシチュエーション。そんな素敵な機会の前では、どんなことだって些細なことだ。
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