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【新婚旅行編】一日目:じゃあ探検しようか?

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「あ、あの……我儘って……まさか……」

「はい。初めて訪れるのは、貴方様との新婚旅行の際にしたいと……」

「ふぇ……」

 やっぱり。嬉しい。ありがとう。大好き。頭の中では、伝えたい気持ちがいくらでも湧いてきているってのに。実際に出てきたのは腑抜けた音だけ。

 かといって、行動でも示せやしない。金魚みたく口をパクパクさせながら、彼を見つめるだけしか。バアルさんは、慈しむように俺の手を撫でてくれているってのに。

「ですから、どうか、ご遠慮なさらないで……サタン様もヨミ様も、貴方様が楽しい思い出を作られることを心から望んでおられるのですから」

 バアルさんが近づいてきてくれる。スラリと伸びた背を屈めて、俺に目線を合わせてくれる。片方だけ持ち上がった口端が、渋いお髭も相まって色っぽい。

「……無論、私もでございますが」

「……バアル」

 額がくっついて、宝石よりも美しい緑の瞳に捉えられた。そっと重ねられて、触れ合えた温もりが愛しくて、夢中になってしまいそう。またバアルさんだけしか見えなくなってしまう。

 いつもとあまり変わらないんじゃないかって? うん……確かに、それはそうなんだけどさ。

「じゃ、じゃあ探検しようか?」

「探検、でございますか?」

 オウム返しで尋ねてきた彼は意外そう。午前の日差しから自分ごと、俺を覆い隠そうと広げていた羽を止め、妖しい光を宿していた瞳をぱちくりさせている。

 日頃、俺が強請っちゃてるからだろうな。一回キスしてもらえたら、もう一回、あと一回だけって、欲張りになってしまっていたから。

 思い返したら、また甘い気持ちがぶり返しそうになってしまった。今ならいつでもお願い出来るんだからとしまい込んで、繋いでくれたまま彼の手に力を込める。

「うん……ほら、あっちにも部屋が続いてるみたいだし、二階もあるからさ……だから、一緒に」

 くつくつと喉の奥で笑う声がする。バアルさんは目尻のシワを深め、納得したように小さく頷いた。

「成る程……それで探検、と」

「は、はい……どうでしょう?」

 水晶のように透き通った羽が、元の大きさへと戻っていく。弾むように左右に揺れ始めた二本の触覚が、金属のような光沢を帯びている。

「面白そうですね。早速、参りましょうか」

「はいっ」

「では、アオイ、エスコートを宜しくお願い致します」

 微笑んでからバアルさんは手を離した。そして、手のひらではなく、手の甲を表にして差し出してくる。

 新鮮だ。いつもは俺が連れていってもらう側なのに、彼の手を引く側に回るだなんて。

「は、はいっ、頑張ります!」

「ふふ、宜しくお願い致します」

 少し指先が震えてしまっていたが、滅多にない機会だ。服の上からでもくびれが分かる、引き締まった腰へも腕を回させてもらった。

 俺を見つめる瞳が擽ったそうに細められる。幅の広い肩をそっと寄せてくれた彼を連れて、俺はゆっくりと歩みを進めた。
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