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【新婚旅行編】旅行前日:二人っきりの撮影会

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 息をするように瞬き、シャッター音を鳴らし続けている緑の結晶。写真から動画まで、何でもござれな投影石が、俺達の直ぐ側でふわふわと浮かんでいる。

 通常時の俺ならば、気になって仕方がないだろう。常に意識してしまっているだろう。不自然なくらいに真っ直ぐに背筋を伸ばしてみたり、口角を無理矢理持ち上げてみたりしてさ。皆さんとの笑顔の練習を台無しにするような、引きつった笑顔ばかりを収められてしまってるに違いない。

 しかし、今の俺にはそんな暇なんて。色んな角度からの俺達を撮ろうと、飛び回っている瞬きを気にしている暇なんて有りゃしない。

「ああ、誠にお美しい……どのようなお召し物でも貴方様の魅力を最大限に引き出しておりましたが、やはり貴方様の故郷の装いだからでしょうか……生地のお色といい、形といい、大変馴染んでいらっしゃる……お似合いです、カッコいいですよ……」

 一音一音を噛み締めているようにゆっくりと、けれども饒舌に紡がれていく言葉の数々ですら、俺の心を鷲掴んで止まないのに。背筋がそわそわ疼いてしまうような、熱に浮かされたバリトンボイスに耳を擽られてしまっているのだ。

 供給過多にも程がある。お陰様で、全身が心臓になってしまったみたい。激しい高鳴りが、頭の天辺からつま先にまで響き続けているし。なんなら顔から湯気が出てしまっていそうだし。

 何より、ほとんどまともに顔が見れていない。目を合わせられない。せっかくバアルさんも、ヨミ様が用意してくれた色違いの浴衣に着替えてくれたってのに。全然、堪能出来ていないんだから。

「あ、ありがとう……ごじゃいまふ……」

 返事を返すだけでも精一杯。俯いた視界に映っているお揃いの波模様の緑の生地を、彼の逞しい長身を包んでいる浴衣の一部を、眺めるだけでいっぱいいっぱいなんだ。

 あと少しでもバアルさんを供給したら、確実にあふれてしまうだろう。言葉としての意味を成していない声を上げながら、みっともなく倒れてしまうだろう。

 カッコいいって褒めてもらえているのに、カッコ悪い姿を見せる訳にはっ……!

 その一心だけで、俺は堪えていた。バアルさんの逞しいお膝の上で我慢していたのだ。ともすれば、目の前にある分厚い胸板へ縋り付いてしまいたくなるのを。なのに。

「アオイ……そろそろ貴方様の愛らしいお顔を見せては頂けないでしょうか? その美しい琥珀色の瞳に私を映しては頂けないでしょうか?」

 細く長い指先が撫でてくるのだ。前髪を優しく払ってくれて目尻を、輪郭をなぞっていくように頬を。

「誠に愛らしく存じております……白く柔い頬を真っ赤に染めて、可憐な唇を震わせて、はにかむ貴方様の御姿も……ですが」

 そうして辿り着いた顎を掬い上げるように持ち上げて、今にも消えてしまいそうな儚い声で囁いてくるのだ。

「寂しくて仕方がないのです……」

 大切な旦那様にそこまで言わせてしまっては。

 繊細な印象を受ける指先から促されるより先に顔を上げれば、白い睫毛に縁取られた緑の瞳が驚いたように瞬いた。

 とはいえ、ほんの一瞬だった。丸くなっていた瞳が微笑んで、彫りの深い顔に刻まれたカッコいいシワが深くなっていく。

「ああ、ようやく此方を見て頂けましたね……」

 満面の笑みが咲き誇る。折れ曲がってしまいそうなくらいに、しょぼくれていた額の触覚が立ち上がって揺れ始める。広い背中で縮こまっていた半透明の羽が、大きく広がりはためき出す。その瞬間を見ただけで、すでにあふれてしまっていた。

 でも、バアルさんは構うことなく俺の左手を恭しく取ってくれた。わざわざご自身の口元まで持ってきて、俺と目線を合わせたまま口づけてくれた。薬指の根元で輝いている彼とのお揃い。最初の銀のペアリングも、本番の魔宝石のリングにも、優しく形の良い唇で触れてくれたのだ。

 ……やっぱり、バアルさんのお髭ってふわふわだなぁ。

 掠めるように指に触れた、今更ながらな事実を思い浮かべながら、俺はひっくり返っていた。喜びの声を上げる間もなく、有り余る彼の魅力に白旗を上げてしまっていた。
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