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【新婚旅行編】一日目:今度のお散歩先は
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バアルさんを押し倒すような体勢で飛び込んだからだろう。飛び込み台からのスタートを失敗した時みたいな、硬い板に叩きつけられたような衝撃はなかった。
恐る恐る開いた視界は、薄い青のベールに覆われていた。俺達のダイブに巻き込まれたんであろう空気が、いくつもの細かな泡となって海面へと浮かんでいく。
閉じ込められていた腕の力が緩められて、微笑む眼差しとかち合った。
キレイだ……
瞬きの間に形を変える日差しの煌めきが、白い肌に浮かんでいる。ふわりと広がる白い髪は銀糸のよう。透明なビーズのような泡が、柔らかそうな髪を撫でていく。
頼もしい背に生えている淡い光を帯びた羽が、今ばかりは魚のヒレのように見えてしまう。幻想的な美しさも相まって何だか人魚みたい。
『貴方様も大変お美しいですよ……』
音のない世界で、聞こえるハズのない声がした。
しかも、俺にとって都合のいい愛する人からの褒め言葉が。だから、気のせいかと思っていたんだが。
『海の中であろうと、その透き通った琥珀色の輝きは褪せませんね……このまま、ずっと私だけを映していて欲しいと、つい器量の狭いことを考えてしまいます……』
バアルさんの声だ。絶対に。
だって、語彙力に乏しい俺の脳みそじゃあ、こんなにツラツラと紡げる訳がない。それも、嬉しいのに擽ったくなっちゃうような言葉を。
『喜んで頂き大変嬉しく存じます。ですが……私はいつも、アオイの真っ直ぐで素直なお言葉に、心を射抜かれておりますよ……』
海中でも温かい手のひらが、俺の頬を包むように左右に添えられる。額にそっと触れてくれた、柔らかく微笑む形の良い唇からも、柔らかな温もりを感じた。
やっぱりバアルさんだった。どうやら心に思い浮かべた言葉がテレパシーみたく、お互いに伝わってしまっているみたい。言わずもがな、バアルさんの術によるものだろう。
『ええ、ご推察の通りでございます。折角、今度は海の中をお散歩するのですから、やはり、お話が出来た方が楽しいかと……ご迷惑でしたか?』
全っ然、全く、一ミリたりとも。バアルさんと一緒に居るだけで楽しいけれど、お話出来た方がもっと楽しいに決まってる。
困るところがあるとしたら、バアルさんから伝わってくる気持ちにときめき過ぎちゃうってことくら……すみません、今のはナシで。
慌ててなかったことにしようとしても、時すでに遅し。なんせ思い浮かべた瞬間に、声よりも速く伝わってしまっているのだから。
案の定、俺の足掻きは儚く散った。
口端だけを持ち上げ笑う彼は、実に上機嫌そう。たゆたっているであろう額の触角までもが、揺れているように見えてしまう。
『ふふ、確かに困ってしまいますね……私も身に余る光栄に胸が弾んでおります……』
手を取られて招かれた。厚く盛り上がった胸板に触れてしまった手のひらから、伝わってくる鼓動は確かに。
俺とさして変わらない早さに、口角がだらしなく緩みそうになってしまう。招いてくれた彼の手はとっくに離れていったってのに、まだ俺は逞しい胸板に触れたまま。手のひらに伝わってくる感覚に夢中になってしまっていた。
すると、また手を取られた。今度はエスコートする形で。
『では、先ずは浅いところを探検してみましょうか? 海中でも地上と同じ様に行動出来るよう、御身に術を施してはおりますが……何か問題がございましたら、すぐに仰って下さいね』
……地上と同じ様に。そういえば、息苦しくない。結構、長い間潜っているハズなのに。
そんでもって目も染みないし、耳に海水が入ることも。目茶苦茶、今更過ぎるけれども。
俺の気づきが伝わったんだろう。安心したようにバアルさんが微笑んだ。ゆっくり優しく手を引かれ、すぐ下に見える底へと沈んでいく。
ふと海面を見上げると、遠のいていく白い日差しが緩やかな波にもみくちゃにされていた。
恐る恐る開いた視界は、薄い青のベールに覆われていた。俺達のダイブに巻き込まれたんであろう空気が、いくつもの細かな泡となって海面へと浮かんでいく。
閉じ込められていた腕の力が緩められて、微笑む眼差しとかち合った。
キレイだ……
瞬きの間に形を変える日差しの煌めきが、白い肌に浮かんでいる。ふわりと広がる白い髪は銀糸のよう。透明なビーズのような泡が、柔らかそうな髪を撫でていく。
頼もしい背に生えている淡い光を帯びた羽が、今ばかりは魚のヒレのように見えてしまう。幻想的な美しさも相まって何だか人魚みたい。
『貴方様も大変お美しいですよ……』
音のない世界で、聞こえるハズのない声がした。
しかも、俺にとって都合のいい愛する人からの褒め言葉が。だから、気のせいかと思っていたんだが。
『海の中であろうと、その透き通った琥珀色の輝きは褪せませんね……このまま、ずっと私だけを映していて欲しいと、つい器量の狭いことを考えてしまいます……』
バアルさんの声だ。絶対に。
だって、語彙力に乏しい俺の脳みそじゃあ、こんなにツラツラと紡げる訳がない。それも、嬉しいのに擽ったくなっちゃうような言葉を。
『喜んで頂き大変嬉しく存じます。ですが……私はいつも、アオイの真っ直ぐで素直なお言葉に、心を射抜かれておりますよ……』
海中でも温かい手のひらが、俺の頬を包むように左右に添えられる。額にそっと触れてくれた、柔らかく微笑む形の良い唇からも、柔らかな温もりを感じた。
やっぱりバアルさんだった。どうやら心に思い浮かべた言葉がテレパシーみたく、お互いに伝わってしまっているみたい。言わずもがな、バアルさんの術によるものだろう。
『ええ、ご推察の通りでございます。折角、今度は海の中をお散歩するのですから、やはり、お話が出来た方が楽しいかと……ご迷惑でしたか?』
全っ然、全く、一ミリたりとも。バアルさんと一緒に居るだけで楽しいけれど、お話出来た方がもっと楽しいに決まってる。
困るところがあるとしたら、バアルさんから伝わってくる気持ちにときめき過ぎちゃうってことくら……すみません、今のはナシで。
慌ててなかったことにしようとしても、時すでに遅し。なんせ思い浮かべた瞬間に、声よりも速く伝わってしまっているのだから。
案の定、俺の足掻きは儚く散った。
口端だけを持ち上げ笑う彼は、実に上機嫌そう。たゆたっているであろう額の触角までもが、揺れているように見えてしまう。
『ふふ、確かに困ってしまいますね……私も身に余る光栄に胸が弾んでおります……』
手を取られて招かれた。厚く盛り上がった胸板に触れてしまった手のひらから、伝わってくる鼓動は確かに。
俺とさして変わらない早さに、口角がだらしなく緩みそうになってしまう。招いてくれた彼の手はとっくに離れていったってのに、まだ俺は逞しい胸板に触れたまま。手のひらに伝わってくる感覚に夢中になってしまっていた。
すると、また手を取られた。今度はエスコートする形で。
『では、先ずは浅いところを探検してみましょうか? 海中でも地上と同じ様に行動出来るよう、御身に術を施してはおりますが……何か問題がございましたら、すぐに仰って下さいね』
……地上と同じ様に。そういえば、息苦しくない。結構、長い間潜っているハズなのに。
そんでもって目も染みないし、耳に海水が入ることも。目茶苦茶、今更過ぎるけれども。
俺の気づきが伝わったんだろう。安心したようにバアルさんが微笑んだ。ゆっくり優しく手を引かれ、すぐ下に見える底へと沈んでいく。
ふと海面を見上げると、遠のいていく白い日差しが緩やかな波にもみくちゃにされていた。
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