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【新婚旅行編】旅行前日:引っかかっていた、謎のモヤモヤの正体
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毎日お世話になっているのだから慣れてきてはいるものの、余裕でワンルームくらいはある広い浴室に入る瞬間は、何だかそわそわしてしまう。石造りの浴槽から立ち上っている湯気により室内は、薄っすらと霧がかかったような。
「……何ていうか、いつも通りですね」
「……はい、左様でございますね?」
語尾に疑問符がついた答えが、すぐさま後ろから返ってきた。
俺の全身を包み込むように抱き締めてくれているバアルさんが、しっとりとした頬を俺の頬へとくっつけてきた。覗き込むように見つめてくる視線は、続きをどうぞと言わんばかりだ。
「ああ、すみません。大体旅行の前日って、持っていくものの準備に追われていたんで……不思議な感じがして」
そう、実感が湧いていないのだ。
いつも通りに朝の時間をバアルさんとまったりと。お昼はヨミ様達との楽しいお茶会。試着と撮影会だって、定期的にヨミ様がしてくれるサプライズのお陰で割とあることだ。特に最近は、結婚式もあったからさ。
そんでもって、日課のお散歩デート……今回は、空中散歩だったけれども、それもして。皆さんと夕ご飯まで浮かれて過ごして。背中を流し合いっこしてから今に至るのだ。
やっぱり、いつも通りだ。明日から、しばらくの間、住み慣れたこの部屋を離れるだなんて。行ったことのない南エリアへ新婚旅行だなんて、そんな未体験を目の前にしているドキドキ感というか、気配が微塵もないのだ。
東エリアへデートに出掛けるような感覚というか、普通に幸せな日常の延長線って感じなんだよな。いや、そのこと自体は何よりなんだけどさ。
「左様でございましたか……確かに、魔術が身近になかったアオイにとっては、荷物も持たずにその身一つでとなりますと、不思議な感じがするのでしょうね」
ミルクのような香りがするお湯が波打った。向き合える形で抱き直してくれてから、細く長い指先が額に張り付いていた髪を払ってくれる。そっと耳にかけてくれる。
透明な雫が淡く色づいた首元を伝っていき、盛り上がった筋肉によって出来た胸の谷間に落ちていった。
「……それから、私達がお世話になるホテルはヨミ様とサタン様の御用達。この城内とは魔法陣で繋がっております。そのような、いつでも好きな時に御城へ、私達の部屋へと帰って来ることが出来るという状況ですので、余計に実感が湧きにくいのではないでしょうか?」
「ああ、確かに……それもあるかも」
好きな時にいつでも行けるし、いつでも帰って来れる。胸の中に何やら引っかかっている不思議な感覚の正体は、そのことなのかもしれない。
でも、なんだろう。楽しみなハズなのに、嬉しさしかないハズなのに……何か、別のモヤモヤがあるような。
「ですから、もしホームシックになられたとしても、すぐに戻ってこれますよ」
ストンと腑に落ちた気がした。
自覚はなかった。けれども、俺は小さな不安を抱えていたのだろう。バアルさんが一緒に居てくれているとはいえ、全く見知らぬ場所へと出掛けることへの。
そして、それ程までに安心していたのだ。すでに思えていたのだ。
この場所が、バアルさんと皆さんと暮らしているこのお城が家なんだと。二人で帰って来る場所なんだと。
「ですので、その際は遠慮なく仰って下さいね。貴方様とご一緒に楽しめなければ、新婚旅行の意味がないのですから」
「……ふふ、そうですね。じゃあバアルさんも、ヨミ様達に会えなくて寂しくなった時は、ちゃんと言って下さいね?」
「ええ、貴方様だけには私の全てをさらすと……甘えさせて頂くと決めておりますので」
俺の背を抱いていた腕に力が込められる。またお湯が跳ねて、いつもより熱い体温に抱き締められた。触れ合う温もりの心地よさに身を預けている頃には、もう不安なんて。
すっかり晴れ晴れな気持ちは、彼との新婚旅行へ意気揚々と舵を取っていた。
「……何ていうか、いつも通りですね」
「……はい、左様でございますね?」
語尾に疑問符がついた答えが、すぐさま後ろから返ってきた。
俺の全身を包み込むように抱き締めてくれているバアルさんが、しっとりとした頬を俺の頬へとくっつけてきた。覗き込むように見つめてくる視線は、続きをどうぞと言わんばかりだ。
「ああ、すみません。大体旅行の前日って、持っていくものの準備に追われていたんで……不思議な感じがして」
そう、実感が湧いていないのだ。
いつも通りに朝の時間をバアルさんとまったりと。お昼はヨミ様達との楽しいお茶会。試着と撮影会だって、定期的にヨミ様がしてくれるサプライズのお陰で割とあることだ。特に最近は、結婚式もあったからさ。
そんでもって、日課のお散歩デート……今回は、空中散歩だったけれども、それもして。皆さんと夕ご飯まで浮かれて過ごして。背中を流し合いっこしてから今に至るのだ。
やっぱり、いつも通りだ。明日から、しばらくの間、住み慣れたこの部屋を離れるだなんて。行ったことのない南エリアへ新婚旅行だなんて、そんな未体験を目の前にしているドキドキ感というか、気配が微塵もないのだ。
東エリアへデートに出掛けるような感覚というか、普通に幸せな日常の延長線って感じなんだよな。いや、そのこと自体は何よりなんだけどさ。
「左様でございましたか……確かに、魔術が身近になかったアオイにとっては、荷物も持たずにその身一つでとなりますと、不思議な感じがするのでしょうね」
ミルクのような香りがするお湯が波打った。向き合える形で抱き直してくれてから、細く長い指先が額に張り付いていた髪を払ってくれる。そっと耳にかけてくれる。
透明な雫が淡く色づいた首元を伝っていき、盛り上がった筋肉によって出来た胸の谷間に落ちていった。
「……それから、私達がお世話になるホテルはヨミ様とサタン様の御用達。この城内とは魔法陣で繋がっております。そのような、いつでも好きな時に御城へ、私達の部屋へと帰って来ることが出来るという状況ですので、余計に実感が湧きにくいのではないでしょうか?」
「ああ、確かに……それもあるかも」
好きな時にいつでも行けるし、いつでも帰って来れる。胸の中に何やら引っかかっている不思議な感覚の正体は、そのことなのかもしれない。
でも、なんだろう。楽しみなハズなのに、嬉しさしかないハズなのに……何か、別のモヤモヤがあるような。
「ですから、もしホームシックになられたとしても、すぐに戻ってこれますよ」
ストンと腑に落ちた気がした。
自覚はなかった。けれども、俺は小さな不安を抱えていたのだろう。バアルさんが一緒に居てくれているとはいえ、全く見知らぬ場所へと出掛けることへの。
そして、それ程までに安心していたのだ。すでに思えていたのだ。
この場所が、バアルさんと皆さんと暮らしているこのお城が家なんだと。二人で帰って来る場所なんだと。
「ですので、その際は遠慮なく仰って下さいね。貴方様とご一緒に楽しめなければ、新婚旅行の意味がないのですから」
「……ふふ、そうですね。じゃあバアルさんも、ヨミ様達に会えなくて寂しくなった時は、ちゃんと言って下さいね?」
「ええ、貴方様だけには私の全てをさらすと……甘えさせて頂くと決めておりますので」
俺の背を抱いていた腕に力が込められる。またお湯が跳ねて、いつもより熱い体温に抱き締められた。触れ合う温もりの心地よさに身を預けている頃には、もう不安なんて。
すっかり晴れ晴れな気持ちは、彼との新婚旅行へ意気揚々と舵を取っていた。
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