間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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【新婚旅行編】旅行前日:未来永劫穏やかな暮らしが続いていきますように

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「おおっ素晴らしい! 私の想像以上であるな!」

「わぁ! カッコいいです、アオイ様!」

「キレイですね……不思議な……いや、現世で見たことがあるような……」

 現世で魂を狩っている、死神のクロウさんなら見たこともあるだろう。

「これって、浴衣……ですよね?」

「うむっ! 現世での夏の風物詩であると聞いたものだからな、アオイ殿に似合うと思ったのだ」

 皆さん立ち上がり、うんうんと頷きながら俺を見つめている。夕陽よりも赤いヨミ様の眼差しは、優しげで。

「その模様は青海波せいがいはと言ってな、未来永劫穏やかな暮らしが続いていきますように、という願いが込められておるらしい。新婚さんな貴殿らにはピッタリであろう?」

 贈られた言葉が、願いが、心を温かく包みこんでくれる。目の奥が熱くなってしまう。最近の俺って、ホントに涙もろくなっちゃってるな。

「ヨミ様……素敵な浴衣を、ありがとうございます……大切に着させていただきますね……」

「うむっ、気に入ってくれて何よりだ! ……ほれバアル、貴殿も想っておるだけでなく言葉で伝えぬか。アオイ殿のあまりの美しさに、見惚れてしまうのは分かるがな」

 あんまりにも静かだったから、気がつくのが遅れてしまっていた。隣を見れば、熱のこもった緑の眼差しとかち合う。

 頬を真っ赤に染めたバアルさんが、俺を見つめてくれていた。瞬きもせずに、細く長い触覚も大きく広げた羽も揺らさずに。

「えっと……ど、どうですかね?」

 明らかに好印象なご様子に、声がひっくり返ってしまう。俺の方が緊張して。

 声をかけてみても、相変わらずバアルさんはうんともすんとも。けれども、手は伸びてきた。ふらふらと俺の肩を掴んで、抱き締めてくれた。

「……バアル」

「……美しい」

「……ふぇ」

「申し訳ございません……貴方様がこの世のものとは思えぬほどの輝きを放っておりました故、言葉を忘れておりました……可愛いですよ、カッコいいです……貴方様の美しいお御髪と澄んだ瞳に似たお色も素敵ですが、その身体に合わせた形が華奢な体躯をより魅力的に」

「あ、ああありがとうございまふ……もう十分れふ……」

「ですが……」

「もたないっ、もたないんですよ! 俺の心臓が!!」

 噛み締めるような囁き一つでノックアウトされていた。なのに、怒涛の勢いでツラツラと心がはしゃぐお褒めの言葉をもらってしまったのだ。

 ムリだムリっ! もう、これ以上は壊れちゃうって!

 暴れ狂っている心音が伝わったんだろう。バアルさんは仕方がなさそうに、けれども嬉しそうに口を閉じてくれた。

 しかし、タダでは止まってくれない方だ。言葉以外ならいいと思ったのか、繋いだ手の甲にキスを落としてきた。

 だから、そういうのもダメなんですって! 喜んじゃうでしょっ! 俺が!!

 とはいえ、嬉しさが上回っている俺は止めることが出来ず、されるがままになっていた。

 それを良しととらえたバアルさんは、すっかりご機嫌そう。触覚を揺らし、羽をはためかせ、額に頬にと可愛い追撃をしてくる。用意周到に、俺が腰砕けになってもいいようにと、しっかりと抱き支えてくれながら。

「……バアルの浴衣姿とアオイ殿の服は、後で写真で見せてもらうことにしようかの」

「そうですね……俺達はお暇しましょうか」

「ご、ごちそうさまでした! 紅茶と焼き菓子、美味しかったです!」

「こんなこともあろうかと、アオイ様の服は先程渡しておきました」

「おお、流石であるな、レタリー」

「いえ」

 あれよあれよという間に、見守っていた皆さんが撤収し始める。

 俺が、ありがとうございましたと手を振っている間も、バアルさんは一度皆さんに向かって会釈しただけ。礼儀正しい彼にしては珍しく、俺を抱き締めたまま離さない。それどころか、ずっとどこかしらにリップ音を鳴らし続けていた。

 そんな俺達を見ても、皆さん笑顔を深めるだけだったのだけれど。なんなら、ちゃっかり投影石で撮影してから部屋を後にしていったのだけれども。

「……バアルさん」

 キラキラ瞬いていたコルテも消えていて、二人っきりに戻った室内に漂っているのは、何とも言い難い擽ったい空気。ほんわかとしているのに落ち着かない、どこか甘さも含んだ空気。

「……もう少しだけ、このままでも? 御身を抱き締めさせては頂けないでしょうか?」

「少しだけとか言わないで……好きなだけいいですよ……俺はバアルさんのものなんですから……」

「……アオイ」

 浮遊感に襲われたかと思えば抱き上げられていた。すぐ近くではためく音が、風を切るような音が聞こえている。絨毯を踏みしめ進む、長い足の先にはソファーがあった。

 賑やかなティータイムの名残は祭りの後のよう、だけど寂しさはない。だって、今からは穏やかな彼との時間が始まるのだから。
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