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【番外編】ハレの日だから9
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「ありがとうございます、失礼致します」
レタリーさんが両手でバアルさんの手を包み込む。一瞬だけ、柔らかい光が見えた気がした。
「酔いが覚めやすくなるように、術を施しておきました。ですが、結婚式での疲れもあるでしょう。お水を飲まれたら、少し横になられた方が宜しいかと」
「分かりました、ありがとうございます」
「御用の際は、投影石でご連絡下さい。即時に駆けつけますので……それから、ご夕食の時間ですが……」
どうしようかと考える間もなかった。
「……此方から連絡致しますので、それまでは運ばなくて結構だと……スヴェン殿にお伝え願えますでしょうか?」
さくっとバアルさんが決めてくれたのだ。
正確な時間は分からないが、窓の外はまだ明るい。お昼を過ぎた頃といった感じだ。
とはいえ、たらふく頂いたご馳走でお腹はパンパン。それに、バアルさんはこれから休むのだ。もしかしたら、このまま明日の朝までぐっすりってことも。
それならば、俺達から連絡をする方がいいだろう。起きている俺の分だけとか、色々と調整しやすいだろうし。
異議がないので俺も頷く。レタリーさんが静かに立ち上がり、微笑んだ。
「畏まりました。では、私めはこれで……」
胸に手を当て、頭を下げて「失礼致します」とレタリーさんが部屋を出ていく。ゆらゆらと揺れる尾羽根を見送ってから、扉が閉まってからすぐだった。
「……して……頂けないのでしょうか?」
寂しそうな声で脈絡もなく尋ねられたのは。
「へ?」
軽々と横抱きから向かい合う形で抱き直されて、額に温もりを感じて、視界が切なそうな表情で占められたのは。
寝惚けまなこのようにトロリと細められた瞳が訴えるように見つめながら、再度問う。
「仰って、頂けたでしょう? 二人っきりになったら……いっぱいして下さると……」
二人っきり、いっぱい……いや、うん……決して忘れていた訳ではない。俺だって、楽しみにしていたのだ。バアルさんと二人、のんびり過ごすひと時を。でも。
「……お水を飲んでからにしませんか?」
何だかダシにしているようで、こういう言い方をしたくなかったが、優先事項というものがある。キスも……彼との約束を守ることも大切だけれども。
「心配なんです……レタリーさんに術をかけてもらいましたけど、水分補給は大事でしょう? だから」
「飲んだら……ご慈悲を頂けますか?」
「は、はいっ、勿論……俺も、したかった……ですから……」
途端にだった。いきなり飛んできたのだ。水が並々に注がれたグラスが、彼の手のひら目掛けて。
「おわっ」
バアルさんが術で動かしているんだから、万が一にも当たるハズがない。が、俺は反射的に避けようと上半身を仰け反らせていた。
やはり予定調和というか、こぼすことなくキャッチして、尖った喉を鳴らしながら一息に煽って。ふぅっと息を漏らした彼が微笑んだ。空になったグラスが彼の手元からふわりと離れて、行儀よくテーブルへと戻っていく。
俺を見つめる眼差しは、褒めて下さいと言わんばかり。夜空の星を宿したかのように煌めいている。
「あー……ほんっとに可愛いなぁー……」
「ありがとうございます……アオイも可愛いですよ」
うっかり口走ってしまったどころか、両手で彼の頬を包んで撫でてしまっていた。けれどもバアルさんは、すぐさま嬉しそうに返してくれる。おまけに、さらなる可愛いを重ねてくるのだ。
ご機嫌そうに細く長い二本の触覚を揺らして、水晶のように透き通った羽をはためかせて、俺の手に擦り寄ってくるのだ。
自覚はないだろうから、たちが悪い。心臓にも悪い。嬉しくて堪らないけれど。
「アオイ……」
今度は寂しそうじゃない。あまり聞いたことのない声だった。少し鼻にかかったような声色は、構って欲しくて強請るような。
「バアルさ……」
無邪気に輝いていた瞳には、妖しい熱が宿っていた。
俺だけを見つめてくれて、求めてくれる、瑞々しい若葉を思わせる鮮やかな緑の眼差し。その美しさに心惹かれた俺は、吸い寄せられる様に額をくっつけていた。形の良い唇に重ねていた。
軽く押しつけてから離れると、緩やかな微笑みのラインが下がっていく。視線だけで訴えてくるバアルさんの表情は、明らかに物足りなさそう。
てっきり、俺からの一回を切っ掛けにバアルさんからもしてもらえるもんだと。いつもの、俺は応えるだけで精一杯な流れになるもんだと。
どうやら今回は違うらしい。普段、甘えさせてもらってばかりな俺が、彼を甘やかす側になって……というか、バアルさんからそれを求められている。これは……
「大丈夫ですよ……約束通り、いっぱいしましょうね」
なんか、目茶苦茶テンション上がるな……!
レタリーさんが両手でバアルさんの手を包み込む。一瞬だけ、柔らかい光が見えた気がした。
「酔いが覚めやすくなるように、術を施しておきました。ですが、結婚式での疲れもあるでしょう。お水を飲まれたら、少し横になられた方が宜しいかと」
「分かりました、ありがとうございます」
「御用の際は、投影石でご連絡下さい。即時に駆けつけますので……それから、ご夕食の時間ですが……」
どうしようかと考える間もなかった。
「……此方から連絡致しますので、それまでは運ばなくて結構だと……スヴェン殿にお伝え願えますでしょうか?」
さくっとバアルさんが決めてくれたのだ。
正確な時間は分からないが、窓の外はまだ明るい。お昼を過ぎた頃といった感じだ。
とはいえ、たらふく頂いたご馳走でお腹はパンパン。それに、バアルさんはこれから休むのだ。もしかしたら、このまま明日の朝までぐっすりってことも。
それならば、俺達から連絡をする方がいいだろう。起きている俺の分だけとか、色々と調整しやすいだろうし。
異議がないので俺も頷く。レタリーさんが静かに立ち上がり、微笑んだ。
「畏まりました。では、私めはこれで……」
胸に手を当て、頭を下げて「失礼致します」とレタリーさんが部屋を出ていく。ゆらゆらと揺れる尾羽根を見送ってから、扉が閉まってからすぐだった。
「……して……頂けないのでしょうか?」
寂しそうな声で脈絡もなく尋ねられたのは。
「へ?」
軽々と横抱きから向かい合う形で抱き直されて、額に温もりを感じて、視界が切なそうな表情で占められたのは。
寝惚けまなこのようにトロリと細められた瞳が訴えるように見つめながら、再度問う。
「仰って、頂けたでしょう? 二人っきりになったら……いっぱいして下さると……」
二人っきり、いっぱい……いや、うん……決して忘れていた訳ではない。俺だって、楽しみにしていたのだ。バアルさんと二人、のんびり過ごすひと時を。でも。
「……お水を飲んでからにしませんか?」
何だかダシにしているようで、こういう言い方をしたくなかったが、優先事項というものがある。キスも……彼との約束を守ることも大切だけれども。
「心配なんです……レタリーさんに術をかけてもらいましたけど、水分補給は大事でしょう? だから」
「飲んだら……ご慈悲を頂けますか?」
「は、はいっ、勿論……俺も、したかった……ですから……」
途端にだった。いきなり飛んできたのだ。水が並々に注がれたグラスが、彼の手のひら目掛けて。
「おわっ」
バアルさんが術で動かしているんだから、万が一にも当たるハズがない。が、俺は反射的に避けようと上半身を仰け反らせていた。
やはり予定調和というか、こぼすことなくキャッチして、尖った喉を鳴らしながら一息に煽って。ふぅっと息を漏らした彼が微笑んだ。空になったグラスが彼の手元からふわりと離れて、行儀よくテーブルへと戻っていく。
俺を見つめる眼差しは、褒めて下さいと言わんばかり。夜空の星を宿したかのように煌めいている。
「あー……ほんっとに可愛いなぁー……」
「ありがとうございます……アオイも可愛いですよ」
うっかり口走ってしまったどころか、両手で彼の頬を包んで撫でてしまっていた。けれどもバアルさんは、すぐさま嬉しそうに返してくれる。おまけに、さらなる可愛いを重ねてくるのだ。
ご機嫌そうに細く長い二本の触覚を揺らして、水晶のように透き通った羽をはためかせて、俺の手に擦り寄ってくるのだ。
自覚はないだろうから、たちが悪い。心臓にも悪い。嬉しくて堪らないけれど。
「アオイ……」
今度は寂しそうじゃない。あまり聞いたことのない声だった。少し鼻にかかったような声色は、構って欲しくて強請るような。
「バアルさ……」
無邪気に輝いていた瞳には、妖しい熱が宿っていた。
俺だけを見つめてくれて、求めてくれる、瑞々しい若葉を思わせる鮮やかな緑の眼差し。その美しさに心惹かれた俺は、吸い寄せられる様に額をくっつけていた。形の良い唇に重ねていた。
軽く押しつけてから離れると、緩やかな微笑みのラインが下がっていく。視線だけで訴えてくるバアルさんの表情は、明らかに物足りなさそう。
てっきり、俺からの一回を切っ掛けにバアルさんからもしてもらえるもんだと。いつもの、俺は応えるだけで精一杯な流れになるもんだと。
どうやら今回は違うらしい。普段、甘えさせてもらってばかりな俺が、彼を甘やかす側になって……というか、バアルさんからそれを求められている。これは……
「大丈夫ですよ……約束通り、いっぱいしましょうね」
なんか、目茶苦茶テンション上がるな……!
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