578 / 824
【番外編】ハレの日だから7
しおりを挟む
「へ……?」
頭の上から降ってきたのは、拗ねたような低い声。釣られて顔を上げれば、寂しそうな色を宿した眼差しが俺を見つめていた。
しょんもりしているのは瞳だけじゃない。額の触覚と凛々しい眉毛もだ。どちらも悲しそうに下がってしまっている。
一体、俺は何をやらかして? ただ、レタリーさんと話していただけで……まさか会話の内容に問題が?
会場を出てから今までを、慌てて振り返ろうとしていると今度は顔に影が落ちてきた。嗅ぎ慣れたハーブの香りと一緒に、甘酸っぱいイチゴみたいな香りが漂ってくる。
正体は言わずもがな。背を屈め、静かに距離を詰めていたバアルさんの高い鼻先が、俺の鼻と今にも触れ合ってしまいそう。
好きな人が、後ほんの数センチでキスできる距離にいるのだ。ときめかない訳がない。すぐさま鼓動が煩くなってしまう。顔が熱を持ってしまう。
「っ……」
息を呑んだ俺に構うことなく、バアルさんは額をくっつけてきた。白い睫毛に縁取られた鮮やかな緑の眼差しが、真っ直ぐに問いかけてくる。
「……アオイは……私だけのもの、ですよね? 私の妻ですよね?」
「は、はいぃ……お、俺の全部は……バアルさんだけのものです……」
渋いシワが刻まれた彫りの深い顔に、ふっと喜色が滲んだものの一瞬だけ。緩みかけていた表情を引き締めて、じっと見つめてくる彼は、もう一声とでも言いたげだ。
……足りなかったのは、二つ目の答え……だよな。
「……バアルさんは……俺にとって、大切な……だ、旦那様です……」
どうやら俺は、バアルさんの期待に応えることが出来たらしい。晴れやかな笑顔が浮かんだのだ。
「良く出来ました……いい子ですね」
甘さを含んだ声で褒めてくれた唇が、柔らかい温もりが、頬に口づけてくれたのだ。
「……あ、ありがとう、ございまひゅ……」
思いがけないご褒美をいただけて、表情筋どころか全身が腑抜けになってしまった。
分厚い彼の胸板に頬を寄せ、くたりと体重をかけてしまったけれども、バアルさんは余裕綽々な上にご満悦そう。直ぐ側で、風を切るような音が聞こえてくる。彼の背中の羽がはためいているんだろう。
「……という訳でございます、レタリー殿」
高い鼻をふふんと鳴らして、渋い白髭をたくわえた口元に得意気な笑みを浮かべて。引き締まった腕で俺をぎゅうぎゅう抱き締めながら、バアルさんが宣言した。
ホントに酔っぱらった彼が可愛過ぎる。今まででも幾度となく可愛いの最高記録を更新していたってのに、さっきから新記録の連発だ。
心を鷲掴みにされたのは俺だけじゃなかったらしい。名指しされた秘書さんも、少しタレ目な瞳を細めてニッコニコ。大事な主であるヨミ様に見せるつもりなのだろう。黄緑色に瞬く投影石でパシャリパシャリと連写しながら弾むような声で答えた。
「ええっ、我が国でお二方以上にベストで素敵な御夫婦はいらっしゃらないかと!」
「ふふ、そうでしょうとも。私とアオイは深く愛し合っているのですから」
「ひょわ……」
満足そうに頷いて、今度は額にもキスを送ってくれてからバアルさんは歩き始めた。柔らかい声でレタリーさんに「では、参りましょう」と声をかける彼の表情に、もう憂いはない。
頭の上から降ってきたのは、拗ねたような低い声。釣られて顔を上げれば、寂しそうな色を宿した眼差しが俺を見つめていた。
しょんもりしているのは瞳だけじゃない。額の触覚と凛々しい眉毛もだ。どちらも悲しそうに下がってしまっている。
一体、俺は何をやらかして? ただ、レタリーさんと話していただけで……まさか会話の内容に問題が?
会場を出てから今までを、慌てて振り返ろうとしていると今度は顔に影が落ちてきた。嗅ぎ慣れたハーブの香りと一緒に、甘酸っぱいイチゴみたいな香りが漂ってくる。
正体は言わずもがな。背を屈め、静かに距離を詰めていたバアルさんの高い鼻先が、俺の鼻と今にも触れ合ってしまいそう。
好きな人が、後ほんの数センチでキスできる距離にいるのだ。ときめかない訳がない。すぐさま鼓動が煩くなってしまう。顔が熱を持ってしまう。
「っ……」
息を呑んだ俺に構うことなく、バアルさんは額をくっつけてきた。白い睫毛に縁取られた鮮やかな緑の眼差しが、真っ直ぐに問いかけてくる。
「……アオイは……私だけのもの、ですよね? 私の妻ですよね?」
「は、はいぃ……お、俺の全部は……バアルさんだけのものです……」
渋いシワが刻まれた彫りの深い顔に、ふっと喜色が滲んだものの一瞬だけ。緩みかけていた表情を引き締めて、じっと見つめてくる彼は、もう一声とでも言いたげだ。
……足りなかったのは、二つ目の答え……だよな。
「……バアルさんは……俺にとって、大切な……だ、旦那様です……」
どうやら俺は、バアルさんの期待に応えることが出来たらしい。晴れやかな笑顔が浮かんだのだ。
「良く出来ました……いい子ですね」
甘さを含んだ声で褒めてくれた唇が、柔らかい温もりが、頬に口づけてくれたのだ。
「……あ、ありがとう、ございまひゅ……」
思いがけないご褒美をいただけて、表情筋どころか全身が腑抜けになってしまった。
分厚い彼の胸板に頬を寄せ、くたりと体重をかけてしまったけれども、バアルさんは余裕綽々な上にご満悦そう。直ぐ側で、風を切るような音が聞こえてくる。彼の背中の羽がはためいているんだろう。
「……という訳でございます、レタリー殿」
高い鼻をふふんと鳴らして、渋い白髭をたくわえた口元に得意気な笑みを浮かべて。引き締まった腕で俺をぎゅうぎゅう抱き締めながら、バアルさんが宣言した。
ホントに酔っぱらった彼が可愛過ぎる。今まででも幾度となく可愛いの最高記録を更新していたってのに、さっきから新記録の連発だ。
心を鷲掴みにされたのは俺だけじゃなかったらしい。名指しされた秘書さんも、少しタレ目な瞳を細めてニッコニコ。大事な主であるヨミ様に見せるつもりなのだろう。黄緑色に瞬く投影石でパシャリパシャリと連写しながら弾むような声で答えた。
「ええっ、我が国でお二方以上にベストで素敵な御夫婦はいらっしゃらないかと!」
「ふふ、そうでしょうとも。私とアオイは深く愛し合っているのですから」
「ひょわ……」
満足そうに頷いて、今度は額にもキスを送ってくれてからバアルさんは歩き始めた。柔らかい声でレタリーさんに「では、参りましょう」と声をかける彼の表情に、もう憂いはない。
46
お気に入りに追加
471
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる