間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
上 下
570 / 1,047

【番外編】ただ、貴方にありがとうと4

しおりを挟む
「まだ、見届けきっていないのに、フライングしちまうとは……俺も年かねぇ」

 一緒に歩くのが僕だけになった途端、クロウがしみじみと呟いた。さっきの控室でのことだろう。思い出したからなのか、細められた瞳にはまた少し涙が滲み始めていた。

 結局、僕達は誰一人としてアオイ様から離れられなかった。コルテが時間を知らせてくれるまで、ギリギリまで抱きついてしまっていたんだ。

 そうして「また、会場で」と微笑むアオイ様とアオイ様を抱き締めるバアル様に手を振って、僕達とヨミ様達はあの日と同じように歩き始めたんだ。

 そして、ついさっきヨミ様達と別れたばかりで。

 ……僕は、何と言ったらいいのか分からなかった。さっきの僕とクロウは同じ気持ちだっただろうに。

 どうにかして言葉に出来ないかとぴったりなのを探している間にも、クロウは話すのを止めなかった。

「リハーサルの時も、最初に挨拶した時も、大丈夫だったんだけどな……何でかな……アオイ様の晴れ姿を見た瞬間、実感したっていうか……」

 クロウも上手く言い表せないんだろうか。前を向いているのに、どこか遠くを見ているような目をして、ぽつりぽつりと言葉を選んでいく。

 そして、不意に言葉を止めた。歩くのも止めて、繋いでいる僕の手にぎゅっと力を込めて、震え出して。

「良かったなって……何事もなく……元気で、幸せそうで……この日を、迎えることが、出来て……」

 絞り出した声も震えていた。

 眉の間も、目の周りも、引き結んだ口元にも、全部シワが寄っちゃって。必死に堪えているクロウを見て、やっとこさ僕は見つけることが出来た。

「ありがとう……」

「え……?」

「……僕、お礼を言いたかったんだなって……アオイ様に、目覚めてくれてありがとうって……元気に……なってくれて、ありがとうって…………バアル様と……幸せそうな、姿を……見せて、くれて……っ」

 頭の中にふわりと過る。

 透き通ったオレンジ色の瞳を細めて、緩やかな笑みからは喜びがあふれていて。眩しいくらいにキラキラしているんだけど、絶対に目を離したくない。

 出会った時とは、今にも泣いてしまいそうな寂しい笑顔とは、真逆の笑顔が。

「微笑んで、くれて……ありがとうって……」

 いつの間にかぼろぼろこぼれていて、口の中まで入ってきた涙はしょっぱくなかった。

 熱い目元に柔らかい布が軽く触れて、離れていって、まだボヤけている視界にクロウが映る。

 絨毯に膝をついてしゃがんでいたクロウが、またあふれてきた涙をハンカチで拭ってくれながら微笑んだ。

「そうだな……俺も、ありがとうって伝えたかったんだと思う……友人として」

 頭を撫でてもらえて、またじわりと滲みそうになったところで手を引かれた。

「だから、ちゃんと見届けよう……一緒に、な?」

 僕と同じ高さにある金の瞳は、まだ薄っすら涙の膜に覆われていた。でも、いつも勇気をくれる頼もしい輝きを宿していて。

「っ……はい」

 涙はまだ止まっていないけれど、僕はまた笑顔に戻れたんだ。

「……歩けるか?」

「……歩きたいです、一緒に」

「……分かった」

 安心したように微笑んで、立ち上がったクロウの一回り大きな手を握り直す。

 向かっている間、時々聞こえる鼻を啜る音がたまたまぴったり合っちゃって、見合わせたタイミングまでもバッチリで。僕も、クロウも、お互いの真っ赤な鼻を指差しながら笑っていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

処理中です...