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【番外編】自惚れはあれど3
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「私も、ご一緒致しますので……少しだけで構いません、お休み致しませんか?」
俯いていた小さな頭が、弾かれるように上がる。彼に向かって差し出していた手が、小さな手に勢いよく握られた。
「バアルさんも……一緒に、ですか?」
尋ねる声にも、私を見つめる眼差しにも、隠しきれていない期待が滲んでいる。私をダシにすればと自惚れてはいたけれど、こんなにも食いついてくれるなんて。
得も言われぬ喜びに、勝手に触覚が揺れてしまう。羽が広がり、風を切るようにはためき出すのを止められない。
先程まで、私の胸中にて確かに渦巻いていた罪悪感は何処へいったのやら。すっかり私は満たされてしまっていた。彼から愛されている幸福に浸ってしまっていた。
「はい。是非とも、お供させて頂きたく存じます……」
「じゃあ、少しだけ……」
耳まで真っ赤に染めて小さく頷いたアオイを抱き上げれば、いそいそと私の首に腕を回してくれた。
彼から漂う甘い香り、腕の中から伝わってくる柔らかな温もり、小さな鼓動。彼の全てがどうしようもなく愛しくて……このまま日がな一日抱き締めていたくなってしまう。
もし、そう告げたら……アオイは私の望みを叶えてくれるのでしょうか…………きっと、叶えてくれるのでしょうね。
我儘な衝動を抑えて、確信に近い自惚れた考えを振り払う。努めて平静を装って、私は無防備な彼を部屋の奥にあるベッドへと運んだ。
小柄で繊細な身体を慎重に横たえてから、手早くジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める。白手袋も外し終えてから掛け布団を持ち上げ、いざ彼の隣へと潜り込もうとしたところで、ぽやぽやと蕩けかかっている瞳とかち合った。
やはり疲れてはいたのだろう。横になり、腕を広げれば、もぞもぞとシーツの上を這って私の元へときてくれたものの、今にもその瞼は閉じてしまいそう。御伽噺をする必要もなさそうだ。
「……バアルさん」
鼻にかかったような、甘えたような声が私を呼ぶ。頬を撫でてくれようとしているのか、ゆらりと手を伸ばしてくる。
どこか覚束ない動きをしている手を取り重ねれば、ことさら嬉しそうに瞳を細めた。
「はい、貴方様のバアルはここに……いかがなさいましたか?」
「……このまま……手を、繋いでいても……いいですか?」
「ええ、喜んで」
日々を重ねても変わらぬ慎ましさに、重ねるごとに募っていく愛しさに、年甲斐もなく胸が躍ってしまう。
込み上げてくる熱に浮かされたまま、彼の頭や背を撫でてしまっていたからだろうか。アオイは、私の手を握ったり緩めたりしながら、擽ったそうな吐息を漏らした。
くすくす笑う彼がまた可愛らしくて、ついつい見つめ続けてしまっただけなのだが、彼は違う風に受け取ったらしかった。申し訳無さそうに細い眉を下げている。
「すみません、ホントにちょっとだけのつもりだったんですけど……こうしてバアルさんに甘やかしてもらえるんだったら、ずっとこのままがいいなって思っちゃって」
アオイが言葉を止めて、軽く息を吐く。
「ダメな人間ですよね……俺って……」
私は返す言葉よりも早く、繋いだ手に力を込めていて。
「そのようなことはございません……私も、このまま貴方様を一日中抱き締めていたいなどと」
気がつけば、ひた隠しにしていた願望を漏らしてしまっていた。顔が、一気に熱を持つ。
「失礼致しました……先程申し上げたことは聞かなかったことに……」
柔らかい感触が口に触れたかと思えば、琥珀色の瞳が微笑んでいた。もう私の目にはアオイしか、陽だまりのように温かい妻の笑顔しか映らない。
花弁のような唇で、擦り寄るようにもう一度口づけてくれてから離れていってしまわれた。
「じゃあ、予定を変更して、しばらくゴロゴロしていましょうか? 俺も、バアルさんも満足出来るまで、ね?」
断る気も起きなかった。ましてや理由なんて。
いいアイデアだと言わんばかりに嬉しそうに微笑まれ「そうしましょう?」と無邪気な声で誘われてしまえば。
「そう、ですね……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
またアオイが幸せそうに笑う。私の手を握りながら「やったぁっ」と声を弾ませる。舞い上がっているのは、私の方だということも知らずに。
俯いていた小さな頭が、弾かれるように上がる。彼に向かって差し出していた手が、小さな手に勢いよく握られた。
「バアルさんも……一緒に、ですか?」
尋ねる声にも、私を見つめる眼差しにも、隠しきれていない期待が滲んでいる。私をダシにすればと自惚れてはいたけれど、こんなにも食いついてくれるなんて。
得も言われぬ喜びに、勝手に触覚が揺れてしまう。羽が広がり、風を切るようにはためき出すのを止められない。
先程まで、私の胸中にて確かに渦巻いていた罪悪感は何処へいったのやら。すっかり私は満たされてしまっていた。彼から愛されている幸福に浸ってしまっていた。
「はい。是非とも、お供させて頂きたく存じます……」
「じゃあ、少しだけ……」
耳まで真っ赤に染めて小さく頷いたアオイを抱き上げれば、いそいそと私の首に腕を回してくれた。
彼から漂う甘い香り、腕の中から伝わってくる柔らかな温もり、小さな鼓動。彼の全てがどうしようもなく愛しくて……このまま日がな一日抱き締めていたくなってしまう。
もし、そう告げたら……アオイは私の望みを叶えてくれるのでしょうか…………きっと、叶えてくれるのでしょうね。
我儘な衝動を抑えて、確信に近い自惚れた考えを振り払う。努めて平静を装って、私は無防備な彼を部屋の奥にあるベッドへと運んだ。
小柄で繊細な身体を慎重に横たえてから、手早くジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める。白手袋も外し終えてから掛け布団を持ち上げ、いざ彼の隣へと潜り込もうとしたところで、ぽやぽやと蕩けかかっている瞳とかち合った。
やはり疲れてはいたのだろう。横になり、腕を広げれば、もぞもぞとシーツの上を這って私の元へときてくれたものの、今にもその瞼は閉じてしまいそう。御伽噺をする必要もなさそうだ。
「……バアルさん」
鼻にかかったような、甘えたような声が私を呼ぶ。頬を撫でてくれようとしているのか、ゆらりと手を伸ばしてくる。
どこか覚束ない動きをしている手を取り重ねれば、ことさら嬉しそうに瞳を細めた。
「はい、貴方様のバアルはここに……いかがなさいましたか?」
「……このまま……手を、繋いでいても……いいですか?」
「ええ、喜んで」
日々を重ねても変わらぬ慎ましさに、重ねるごとに募っていく愛しさに、年甲斐もなく胸が躍ってしまう。
込み上げてくる熱に浮かされたまま、彼の頭や背を撫でてしまっていたからだろうか。アオイは、私の手を握ったり緩めたりしながら、擽ったそうな吐息を漏らした。
くすくす笑う彼がまた可愛らしくて、ついつい見つめ続けてしまっただけなのだが、彼は違う風に受け取ったらしかった。申し訳無さそうに細い眉を下げている。
「すみません、ホントにちょっとだけのつもりだったんですけど……こうしてバアルさんに甘やかしてもらえるんだったら、ずっとこのままがいいなって思っちゃって」
アオイが言葉を止めて、軽く息を吐く。
「ダメな人間ですよね……俺って……」
私は返す言葉よりも早く、繋いだ手に力を込めていて。
「そのようなことはございません……私も、このまま貴方様を一日中抱き締めていたいなどと」
気がつけば、ひた隠しにしていた願望を漏らしてしまっていた。顔が、一気に熱を持つ。
「失礼致しました……先程申し上げたことは聞かなかったことに……」
柔らかい感触が口に触れたかと思えば、琥珀色の瞳が微笑んでいた。もう私の目にはアオイしか、陽だまりのように温かい妻の笑顔しか映らない。
花弁のような唇で、擦り寄るようにもう一度口づけてくれてから離れていってしまわれた。
「じゃあ、予定を変更して、しばらくゴロゴロしていましょうか? 俺も、バアルさんも満足出来るまで、ね?」
断る気も起きなかった。ましてや理由なんて。
いいアイデアだと言わんばかりに嬉しそうに微笑まれ「そうしましょう?」と無邪気な声で誘われてしまえば。
「そう、ですね……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
またアオイが幸せそうに笑う。私の手を握りながら「やったぁっ」と声を弾ませる。舞い上がっているのは、私の方だということも知らずに。
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