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【番外編】動き始めた時間3
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手にした青い瓶を一息に飲み干す。本日一回目のお勤めを無事終えた俺に、花柄のティーカップが差し出された。
有り難い。早くこの取ってつけたような、ケミカルな甘みをどうにかしたいからなぁ。
「ありがとうございます……バアルさん……」
「ふふ……いえ、お疲れ様でした」
後味スッキリな紅茶を楽しんでいた俺に、続いて差し出されたのはチョコクッキー。ベッドの端に腰掛けていたバアルさん。彼の整えられた指先が摘んでいる、程よく甘い幸せが俺の口元へと運ばれた。
「此方もどうぞ」
「いただきますっ」
お裾分けに俺からも。彼が手にしている小皿に盛られた内の一枚を摘んで差し出す。
「はい、バアルさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
バアルさんが、スラリと伸びた長身を屈めてクッキーを食む。もくもくと動く頬、綻んでいく唇。整えられたカッコいい髭。深くなっていく目尻のシワ。
美味しいを共有出来るのもだけれど。こうして味わっている彼の表情を眺めていられるのも、手ずから食べさせ合う楽しみの一つだよな。
すっかり夢中で見つめてしまっていると、かち合った緑の瞳がどこか悪戯っぽく微笑んだ。
それからは瞬く間に。しっかり持っていたハズの飲みかけのカップが、俺の手から蝶々のようにふわりと飛び立っていく。かと思えば左手を取られ、薬指の根元に微笑む唇が触れていたのだ。
「ふぇ……バアルさ?」
「愛しい貴方様から食べさせて頂いたクッキーが、誠に美味しかったものですから……お返しのお返しでございます」
「あ、ありがとうございまふ……」
「いえ」
俺にとってご褒美でしかない、お返しのお返しとやらはまだ続く。額に目尻、鼻先に頬と次々に口づけてくれたのだ。よく言う三倍返しどころじゃない。
最後にとっておいたと言わんばかりに優しく顎を持ち上げられて、わざとらしいリップ音を鳴らしながら唇にも送ってもらえて。すっかり俺の全身は腑抜けになってしまっていた。
土下座するように頭からベッドに伏せようとしていた俺を、長い腕が抱き支えてくれる。
残ったクッキーの小皿や青い瓶をのせていた銀のトレー。それらがベッド側のテーブルへと勝手に飛んでいって着地するのを見届けてから、逞しいお膝の上へと俺を招いてくれた。
バアルさんはご満悦なご様子。横抱きの形で俺を腕の中へと閉じ込めて、大きく広がった半透明の羽をはためかせている。それは何よりなんだが。
……まだ、残っているんだよなぁ。
彼が触れてくれた場所が熱を持っている。なんなら高鳴っている鼓動に合わせて、じんわりと疼いてしまっているような。
ふと目がいっていた。一番最初に触れてもらえた左手の薬指へと。その根元で煌めいている二つは、彼とのお揃いであり誓いの証。
ウェーブタイプの銀のペアリング、そして緑とオレンジのバイカラーの魔宝石をあしらった結婚指輪が、柔らかい日差しに照らされて淡い光沢を帯びていた。
「……奇跡が起きたのだと思いました」
噛み締めるような声に顔を上げれば、バアルさんも俺の薬指を見つめていた。魔宝石の緑と似た彼の瞳が、薄い涙の膜に包まれている。
「……此方の指輪を嵌めさせて頂いてから、すぐでしたので……貴方様が目を覚ましてくれたのは……」
愛おしそうに細められた瞳から、ついにこぼれ落ちてしまう。滑らかな頬を、シャープな顎を伝ってから俺の手のひらに。
ぽつぽつと感じた熱に、反射的に俺は手を伸ばしていた。指先で彼の目元を拭っていたんだ。
「ありがとうございます……申し訳ござ」
最近増えてしまった謝罪の言葉を、口を押しつけて遮ってやった。だって不必要なんだから。
遠慮なんてしなくていいし、迷惑でもない。泣きたい時はいくらでも泣いてスッキリして。そうして笑ってくれたら、それでいいのだ。俺の側で笑ってくれたら、それだけで。
触れ合っている部分から、くぐもった笑いが伝わってくる。不思議に思う間もなかった。
いつの間にやら、後頭部に添えられていた手に抱き寄せられて、されるがままになってしまっていた。俺の方が夢中にさせられてしまったのだ。
離れていってしまったのは、すっかり俺の息が乱れきった頃。勿論彼は余裕綽々で、満面の笑みを浮かべていた。
有り難い。早くこの取ってつけたような、ケミカルな甘みをどうにかしたいからなぁ。
「ありがとうございます……バアルさん……」
「ふふ……いえ、お疲れ様でした」
後味スッキリな紅茶を楽しんでいた俺に、続いて差し出されたのはチョコクッキー。ベッドの端に腰掛けていたバアルさん。彼の整えられた指先が摘んでいる、程よく甘い幸せが俺の口元へと運ばれた。
「此方もどうぞ」
「いただきますっ」
お裾分けに俺からも。彼が手にしている小皿に盛られた内の一枚を摘んで差し出す。
「はい、バアルさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
バアルさんが、スラリと伸びた長身を屈めてクッキーを食む。もくもくと動く頬、綻んでいく唇。整えられたカッコいい髭。深くなっていく目尻のシワ。
美味しいを共有出来るのもだけれど。こうして味わっている彼の表情を眺めていられるのも、手ずから食べさせ合う楽しみの一つだよな。
すっかり夢中で見つめてしまっていると、かち合った緑の瞳がどこか悪戯っぽく微笑んだ。
それからは瞬く間に。しっかり持っていたハズの飲みかけのカップが、俺の手から蝶々のようにふわりと飛び立っていく。かと思えば左手を取られ、薬指の根元に微笑む唇が触れていたのだ。
「ふぇ……バアルさ?」
「愛しい貴方様から食べさせて頂いたクッキーが、誠に美味しかったものですから……お返しのお返しでございます」
「あ、ありがとうございまふ……」
「いえ」
俺にとってご褒美でしかない、お返しのお返しとやらはまだ続く。額に目尻、鼻先に頬と次々に口づけてくれたのだ。よく言う三倍返しどころじゃない。
最後にとっておいたと言わんばかりに優しく顎を持ち上げられて、わざとらしいリップ音を鳴らしながら唇にも送ってもらえて。すっかり俺の全身は腑抜けになってしまっていた。
土下座するように頭からベッドに伏せようとしていた俺を、長い腕が抱き支えてくれる。
残ったクッキーの小皿や青い瓶をのせていた銀のトレー。それらがベッド側のテーブルへと勝手に飛んでいって着地するのを見届けてから、逞しいお膝の上へと俺を招いてくれた。
バアルさんはご満悦なご様子。横抱きの形で俺を腕の中へと閉じ込めて、大きく広がった半透明の羽をはためかせている。それは何よりなんだが。
……まだ、残っているんだよなぁ。
彼が触れてくれた場所が熱を持っている。なんなら高鳴っている鼓動に合わせて、じんわりと疼いてしまっているような。
ふと目がいっていた。一番最初に触れてもらえた左手の薬指へと。その根元で煌めいている二つは、彼とのお揃いであり誓いの証。
ウェーブタイプの銀のペアリング、そして緑とオレンジのバイカラーの魔宝石をあしらった結婚指輪が、柔らかい日差しに照らされて淡い光沢を帯びていた。
「……奇跡が起きたのだと思いました」
噛み締めるような声に顔を上げれば、バアルさんも俺の薬指を見つめていた。魔宝石の緑と似た彼の瞳が、薄い涙の膜に包まれている。
「……此方の指輪を嵌めさせて頂いてから、すぐでしたので……貴方様が目を覚ましてくれたのは……」
愛おしそうに細められた瞳から、ついにこぼれ落ちてしまう。滑らかな頬を、シャープな顎を伝ってから俺の手のひらに。
ぽつぽつと感じた熱に、反射的に俺は手を伸ばしていた。指先で彼の目元を拭っていたんだ。
「ありがとうございます……申し訳ござ」
最近増えてしまった謝罪の言葉を、口を押しつけて遮ってやった。だって不必要なんだから。
遠慮なんてしなくていいし、迷惑でもない。泣きたい時はいくらでも泣いてスッキリして。そうして笑ってくれたら、それでいいのだ。俺の側で笑ってくれたら、それだけで。
触れ合っている部分から、くぐもった笑いが伝わってくる。不思議に思う間もなかった。
いつの間にやら、後頭部に添えられていた手に抱き寄せられて、されるがままになってしまっていた。俺の方が夢中にさせられてしまったのだ。
離れていってしまったのは、すっかり俺の息が乱れきった頃。勿論彼は余裕綽々で、満面の笑みを浮かべていた。
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