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【番外編】動き始めた時間2
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「おひゃっ……お、おはようごじゃいまふ、バアルしゃん」
思わずひっくり返って、立て直そうとしたけれど噛み倒してしまっていた。込み上げていた言葉では表せない喜びに、気まずい気恥ずかしさが混じっていく。
一人で勝手に顔を熱くしている俺を、鮮やかな緑の眼差しはぼうっと眺めていた。そうして、はたと瞬いて。
「うわっ」
突然、浮遊感に襲われたかと思えば視界に白が、浮き出た鎖骨のラインが色っぽい首元で、眼の前が埋め尽くされていた。
全身を包み込んでいる温もり、香ってくるハーブの匂い。すぐに現状を理解した。バアルさんに抱き締めてもらえているんだって。
頭の上から声が降ってくる。向き合う形で、俺を膝の上に乗せている彼が尋ねてくる。
「何時から……でしょうか?」
「……ふぇ?」
「何時から……貴方様は、目をお覚ましに……?」
焦りのような、怯えのような。胸が切なくなる声だった。
……ああ、そうか。眠れたとはいえ、バアルさんの心はまだ。
「だ、大丈夫ですよっ! 俺も、今起きたばかりですからっ!」
「左様で……ございましたか……」
呟く声には安堵が滲んでいた。うっかり胸中を漏らしていた俺の声にも。
「はい……その、せっかくゆっくり眠れているみたいだったから……起きるまで待とうかなって思っていたんですけど……寂しくて……つい名前を呼んじゃ」
ぶんぶん、ぱたぱた。
いつの間にやら聞こえ始めた風を切るような音に、急に強くなった俺の背を抱く腕の力に、俺は言葉を止めてしまっていた。
中途半端に開いていた口が、ふにゃりとニヤけてしまう。見えていないけれど分かってしまう。ご機嫌そうに二本の触覚が揺れ、背中の羽がはためいているご様子が。
俺も、もっとくっつきたくて。頼もしい背中に腕を回し、分厚い胸板に頬を寄せれば、ますます音が賑やかになる。浮かれた俺の心音に、違う鼓動が混ざって聞こえる。
「ふふ……ねぇ、バアル……バアルの顔、見たいな……キスしたい……」
「……心得ました」
すぐさま応えてくれたバアルさんの表情に、もう憂いはない。細められた眼差しは、綻んだ頬は、少しも涙に濡れてはいない。
俺に向けてくれている微笑みは、窓から差し込む日差しのように柔らかくて、温かくて。少しずつだけれど、いつもの日々が戻ってきているような。新しい俺達の日々が始まったような気がしたんだ。
思わずひっくり返って、立て直そうとしたけれど噛み倒してしまっていた。込み上げていた言葉では表せない喜びに、気まずい気恥ずかしさが混じっていく。
一人で勝手に顔を熱くしている俺を、鮮やかな緑の眼差しはぼうっと眺めていた。そうして、はたと瞬いて。
「うわっ」
突然、浮遊感に襲われたかと思えば視界に白が、浮き出た鎖骨のラインが色っぽい首元で、眼の前が埋め尽くされていた。
全身を包み込んでいる温もり、香ってくるハーブの匂い。すぐに現状を理解した。バアルさんに抱き締めてもらえているんだって。
頭の上から声が降ってくる。向き合う形で、俺を膝の上に乗せている彼が尋ねてくる。
「何時から……でしょうか?」
「……ふぇ?」
「何時から……貴方様は、目をお覚ましに……?」
焦りのような、怯えのような。胸が切なくなる声だった。
……ああ、そうか。眠れたとはいえ、バアルさんの心はまだ。
「だ、大丈夫ですよっ! 俺も、今起きたばかりですからっ!」
「左様で……ございましたか……」
呟く声には安堵が滲んでいた。うっかり胸中を漏らしていた俺の声にも。
「はい……その、せっかくゆっくり眠れているみたいだったから……起きるまで待とうかなって思っていたんですけど……寂しくて……つい名前を呼んじゃ」
ぶんぶん、ぱたぱた。
いつの間にやら聞こえ始めた風を切るような音に、急に強くなった俺の背を抱く腕の力に、俺は言葉を止めてしまっていた。
中途半端に開いていた口が、ふにゃりとニヤけてしまう。見えていないけれど分かってしまう。ご機嫌そうに二本の触覚が揺れ、背中の羽がはためいているご様子が。
俺も、もっとくっつきたくて。頼もしい背中に腕を回し、分厚い胸板に頬を寄せれば、ますます音が賑やかになる。浮かれた俺の心音に、違う鼓動が混ざって聞こえる。
「ふふ……ねぇ、バアル……バアルの顔、見たいな……キスしたい……」
「……心得ました」
すぐさま応えてくれたバアルさんの表情に、もう憂いはない。細められた眼差しは、綻んだ頬は、少しも涙に濡れてはいない。
俺に向けてくれている微笑みは、窓から差し込む日差しのように柔らかくて、温かくて。少しずつだけれど、いつもの日々が戻ってきているような。新しい俺達の日々が始まったような気がしたんだ。
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