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【番外編】また、お休みを言い合えるまで6
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あの時、寸前で飲んだ霊薬のお陰だろう。半日ほど眠ってしまったものの、俺はバアルさんとの約束を果たすことが出来た。すっかり暗くなってしまったけれど、城内を散歩することが出来たんだ。まぁ、身体に負担をかけてはいけないってことで、バアルさんに抱き抱えられながらだったけど。
その日から、俺はバアルさんにお休みを言わないようにした。必ず、また後で、と何らかの約束を交わすようにしたんだ。
と言っても内容は些細なものだ。一緒にお茶を飲みましょうねとか、膝枕して下さいとか、ヨミ様達のところに遊びに行きましょうとか。
……どれも俺達の日常で、普通にしていたことばかり。
でも、俺が約束を口にするとバアルさんは安心したように微笑んでくれたのだ。だから、俺は約束を交わして、守り続けている。
し続けなければならないのだ。俺が抗い難い眠気に引っ張られなくなるまで、バアルさんが心の底から安心して眠れるようになるまで。
部屋に差し込む日差しによって青く煌めく瓶が、俺の手元に差し出される。
すでに栓が抜かれているからだろう。受け取った途端、草むらに顔を突っ込んだような青臭い匂いがツンと鼻を刺した。
「本日の霊薬でございます」
ベッドに腰掛けたバアルさんは、すっかり落ち着きを取り戻した様子。静かに羽をはためかせ、二本の触覚を揺らしながら、空いている俺の手を包み込むように握ってくれる。
「いただきます……」
少しでも勢いをつけるべく、起こしている上体を逸らして一気に煽る。ぬるい液体が喉を纏わりつくように通っていく。
ますます強くなった、お世辞にも良いとは言えない香り、舌に残る妙な甘ったるさ。相変わらず独創的な飲み物だ。薬なのだから、仕方がないのだけれど。
「うぇ……」
反射的にだらんと舌を出してしまっていた俺の背を、バアルさんが優しく撫でてくれる。
「良く頑張りましたね……お口直しにどうぞ」
差し出されたのは銀のトレー。術によって浮かんでいる、両サイドに取っ手のついた長方形の板の上には、花のような香りが漂う紅茶と小皿に盛られた茶色のクッキーが乗っていた。いつものセットだ。
「ありがとうございます……」
湯気立つカップに慎重に口をつける。甘い香りによって、鼻に残っていた匂いが上書きされていく。スッキリとした苦みが、舌に残ったイヤな甘さを消していく。
極めつけはこのクッキー。俺の好きなチョコレート味が、口の中を幸せにしてくれる。少し沈んだ気分を上げてくれるのだ。
まぁ、気分の方は、すでに回復してるんだけどさ。好きな人から頭をよしよし褒めてもらえて、微笑んでもらえたからな。
「お加減はいかがでしょうか? 私の見立てでは、昨日よりも回復していると存じておりますが……」
「そうですね……我慢出来ない眠気の頻度は、だんだん減ってきていると思います」
「左様でございますか……」
バアルさんが安心したように瞳を細める。まだ頬に少し残っている涙の跡が痛々しい。これでも、最近は笑ってくれるようになったんだけど。
寂しい思いはさせないって……約束したのに……
……もっと早く治せたら……バアルさんに心配をかけなくて済むのに……もう、泣かせなくて済むのに……
治ってきている自覚があるからだろう。欲が出て来てしまう。
「あの、バアルさん……この霊薬、もう一本飲むことって……」
「……貴方様のお気持ちは大変嬉しく存じます……ですが、元々此方は、私達用に作られていたお薬でございます。ヨミ様と研究者の皆様方が、貴方様のお身体に合わせて改良してくれましたが……一度に多量に摂取することは……」
釘を刺されてしまった。
更には優しい声で「どうか焦らないで……私は大丈夫ですから」と頭を撫でられて。
やっぱり俺の考えてることなんてお見通しだったか……でも実際、薬が原因で体調崩しちゃったら元も子もないもんなぁ……
ヨミ様からも『何か……少しでも不調を感じたら、飲むのを止めるのだぞ』って顔を合わせる度に心配そうな顔で言われているし。
「……分かりました……また、六時間以上は空けてから、ですね」
「はい……」
小さく頷いた彼が、空になった瓶を受け取ってくれて、手品のように瞬きの間に消していく。
飲み終えて、食べ終えた方もだ。こちらはトレーそのものが、自分の意思でもあるかのように自動的に浮かんでいったのだけれど。ベッドの側に新しく置かれた、小さなテーブルの上に音も立てずに着地したのだけれど。
……よし、だったら少しでも長くバアルさんと過ごそう。楽しく。
「じゃあ、バアルさん、撫で合いっこしましょう? 約束しましたよね」
気持ちを切り替えて、俺よりも一回り大きな手を両手で握る。以前、皆さんと練習したとびきりの笑顔を添えるのだって忘れない。
「……ええ、約束致しました」
緑の瞳が微笑んで、白い手が握り返してくれる。
俺からバアルさんとの距離を詰め、軽く口を押しつければ、形の良い唇が描いている笑みがより深くなった。
その日から、俺はバアルさんにお休みを言わないようにした。必ず、また後で、と何らかの約束を交わすようにしたんだ。
と言っても内容は些細なものだ。一緒にお茶を飲みましょうねとか、膝枕して下さいとか、ヨミ様達のところに遊びに行きましょうとか。
……どれも俺達の日常で、普通にしていたことばかり。
でも、俺が約束を口にするとバアルさんは安心したように微笑んでくれたのだ。だから、俺は約束を交わして、守り続けている。
し続けなければならないのだ。俺が抗い難い眠気に引っ張られなくなるまで、バアルさんが心の底から安心して眠れるようになるまで。
部屋に差し込む日差しによって青く煌めく瓶が、俺の手元に差し出される。
すでに栓が抜かれているからだろう。受け取った途端、草むらに顔を突っ込んだような青臭い匂いがツンと鼻を刺した。
「本日の霊薬でございます」
ベッドに腰掛けたバアルさんは、すっかり落ち着きを取り戻した様子。静かに羽をはためかせ、二本の触覚を揺らしながら、空いている俺の手を包み込むように握ってくれる。
「いただきます……」
少しでも勢いをつけるべく、起こしている上体を逸らして一気に煽る。ぬるい液体が喉を纏わりつくように通っていく。
ますます強くなった、お世辞にも良いとは言えない香り、舌に残る妙な甘ったるさ。相変わらず独創的な飲み物だ。薬なのだから、仕方がないのだけれど。
「うぇ……」
反射的にだらんと舌を出してしまっていた俺の背を、バアルさんが優しく撫でてくれる。
「良く頑張りましたね……お口直しにどうぞ」
差し出されたのは銀のトレー。術によって浮かんでいる、両サイドに取っ手のついた長方形の板の上には、花のような香りが漂う紅茶と小皿に盛られた茶色のクッキーが乗っていた。いつものセットだ。
「ありがとうございます……」
湯気立つカップに慎重に口をつける。甘い香りによって、鼻に残っていた匂いが上書きされていく。スッキリとした苦みが、舌に残ったイヤな甘さを消していく。
極めつけはこのクッキー。俺の好きなチョコレート味が、口の中を幸せにしてくれる。少し沈んだ気分を上げてくれるのだ。
まぁ、気分の方は、すでに回復してるんだけどさ。好きな人から頭をよしよし褒めてもらえて、微笑んでもらえたからな。
「お加減はいかがでしょうか? 私の見立てでは、昨日よりも回復していると存じておりますが……」
「そうですね……我慢出来ない眠気の頻度は、だんだん減ってきていると思います」
「左様でございますか……」
バアルさんが安心したように瞳を細める。まだ頬に少し残っている涙の跡が痛々しい。これでも、最近は笑ってくれるようになったんだけど。
寂しい思いはさせないって……約束したのに……
……もっと早く治せたら……バアルさんに心配をかけなくて済むのに……もう、泣かせなくて済むのに……
治ってきている自覚があるからだろう。欲が出て来てしまう。
「あの、バアルさん……この霊薬、もう一本飲むことって……」
「……貴方様のお気持ちは大変嬉しく存じます……ですが、元々此方は、私達用に作られていたお薬でございます。ヨミ様と研究者の皆様方が、貴方様のお身体に合わせて改良してくれましたが……一度に多量に摂取することは……」
釘を刺されてしまった。
更には優しい声で「どうか焦らないで……私は大丈夫ですから」と頭を撫でられて。
やっぱり俺の考えてることなんてお見通しだったか……でも実際、薬が原因で体調崩しちゃったら元も子もないもんなぁ……
ヨミ様からも『何か……少しでも不調を感じたら、飲むのを止めるのだぞ』って顔を合わせる度に心配そうな顔で言われているし。
「……分かりました……また、六時間以上は空けてから、ですね」
「はい……」
小さく頷いた彼が、空になった瓶を受け取ってくれて、手品のように瞬きの間に消していく。
飲み終えて、食べ終えた方もだ。こちらはトレーそのものが、自分の意思でもあるかのように自動的に浮かんでいったのだけれど。ベッドの側に新しく置かれた、小さなテーブルの上に音も立てずに着地したのだけれど。
……よし、だったら少しでも長くバアルさんと過ごそう。楽しく。
「じゃあ、バアルさん、撫で合いっこしましょう? 約束しましたよね」
気持ちを切り替えて、俺よりも一回り大きな手を両手で握る。以前、皆さんと練習したとびきりの笑顔を添えるのだって忘れない。
「……ええ、約束致しました」
緑の瞳が微笑んで、白い手が握り返してくれる。
俺からバアルさんとの距離を詰め、軽く口を押しつければ、形の良い唇が描いている笑みがより深くなった。
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