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【番外編】元気の源3
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とはいえ、いくら心のエネルギーが満たされても、いかんせん集中力というものは長くは続かない訳で。
「やはり、一時的に気分が高揚なされても、長続きは致しませんか」
私は、再び机に額を押しつけていた。
「みたいであるな……気を使ってくれたのに済まないな」
あのような隠し玉というか、素敵なおまじないまで用意しておいてくれていたのに。
申し訳なく思う私に対して、レタリーは気にしていない様子。いや、それどころかこの展開まで想定内だったらしかった。
「いえ、お陰様で時間は稼げましたし……最低限のノルマには到達致しました故」
時間は稼げた? 最低限のノルマ?
「どういう意味だ? レタリー」
「ああ、丁度いらっしゃったようですよ」
答えになっていない答えを笑顔で言った直後だった。執務室のドアが控えめにノックされたのは。
はて? この時間に訪問者の予定はなかった筈であるが?
すぐさま扉の元へと歩み寄った秘書殿が「どうぞ、お入り下さい」と招き入れる。
ひょこりと姿を見せたのは、つい先程元気をくれた彼だった。
「こんにちはっ、ヨミ様、レタリーさん」
「こんにちは、ヨミ様、レタリー殿。お忙しい中、失礼致します」
丸いオレンジ色の瞳を細めてアオイ殿が微笑む。彼の小さな手を取りエスコートしているバアルが、会釈をした。
今日のアオイ殿は、バアルが着こなす執事服と合わせているのか、黒のベストに細身の黒い長ズボンとブーツというシックな装いだ。
真ん中に緑色の魔宝石をあしらった、大きなリボンタイが愛らしい。ベストの下に着ている白シャツもだ。袖に向かっていくにつれ、ふわりと膨らんでいて。ところどころにフリルがついていて。
ふわふわでサラサラな短めのオレンジブラウンの髪と相まって、お人形さんみたいだ。カッコよくて美しいバアルと並べば、より絵になる。四六時中眺めていても見飽きないであろう。
手持ちの投影石で連写したい衝動を抑え、二人を出迎える。
「アオイ殿、バアル! よく来たなっ、しばし待ってくれ、すぐに持て成しの準備を」
彼らが気に入ってくれそうな茶菓子はあっただろうか。ああ、そうだ、丁度父上からチョコレートを。
「いえ、大丈夫ですよ」
たった一言で、かくも萎んでしまうものなのか。ほんの数秒前まで、スキップを踏んでしまいそうなくらいに心が弾んでいたというのに。
「……すぐに帰ってしまわれるのか?」
よっぽど私は、酷くしょぼくれた顔を見せてしまっていたのだろう。アオイ殿とバアルの瞳が丸くなる。
不思議そうな顔をして、互いに目を合わせて、そして。
「え? だって、ヨミ様も、これから俺達とご一緒してくれますよね?」
「中庭でティータイムをと、レタリー殿にあらかじめご連絡をして、お時間も取らせて頂いておりましたが……」
アオイ殿が寂しそうな顔をして「ヨミ様の為に、バアルさんとチーズ入りのスクランブルエッグサンド作ったんですけど……」と呟く。バアルも不安そうな顔をして私達の様子を窺っている。
「へ? レタリー……もしや」
「ええ。私は、何もおまじないは一つだけだと申し上げていなかったでしょう?」
頬を綻ばせる敏腕秘書殿の表情は、ついさっき見たばかり。ああ、また私はしてやられたのか。
「残りは私だけでもこなせます。ゆっくりと英気を養ってきて下さいませ」
懐から取り出した銀の櫛で、私の長い髪を手早く整えてくれてから、レタリーが私の背中を優しく押す。
「アオイ殿、バアル……貴殿らの時間にお邪魔させてもらってもよいだろうか?」
「はいっ、大歓迎ですよ! それに、元々お誘いしたのは俺達ですし。ねぇ、バアルさん」
「ええ、ヨミ様にはいつも素敵なサプライズを頂いておりますから、私達にもお返しをさせて下さい」
アオイ殿が小さなバスケットを掲げて「デザートにジャムサンドもありますよ。バアルさんと一緒にジャムから作ったんです」と満面の笑みを見せてくれる。
レタリーの分のサンドイッチもあるらしく、バアルが別のバスケットを彼に手渡していた。
「じゃあ、いきましょうっ、ヨミ様」
「ええ、参りましょうか、ヨミ様」
「うむっ!」
差し出された小さな手と大きな手。温かな彼らと手を繋いで、握り返すだけでも元気があふれてくるというのに。
中庭を彩る色とりどりの水晶の花に囲まれながら、柔らかな二人の笑顔を眺めながら。口にした彼らの特製サンドイッチは、思わず笑ってしまうほどに美味しかった。
「やはり、一時的に気分が高揚なされても、長続きは致しませんか」
私は、再び机に額を押しつけていた。
「みたいであるな……気を使ってくれたのに済まないな」
あのような隠し玉というか、素敵なおまじないまで用意しておいてくれていたのに。
申し訳なく思う私に対して、レタリーは気にしていない様子。いや、それどころかこの展開まで想定内だったらしかった。
「いえ、お陰様で時間は稼げましたし……最低限のノルマには到達致しました故」
時間は稼げた? 最低限のノルマ?
「どういう意味だ? レタリー」
「ああ、丁度いらっしゃったようですよ」
答えになっていない答えを笑顔で言った直後だった。執務室のドアが控えめにノックされたのは。
はて? この時間に訪問者の予定はなかった筈であるが?
すぐさま扉の元へと歩み寄った秘書殿が「どうぞ、お入り下さい」と招き入れる。
ひょこりと姿を見せたのは、つい先程元気をくれた彼だった。
「こんにちはっ、ヨミ様、レタリーさん」
「こんにちは、ヨミ様、レタリー殿。お忙しい中、失礼致します」
丸いオレンジ色の瞳を細めてアオイ殿が微笑む。彼の小さな手を取りエスコートしているバアルが、会釈をした。
今日のアオイ殿は、バアルが着こなす執事服と合わせているのか、黒のベストに細身の黒い長ズボンとブーツというシックな装いだ。
真ん中に緑色の魔宝石をあしらった、大きなリボンタイが愛らしい。ベストの下に着ている白シャツもだ。袖に向かっていくにつれ、ふわりと膨らんでいて。ところどころにフリルがついていて。
ふわふわでサラサラな短めのオレンジブラウンの髪と相まって、お人形さんみたいだ。カッコよくて美しいバアルと並べば、より絵になる。四六時中眺めていても見飽きないであろう。
手持ちの投影石で連写したい衝動を抑え、二人を出迎える。
「アオイ殿、バアル! よく来たなっ、しばし待ってくれ、すぐに持て成しの準備を」
彼らが気に入ってくれそうな茶菓子はあっただろうか。ああ、そうだ、丁度父上からチョコレートを。
「いえ、大丈夫ですよ」
たった一言で、かくも萎んでしまうものなのか。ほんの数秒前まで、スキップを踏んでしまいそうなくらいに心が弾んでいたというのに。
「……すぐに帰ってしまわれるのか?」
よっぽど私は、酷くしょぼくれた顔を見せてしまっていたのだろう。アオイ殿とバアルの瞳が丸くなる。
不思議そうな顔をして、互いに目を合わせて、そして。
「え? だって、ヨミ様も、これから俺達とご一緒してくれますよね?」
「中庭でティータイムをと、レタリー殿にあらかじめご連絡をして、お時間も取らせて頂いておりましたが……」
アオイ殿が寂しそうな顔をして「ヨミ様の為に、バアルさんとチーズ入りのスクランブルエッグサンド作ったんですけど……」と呟く。バアルも不安そうな顔をして私達の様子を窺っている。
「へ? レタリー……もしや」
「ええ。私は、何もおまじないは一つだけだと申し上げていなかったでしょう?」
頬を綻ばせる敏腕秘書殿の表情は、ついさっき見たばかり。ああ、また私はしてやられたのか。
「残りは私だけでもこなせます。ゆっくりと英気を養ってきて下さいませ」
懐から取り出した銀の櫛で、私の長い髪を手早く整えてくれてから、レタリーが私の背中を優しく押す。
「アオイ殿、バアル……貴殿らの時間にお邪魔させてもらってもよいだろうか?」
「はいっ、大歓迎ですよ! それに、元々お誘いしたのは俺達ですし。ねぇ、バアルさん」
「ええ、ヨミ様にはいつも素敵なサプライズを頂いておりますから、私達にもお返しをさせて下さい」
アオイ殿が小さなバスケットを掲げて「デザートにジャムサンドもありますよ。バアルさんと一緒にジャムから作ったんです」と満面の笑みを見せてくれる。
レタリーの分のサンドイッチもあるらしく、バアルが別のバスケットを彼に手渡していた。
「じゃあ、いきましょうっ、ヨミ様」
「ええ、参りましょうか、ヨミ様」
「うむっ!」
差し出された小さな手と大きな手。温かな彼らと手を繋いで、握り返すだけでも元気があふれてくるというのに。
中庭を彩る色とりどりの水晶の花に囲まれながら、柔らかな二人の笑顔を眺めながら。口にした彼らの特製サンドイッチは、思わず笑ってしまうほどに美味しかった。
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