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不甲斐ない私とは違う、泣きながら全身全霊で進み続ける御方なのだ
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アオイはいまだに健やかな寝息を立てていらっしゃるばかりだが、少し顔色が良くなった気がする。グリムさんとクロウさんが、魔力の限り分けてくれたお陰に違いない。
紅茶で一息ついている間も、お二人は常にアオイを気にかけてくれていた。話しかけてくれて、微笑みかけてくれた。アオイが眠ったままだなんて、嘘かのように。
私は、ただただ頭が下がるばかり。言葉にならない感謝の念に胸を熱くするばかりだった。
とはいえ、伝えることが出来たとしても、また笑顔で返されてしまうだろう。これくらい当たり前でしょうと。もっと頼って欲しいと。
お二人を見送って、すぐのことだ。通りのいい声と共に扉が勢いよく開け放たれたのは。
「おはよう、バアル! アオイ殿! 今日の分の霊薬を持ってきたぞ!」
「おはようございます、バアル様、アオイ様」
飛び込むように入ってきた勢いそのままに、一目散に私達の元へといらしたヨミ様の両腕には、小さめの段ボール箱が。続いて入ってきたレタリー殿も、いくつもの箱を抱えたまま私に会釈をした。
私もカップを片付けていた手を止め、朝の挨拶を返して頭を下げる。
顔を上げたところで困ったように微笑むレタリーさんと目が合った。
「朝っぱらから騒々しくて申し訳ございません」
「いえ、お気になさらず、私もアオイも賑やかな空気が好きで」
「おお、今日のアオイ殿はとびきり可愛いな! 顔色も良いし体温も温かい! これは目覚める日も近いぞ! なぁバアル! レタリー!」
一足先にベッドの側へと向かっていたヨミ様の無邪気な声に、示し合わせた訳でもなく私とレタリー殿は顔を見合わせていた。
きょとんと丸くなった黄緑色の瞳とかち合った途端、何やらおかしくなってしまって。くつくつと喉が震えてしまう。
「ふふ……ええ、左様でございますね」
「……であろう? その日を笑顔で迎える為にも、これだけは飲むんだぞ? 貴殿がやつれてしまっていては、アオイ殿が悲しんでしまうからな」
ヨミ様は私に向かって優しく諭すように仰りながら、テーブルに置いた段ボール箱を手早く開けた。隙間なく詰まっている青い小瓶を、霊薬を一本取り出し、私に差し出してくれる。
魔力を副作用なく微量に回復出来る霊薬は貴重品だ。
希少な薬草を用いるからだけではない。魔力のこもった清らかな水にそれらを漬け、一滴ずつ抽出していく必要があるからだ。故に製造に時間がかかり、大量生産も難しい。
そのような品を、こうして毎日多量に使うことが出来るのは、穢れの脅威がなくなったから。魔力が枯渇する心配がほとんどなくなったからに他ならない。
無論、ヨミ様とサタン様が国民の為にと備蓄していたものを、私に優先して与えて下さっていることは言うまでもないが。
お陰様で私は問題なく、日がな一日アオイに魔力を分け与え続けることが出来ている。
「……心より感謝申し上げます」
受け取った霊薬の蓋を開け、一息に飲み干す。ひんやりとした液体が食道を撫でていき、胃の腑の辺りがじんわりと熱を帯びていく。
全身を蝕んでいる気怠さが、多少和らいだ気がした。この一本で、今朝渡した魔力の十分の一程は補えただろうが。
……全く持って足りませんね……この後も、アオイに魔力を与え続けなければなりませんのに……
舌にべとりと纏わりつく嫌な甘みに辟易しつつも、二本目、三本目と手を伸ばす。もっと、もっと魔力を回復しなければ。
もし、アオイに少しでも意識があれば。ほんの僅かな時でも目を覚まして頂ければ、直接飲ますことが出来るだろうに。そちらの方が、私達が魔力を分け与えるよりも、回復が早いだろうに。
次々と空になっていく青い瓶を黙って眺めていたヨミ様が、諦念めいた声で呟いた。
「……きちんと眠って、食べることが一番ではあるがな」
しかし、言葉に対して行動は矛盾しておられた。私がまだ手を出していない霊薬の蓋を開け、立て続けに数本飲み干したのだから。
夕日よりも赤い瞳の下には濃いクマが出来ている。恐らく昨日も開発室に、研究者の皆様と共にこもっていらしたのだろう。寝る間を惜しんで、より効果の高い霊薬の研究をしていたのだろう。
この御方はそういう方なのだ。たとえ涙に暮れたとしても、泣きながら全身全霊で進み続ける御方なのだ。
アオイのお側から一時でも離れることが、怖くて仕方がない私とは違う。定期的に彼の命の鼓動を聞かなければ、不安で心が潰れそうになってしまう私とは。
そして……不甲斐ない私に対して、当たり前のような顔をして言ってくれたのだ。
『バアルはアオイ殿の夫なのだから、彼の側に居ることが仕事だろう? 貴殿にしか出来ぬ、貴殿でなければならぬ大切な仕事だ』
そう言って、笑って背中を叩いてくれたのだ。
込み上げてきた熱を、霊薬と共に飲み下す。飲み下そうとしたのだが。あの甘さが仇となったのか、ますます視界が滲んでしまった。
咄嗟にジャケットの袖口で拭ったものの、赤い瞳に見られてしまった。少しやつれた端正な顔に滲んだ、心配の色が濃くなっていく。
「……ヨミ様……私が言える立場ではないと重々承知ではございますが……ちゃんと睡眠を取っておられますか?」
「ははっ……確かに。貴殿にだけは、言われたくないな」
あからさまに話を逸らしてしまっていた。しかし、何か言い咎めるでもなく朗らかに笑ってくれる。微笑む赤い瞳に釣られて口端が綻んでいく。
「笑っていらっしゃる場合ですか? バアル様もヨミ様も、せめて少しくらいお休みになって下さい」
ピシャリと言い放ったレタリー殿から「ほら、着けて下さい」と押しつけられたのはアイマスクだった。
私とヨミ様の腕を掴んで立ち上がらせる。彼が手のひらで指し示した方。アオイの眠るベッドの側には、いつの間にか簡易的なベッドが用意されていた。妙に静かだと思ってはいたが。
「ヨミ様はこちらのベッドに、バアル様はアオイ様と横になられて下さい」
「ちょっと待てレタリー、私はまだアオイ殿に魔力を渡せて」
「アンタがやつれててもアオイ様は悲しむだろうが!! さっさと横になりやがれ! 昨日で何徹目だと思ってやがる!」
「……はい……すみませんでした」
尾羽根を逆立てたレタリー殿に背を押され、羽を縮めたヨミ様がいかにも不服そうにベッドへと入っていく。
珍しい。必死に直した地が出るとは、よっぽど腹に据えかねていたのでしょうね……と他人事のように眺めていたのもつかの間だった。
「バアル様……貴方様もですよ……」
「……畏まりました」
鬼のような形相をした彼に、問答無用で私もベッドへと押し込まれてしまったのだ。
紅茶で一息ついている間も、お二人は常にアオイを気にかけてくれていた。話しかけてくれて、微笑みかけてくれた。アオイが眠ったままだなんて、嘘かのように。
私は、ただただ頭が下がるばかり。言葉にならない感謝の念に胸を熱くするばかりだった。
とはいえ、伝えることが出来たとしても、また笑顔で返されてしまうだろう。これくらい当たり前でしょうと。もっと頼って欲しいと。
お二人を見送って、すぐのことだ。通りのいい声と共に扉が勢いよく開け放たれたのは。
「おはよう、バアル! アオイ殿! 今日の分の霊薬を持ってきたぞ!」
「おはようございます、バアル様、アオイ様」
飛び込むように入ってきた勢いそのままに、一目散に私達の元へといらしたヨミ様の両腕には、小さめの段ボール箱が。続いて入ってきたレタリー殿も、いくつもの箱を抱えたまま私に会釈をした。
私もカップを片付けていた手を止め、朝の挨拶を返して頭を下げる。
顔を上げたところで困ったように微笑むレタリーさんと目が合った。
「朝っぱらから騒々しくて申し訳ございません」
「いえ、お気になさらず、私もアオイも賑やかな空気が好きで」
「おお、今日のアオイ殿はとびきり可愛いな! 顔色も良いし体温も温かい! これは目覚める日も近いぞ! なぁバアル! レタリー!」
一足先にベッドの側へと向かっていたヨミ様の無邪気な声に、示し合わせた訳でもなく私とレタリー殿は顔を見合わせていた。
きょとんと丸くなった黄緑色の瞳とかち合った途端、何やらおかしくなってしまって。くつくつと喉が震えてしまう。
「ふふ……ええ、左様でございますね」
「……であろう? その日を笑顔で迎える為にも、これだけは飲むんだぞ? 貴殿がやつれてしまっていては、アオイ殿が悲しんでしまうからな」
ヨミ様は私に向かって優しく諭すように仰りながら、テーブルに置いた段ボール箱を手早く開けた。隙間なく詰まっている青い小瓶を、霊薬を一本取り出し、私に差し出してくれる。
魔力を副作用なく微量に回復出来る霊薬は貴重品だ。
希少な薬草を用いるからだけではない。魔力のこもった清らかな水にそれらを漬け、一滴ずつ抽出していく必要があるからだ。故に製造に時間がかかり、大量生産も難しい。
そのような品を、こうして毎日多量に使うことが出来るのは、穢れの脅威がなくなったから。魔力が枯渇する心配がほとんどなくなったからに他ならない。
無論、ヨミ様とサタン様が国民の為にと備蓄していたものを、私に優先して与えて下さっていることは言うまでもないが。
お陰様で私は問題なく、日がな一日アオイに魔力を分け与え続けることが出来ている。
「……心より感謝申し上げます」
受け取った霊薬の蓋を開け、一息に飲み干す。ひんやりとした液体が食道を撫でていき、胃の腑の辺りがじんわりと熱を帯びていく。
全身を蝕んでいる気怠さが、多少和らいだ気がした。この一本で、今朝渡した魔力の十分の一程は補えただろうが。
……全く持って足りませんね……この後も、アオイに魔力を与え続けなければなりませんのに……
舌にべとりと纏わりつく嫌な甘みに辟易しつつも、二本目、三本目と手を伸ばす。もっと、もっと魔力を回復しなければ。
もし、アオイに少しでも意識があれば。ほんの僅かな時でも目を覚まして頂ければ、直接飲ますことが出来るだろうに。そちらの方が、私達が魔力を分け与えるよりも、回復が早いだろうに。
次々と空になっていく青い瓶を黙って眺めていたヨミ様が、諦念めいた声で呟いた。
「……きちんと眠って、食べることが一番ではあるがな」
しかし、言葉に対して行動は矛盾しておられた。私がまだ手を出していない霊薬の蓋を開け、立て続けに数本飲み干したのだから。
夕日よりも赤い瞳の下には濃いクマが出来ている。恐らく昨日も開発室に、研究者の皆様と共にこもっていらしたのだろう。寝る間を惜しんで、より効果の高い霊薬の研究をしていたのだろう。
この御方はそういう方なのだ。たとえ涙に暮れたとしても、泣きながら全身全霊で進み続ける御方なのだ。
アオイのお側から一時でも離れることが、怖くて仕方がない私とは違う。定期的に彼の命の鼓動を聞かなければ、不安で心が潰れそうになってしまう私とは。
そして……不甲斐ない私に対して、当たり前のような顔をして言ってくれたのだ。
『バアルはアオイ殿の夫なのだから、彼の側に居ることが仕事だろう? 貴殿にしか出来ぬ、貴殿でなければならぬ大切な仕事だ』
そう言って、笑って背中を叩いてくれたのだ。
込み上げてきた熱を、霊薬と共に飲み下す。飲み下そうとしたのだが。あの甘さが仇となったのか、ますます視界が滲んでしまった。
咄嗟にジャケットの袖口で拭ったものの、赤い瞳に見られてしまった。少しやつれた端正な顔に滲んだ、心配の色が濃くなっていく。
「……ヨミ様……私が言える立場ではないと重々承知ではございますが……ちゃんと睡眠を取っておられますか?」
「ははっ……確かに。貴殿にだけは、言われたくないな」
あからさまに話を逸らしてしまっていた。しかし、何か言い咎めるでもなく朗らかに笑ってくれる。微笑む赤い瞳に釣られて口端が綻んでいく。
「笑っていらっしゃる場合ですか? バアル様もヨミ様も、せめて少しくらいお休みになって下さい」
ピシャリと言い放ったレタリー殿から「ほら、着けて下さい」と押しつけられたのはアイマスクだった。
私とヨミ様の腕を掴んで立ち上がらせる。彼が手のひらで指し示した方。アオイの眠るベッドの側には、いつの間にか簡易的なベッドが用意されていた。妙に静かだと思ってはいたが。
「ヨミ様はこちらのベッドに、バアル様はアオイ様と横になられて下さい」
「ちょっと待てレタリー、私はまだアオイ殿に魔力を渡せて」
「アンタがやつれててもアオイ様は悲しむだろうが!! さっさと横になりやがれ! 昨日で何徹目だと思ってやがる!」
「……はい……すみませんでした」
尾羽根を逆立てたレタリー殿に背を押され、羽を縮めたヨミ様がいかにも不服そうにベッドへと入っていく。
珍しい。必死に直した地が出るとは、よっぽど腹に据えかねていたのでしょうね……と他人事のように眺めていたのもつかの間だった。
「バアル様……貴方様もですよ……」
「……畏まりました」
鬼のような形相をした彼に、問答無用で私もベッドへと押し込まれてしまったのだ。
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