間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
上 下
542 / 1,047

不甲斐ない私とは違う、泣きながら全身全霊で進み続ける御方なのだ

しおりを挟む
 アオイはいまだに健やかな寝息を立てていらっしゃるばかりだが、少し顔色が良くなった気がする。グリムさんとクロウさんが、魔力の限り分けてくれたお陰に違いない。

 紅茶で一息ついている間も、お二人は常にアオイを気にかけてくれていた。話しかけてくれて、微笑みかけてくれた。アオイが眠ったままだなんて、嘘かのように。

 私は、ただただ頭が下がるばかり。言葉にならない感謝の念に胸を熱くするばかりだった。

 とはいえ、伝えることが出来たとしても、また笑顔で返されてしまうだろう。これくらい当たり前でしょうと。もっと頼って欲しいと。



 お二人を見送って、すぐのことだ。通りのいい声と共に扉が勢いよく開け放たれたのは。

「おはよう、バアル! アオイ殿! 今日の分の霊薬を持ってきたぞ!」

「おはようございます、バアル様、アオイ様」

 飛び込むように入ってきた勢いそのままに、一目散に私達の元へといらしたヨミ様の両腕には、小さめの段ボール箱が。続いて入ってきたレタリー殿も、いくつもの箱を抱えたまま私に会釈をした。

 私もカップを片付けていた手を止め、朝の挨拶を返して頭を下げる。

 顔を上げたところで困ったように微笑むレタリーさんと目が合った。

「朝っぱらから騒々しくて申し訳ございません」

「いえ、お気になさらず、私もアオイも賑やかな空気が好きで」

「おお、今日のアオイ殿はとびきり可愛いな! 顔色も良いし体温も温かい! これは目覚める日も近いぞ! なぁバアル! レタリー!」

 一足先にベッドの側へと向かっていたヨミ様の無邪気な声に、示し合わせた訳でもなく私とレタリー殿は顔を見合わせていた。

 きょとんと丸くなった黄緑色の瞳とかち合った途端、何やらおかしくなってしまって。くつくつと喉が震えてしまう。

「ふふ……ええ、左様でございますね」

「……であろう? その日を笑顔で迎える為にも、これだけは飲むんだぞ? 貴殿がやつれてしまっていては、アオイ殿が悲しんでしまうからな」

 ヨミ様は私に向かって優しく諭すように仰りながら、テーブルに置いた段ボール箱を手早く開けた。隙間なく詰まっている青い小瓶を、霊薬を一本取り出し、私に差し出してくれる。

 魔力を副作用なく微量に回復出来る霊薬は貴重品だ。

 希少な薬草を用いるからだけではない。魔力のこもった清らかな水にそれらを漬け、一滴ずつ抽出していく必要があるからだ。故に製造に時間がかかり、大量生産も難しい。

 そのような品を、こうして毎日多量に使うことが出来るのは、穢れの脅威がなくなったから。魔力が枯渇する心配がほとんどなくなったからに他ならない。

 無論、ヨミ様とサタン様が国民の為にと備蓄していたものを、私に優先して与えて下さっていることは言うまでもないが。

 お陰様で私は問題なく、日がな一日アオイに魔力を分け与え続けることが出来ている。

「……心より感謝申し上げます」

 受け取った霊薬の蓋を開け、一息に飲み干す。ひんやりとした液体が食道を撫でていき、胃の腑の辺りがじんわりと熱を帯びていく。

 全身を蝕んでいる気怠さが、多少和らいだ気がした。この一本で、今朝渡した魔力の十分の一程は補えただろうが。

 ……全く持って足りませんね……この後も、アオイに魔力を与え続けなければなりませんのに……

 舌にべとりと纏わりつく嫌な甘みに辟易しつつも、二本目、三本目と手を伸ばす。もっと、もっと魔力を回復しなければ。

 もし、アオイに少しでも意識があれば。ほんの僅かな時でも目を覚まして頂ければ、直接飲ますことが出来るだろうに。そちらの方が、私達が魔力を分け与えるよりも、回復が早いだろうに。

 次々と空になっていく青い瓶を黙って眺めていたヨミ様が、諦念めいた声で呟いた。

「……きちんと眠って、食べることが一番ではあるがな」

 しかし、言葉に対して行動は矛盾しておられた。私がまだ手を出していない霊薬の蓋を開け、立て続けに数本飲み干したのだから。

 夕日よりも赤い瞳の下には濃いクマが出来ている。恐らく昨日も開発室に、研究者の皆様と共にこもっていらしたのだろう。寝る間を惜しんで、より効果の高い霊薬の研究をしていたのだろう。

 この御方はそういう方なのだ。たとえ涙に暮れたとしても、泣きながら全身全霊で進み続ける御方なのだ。

 アオイのお側から一時でも離れることが、怖くて仕方がない私とは違う。定期的に彼の命の鼓動を聞かなければ、不安で心が潰れそうになってしまう私とは。

 そして……不甲斐ない私に対して、当たり前のような顔をして言ってくれたのだ。

『バアルはアオイ殿の夫なのだから、彼の側に居ることが仕事だろう? 貴殿にしか出来ぬ、貴殿でなければならぬ大切な仕事だ』

 そう言って、笑って背中を叩いてくれたのだ。

 込み上げてきた熱を、霊薬と共に飲み下す。飲み下そうとしたのだが。あの甘さが仇となったのか、ますます視界が滲んでしまった。

 咄嗟にジャケットの袖口で拭ったものの、赤い瞳に見られてしまった。少しやつれた端正な顔に滲んだ、心配の色が濃くなっていく。

「……ヨミ様……私が言える立場ではないと重々承知ではございますが……ちゃんと睡眠を取っておられますか?」

「ははっ……確かに。貴殿にだけは、言われたくないな」

 あからさまに話を逸らしてしまっていた。しかし、何か言い咎めるでもなく朗らかに笑ってくれる。微笑む赤い瞳に釣られて口端が綻んでいく。

「笑っていらっしゃる場合ですか? バアル様もヨミ様も、せめて少しくらいお休みになって下さい」

 ピシャリと言い放ったレタリー殿から「ほら、着けて下さい」と押しつけられたのはアイマスクだった。

 私とヨミ様の腕を掴んで立ち上がらせる。彼が手のひらで指し示した方。アオイの眠るベッドの側には、いつの間にか簡易的なベッドが用意されていた。妙に静かだと思ってはいたが。

「ヨミ様はこちらのベッドに、バアル様はアオイ様と横になられて下さい」

「ちょっと待てレタリー、私はまだアオイ殿に魔力を渡せて」

「アンタがやつれててもアオイ様は悲しむだろうが!! さっさと横になりやがれ! 昨日で何徹目だと思ってやがる!」

「……はい……すみませんでした」

 尾羽根を逆立てたレタリー殿に背を押され、羽を縮めたヨミ様がいかにも不服そうにベッドへと入っていく。

 珍しい。必死に直した地が出るとは、よっぽど腹に据えかねていたのでしょうね……と他人事のように眺めていたのもつかの間だった。

「バアル様……貴方様もですよ……」

「……畏まりました」

 鬼のような形相をした彼に、問答無用で私もベッドへと押し込まれてしまったのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

処理中です...