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決めたんだ、簡単に諦めてなんかやるもんか

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「もしかしたら……サタン様も、バアル様も、民への対応に追われているのやもしれません」

「……ああ、全部のエリアに中継しているって話でしたもんね」

 神様の力によるものだったのか、あの時会場にいた皆さんのほとんどは静かに事の成り行きを見つめていた。

 けれども神様が、ヨミ様を連れていった今となっては……おそらく国中が大騒ぎになっているに違いない。

 なんせ、皆さんから愛されているヨミ様が、この国の主が、身を捧げようとしているのだ。人間の俺の為に。俺の記憶の為に。

 堪ったもんじゃないだろう。俺だって、そうだ。俺だって。

「……じゃあ、これ以上の混乱を防ぐ為にも、早くヨミ様を連れ戻しに行きましょう。連れて行ってくれますよね?」

 ヨミ様が居る場所はこの地の果て。神様が宿っている浄化の炎を祀った祭壇がある、大きな穴の底。現実的に考えて、俺の足ではまず間に合わない。辿り着けた頃には、全てが終わってしまっているだろう。

 ……いや、そもそも辿り着くことすら困難か。道中にある、業火の炎が噴き出す大地を越えられなければ話にならないんだから。穢れに関しては、何とかなる気がするんだけどな。生命力は、魔力よりも強いっていう話だからさ。

「……何故……でしょうか?」

「……レタリーさん?」

「……私が……術を、鎖を解いた私が、尋ねる立場ではないことは分かっております……ですが、何故……? 貴方様は……私は、貴方様にお願いすら、出来てはいないというのに……」

 まだ迷ってくれているんだろう。レタリーさんは優しい人だから。ヨミ様を失いたくない一心で、俺を起こしてくれたものの、まだ迷ってくれているのだ。

 今にして思えば、俺が目覚めた時の彼の態度にも納得がいく。きっと、ずっと、苦しんでいたのだ。ヨミ様からの願いと、自分の願いとに挟まれて。それから、俺への。

「……多分、怒っているんだと思います」

「……はい?」

 自責の念で濡れていた瞳が驚いたように瞬いた。その反応はごもっともだ。でも、俺を突き動かそうとしている感情としては、それが一番近いように思えたのだ。

「……ヨミ様が、俺の為に神様に怒ってくれたのと同じです。俺も、許せないんです。ヨミ様が、俺の代わりになろうとしてくれていることが」

「……アオイ様」

「……だから、俺……決めました。最期まで、絶対に諦めないって」

「……諦め、ない?」

「はい。だって、やってみないと分からないじゃないですか。ホントに俺の身体が壊れちゃうのか。もしかしたら、壊れないかもしれないし」

 そう。決めたんだ。簡単に諦めてなんかやるもんか。ヨミ様も、俺の幸せも、絶対に諦めてなんかやるもんか。

「無理そうな場合は、忘れないように頑張ります。ギリギリまでバアルさんとの日々を、皆さんとの日々を思い浮かべて、自分の魂に刻みつけます。現世でも前世の記憶が有るって人が居たんですから、望みがゼロって訳じゃないと思うんですよね」

 いつだったか、臓器にも記憶が宿るというのを聞いたことがある。だったら、魂にだって。

「それでも駄目だったら、頑張って思い出します。奇跡を自力で起こしてみせます。だから、その時はレタリーさんにも協力して欲しいんですけど……」

「……ふっ、ふふ」

 堪えきれぬといった様子で、レタリーさんは綻んだ口元から笑みをこぼしていた。けれども、その瞳は透明な水の膜に覆われていて、今にもあふれてしまいそうだった。

「……レタリーさん?」

 ついにこぼれて、褐色の頬に一筋の涙が伝っていく。一度こぼれてしまえば、せきを切ったように。両の目から、はらはらと大粒の涙がこぼれ落ちていった。

 それでも彼は微笑んでいた。喉を震わせ、柔らかな声を掠れさせながらも、嬉しそうに瞳を細めていた。

「……不思議で、ございますね……ただの優しい屁理屈ですのに……貴方様が、仰るのならば……希望を抱いてしまう……誠に、そのような奇跡が起こせるのではないかと……神からのお言葉を……覆してしまうのではないかと……信じたくなってしまう……」

 出鱈目な根性論だよなってのは、自分でも痛いほど分かっているけどさ。

「ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきますね。でも、俺は、本気でそのつもりで……」

「分かっておりますとも……ですから、私にも……お手伝いをさせて下さい……私も、諦めたくないのです……ヨミ様のことも、アオイ様のことも」

 執事服の袖で乱暴に目元を拭ってから、レタリーさんは左胸に手を当てて、目を閉じた。長い尾羽根が逆立って、彼の胸元に黄緑色の光が集まり始める。
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