間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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とある秘書は動揺を隠せなかった

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 どうやら、私が御伽噺だと伝え聞いていた物語は、そのおおよそが事実であったらしい。

「ヨミ……貴方は私の心臓から生まれた子。私に最も近しい一人。故に貴方は私の魔力の糧となれるのです」

「……つまり、私は万が一の備えということか」

 平然とした顔でヨミ様が尋ね、申し訳なさそうに神が頷く。

 御自身の役割を、神の魔力を回復する為の部品であったことを告げられても、ヨミ様は落ち着いていた。記憶がなくとも、漠然と理解はしているのだろうか。なんというか、腑に落ちたような顔をなさっていた。

 端で聞いていた私達の方が動揺を隠せなかった。言葉を失ってしまっていた。

「言い訳にしか聞こえないでしょうが……元々私は貴方に頼ることなく、全ての穢れを受け止めるつもりでいました。ですが……」

「貴方様の魔力が自然回復するよりも、消耗の方が上回ってしまった……ということでしょうか?」

 いち早く、バアル様は落ち着きを取り戻されたようだった。力なくもたれかかっているアオイ様を抱き支え、その背を撫でていらっしゃる。

「はい……そうして、私は……少しずつ穢れを受け止めきれなくなっていきました……それどころか業火と浄化……二つの炎を維持していくことも難しくなっていったのです」

 無理もないだろう。いくら神とはいえ。

 神は私達から穢れを引き離す為、深い穴の底にある浄化の炎に宿っているのだ。そこで、全ての穢れを集めているのだ。

 穢れに魔力を奪われながら、二つの炎を燃やし続ける為に魔力を注ぐ。穢れの量が昔と変わらなければ何も問題はなかっただろう。しかし、穢れは増加の一途を辿っているのだ。今も尚。

「結局、私は貴方に助力を求めてしまいました。貴方の魔力を渡して欲しいと、魔力が回復さえすればすぐにまた生まれ変わらせるからと」

 神の嘆きを表すかのように、淡く放たれ続けている光の帯が揺れている。

「貴方は……いつも快く引き受けてくれました……私の元に一度還ることで、皆が救われるのならと……」

 苦しそうな、悔しそうな声だった。本当に私達と同じ生き物ではないかと錯覚してしまいそうな。

「……では、もしや、もうすでに……ヨミは幾度となく犠牲になっておるのか? わしらの為に?」

 尋ねるサタン様の声は今にも消え入りそうで、震える身体は小さく見えて。そのお顔にも、いつもの朗らかな明るさはない。一瞬の間に年を取ってしまわれたかのように憔悴しきっておられた。

「はい。最近は、此方へ落ちてくる魂の数も増えていますから、余計に……ですから、貴方達の心に負担をかけぬよう、ヨミを連れて行ってしまう度に記憶を消していたのです。ヨミに関する記憶のみを」

「わしでは……駄目なのか? わしを代わりに魔力の糧にすればよかろう!?」

「この問答も……何度目、いえ……幾星霜に渡り、繰り返したことか……」

 またしても神はどこか遠い目をしていた。その耳心地の良い声に、吐く息に、虚しさを滲ませた。

「サタン、貴方には別の役割があるのです。ヨミが私の魔力の糧になれることとは別に、貴方だけの」

「……違うというのか? 同じ……貴方の心臓から生まれてきたというのにか?」

「……はい。貴方の役割は、私の代わりに皆へと加護を与え続けること。貴方が生きているから、一人一人が違う命として生き続けることが出来ているのです」

「では、万が一にもサタン様が亡くなられてしまったら……」

 バアル様の問いかけに神は瞳を伏せた。そして、断言した。

「皆……生きることが出来ません。私が魔力を宿す前の肉塊へと成り果ててしまうでしょう。そのように悲しい万が一は、私が断じて許しはしませんが」

 サタン様を見つめる神の瞳には、確固たる決意が宿っていた。それこそ、背筋が慄くほどに。

「故に、貴方は皆の為に生き続けなくてはならないのです。私のせいで、貴方は覚えてはいないでしょう。ですが、貴方は私の心臓から生まれた時より、一度たりとも死んではいないのですよ」

「そんな……わしは、わしでは……ヨミを……」

 光へと向かって伸ばしていたサタン様の大きな手が、何も掴むことなく下ろされていく。青い絨毯の上に力なく膝を折ったサタン様に、ヨミ様が静かに寄り添っていた。
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