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とある秘書はこの期に及んで理解した

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 神の言葉にアオイ様は初めて動揺を見せ、バアル様は更に警戒を強めた。

「……俺の、生命力を……ですか?」

「はい。貴方の残している生命力を全て、私に譲って頂きたいのです」

 聞き間違いではなかった。確かにアオイ様も、神の口からも発せられたのだ。この国では有り得ない単語が。

 生命力とは、現世の生き物ならば必ずその身に宿しているという力。魂の器である肉体が生きていく為に必要な力。細かな違いはあれど、要は私達でいう魔力にあたる。

 ただし、生命力はその者が亡くなった時、器と共に失われる筈。アオイ様は私達の間違いで命を落とし、現世から此方へと落ちてきてしまわれたのだ。もう亡くなっている彼が生命力を持っている筈が。

 ……いや、まさか。

 アオイ様はイレギュラーな存在だ。罪に穢れた人間が地獄へと落ちてくる時、魂だけになるのが普通。けれども、彼は現世で生きていた時と同じ器を維持したまま落ちてきたのだ。

 ……ならば、もしや生命力も?

 私が深い思考に沈んでいる間にも、話は進んでいってしまう。

「貴方の推測通り……私は今、危機に瀕しております。長い年月の間に私の魔力は衰えてしまった。対応することが難しくなってきているのです。現世が、人の子が栄えていくにつれ、増え続けていく罪に」

 神は憂いを帯びた声で呟く「本来ならば、喜ぶべき事柄なのですが」と「私の力が及ばぬばかりに」と。緩やかな微笑みが自嘲気味な笑みへと変わっていく。

「なんと情けのない神だと罵ってくれて構いません……事実、私は愛する子達すら、万全に守れてはいないのですから」

「そんなことっ、ありません……」

 すぐさま否定したアオイ様に、神は驚いたらしかった。

「俺はまだ、この国に来てから長くはありません。訪れた場所も少ないです。でも、皆さん笑ってました。スゴく優しくて、親切にしてくれました」

 ただぼんやりとアオイ様を見つめている。アオイ様の言葉に耳を傾けている。この世のものとは思えない美しい瞳に温かい光が宿っていく。

「この国のことが、ここに生きてる皆さんのことが、素敵だと思いました。だから、そんなことないです。完璧じゃなくても、確かに守れていると思います。皆さんの笑顔を、幸せを」

 ふと私は、御伽噺の一節を思い出していた。

『神にも心はございます。たとえ神であられても、喜び、悲しみ、時には怒るのです。そして、寂しさを感じてしまう時も』

 初めて神はキレイな笑みを崩していた。

 何かを堪えるように瞳を細め、歪めた唇を震わせている。初めて見る血の通った表情だった。確かに、神にも心はあるようだった。

「ご、ごめんなさい……神様相手に、偉そうに……」

「謝らないで下さい。とても嬉しかったのですから」

 細い眉を顰めてアオイ様は俯かれた。

 二、三回、呼吸を整えるかのように深呼吸をされてから、神を見上げた。その表情は何か迷いを振り切ったかのように、凛としていた。

「あの……俺の生命力があれば、これからも、この国を……バアルさん達を守っていけますか?」

 私は息を呑んだ。心臓が凍りつきそうだった。

 この期に及んで、ようやく私は理解したのだ。バアル様が何を恐れていたのかを。
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