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今の今まで気付けなかったなんて
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触り心地は柔らかなのに、起き上がろうとした俺をベッドへと引き戻し、いとも簡単にねじ伏せた強靭な鎖。レタリーさん曰く、いくつもの術が施されているというソレはあっさりと砕け散った。
レタリーさんが長い鎖の一部を握り締めただけ。鎖を掴む彼の手が淡い光を帯びたかと思えば、硝子が割れるような甲高い音と共に、粉々になってしまったのだ。
手が光っていたってことは、おそらく魔力を込めたんだろう。だけど、ほんの一瞬の内に全ての鎖を砕いてしまうなんて。
術で作られていたからだろうか。シーツの上や、ジャケットの袖にズボン、至るところに散らばり落ちた欠片が消えていく。もともと存在していなかったかのように、ひんやりとした空気に溶けていくように、跡形もなく。
目まぐるしく進んでいく事態に、俺はついていけずにいた。呆然と滑らかなシーツに頬を寄せたままになっていた。
俺の前に、おずおずと手が差し出される。
「……大丈夫ですか? 起き上がれますか?」
少し震えた声色にも、表情にも、心配の色が滲んでいる。今、俺の前に居る彼は、間違いなく俺の知っているレタリーさんだった。
「ありがとうございます」
手と手が触れ合った瞬間、八の字に下がっていた眉がビクリと上がった。どうやら彼は驚いたらしかった。自分から、俺に向かって手を差し伸べてきたにも関わらず。
そして、何故か心を痛めているらしかった。大きく目を見開いた彼の表情が、瞬く間にくしゃりと歪んでいったのだ。
今にも泣きそうな顔をしながらも、彼は俺を軽々と抱き起こし、丁重にベッドの縁へと座らせてくれた。
「……ありがとう、ございます」
「……いえ、明かりをつけましょうか」
お願いしますと俺が頼む間もなく、室内に明かりが灯っていく。
暗闇に慣れていたせいだろう。温かみのある淡い明かりだったけれども、目元に直接光を当てられたかのように眩しく感じた。
瞬きを繰り返す内に、ようやく部屋の全容を視認することが出来た。
天井に吊るされた青いシャンデリアが照らす室内。そこは、俺とバアルさんの部屋だった。
ベッドサイドに置かれたドーム型のガラスケースの中には、緑に光るバラとオレンジのヒマワリ。俺とバアルさんが贈り合った魔力の花が、寄り添い合うように咲き誇っている。
日頃バアルさんとまったり過ごしたり、皆さんとお茶会をしたりする広いテーブル。銀の装飾が施されたそれを囲むソファー。一人用のソファーにはヨミ様お手製のぬいぐるみ、白銀の狼と金色のライオンがちょこんと座っている。
窓辺にある横長のチェストの上に並ぶ、いくつもの花瓶には色とりどりの現世の花。グリムさんとクロウさんが毎朝届けてくれる花が、整然とした室内に彩りを添えている。
壁際に仲良く二つ並んだ飾棚。俺専用の一つには今まで集めたバアルさんグッズ。隣にはバアルさんのコレクション。俺を模したぬいぐるみやガラスの彫像、ヨミ様やサタン様の彫像が丁寧に飾られている。
棚の上にいくつも並んだ写真立ての中で、俺とバアルさんが笑っている。
水晶の花々に囲まれながら手を繋いでいたり、お揃いの吸血鬼の衣装を着てポーズを決めていたり、互いにエプロンを身に着けてパウンドケーキを食べさせ合っていたり。
俺達だけじゃない。俺達と一緒に皆さんも笑っている。
ヨミ様とサタン様、グリムさんとクロウさん、レタリーさん、レダさん、スヴェンさん。親衛隊のシアンさん達に兵士さんやお城の皆さん。
皆、眩しいくらいに。
あちこちにあふれている。バアルさんとの、皆さんとの思い出が。そんな温かい場所に居たのに。住み慣れていたハズの部屋に、今の今まで気付けなかったなんて。
呆然と室内を眺めていると衣が擦れるような音がした。
レタリーさんだった。彼は絨毯に覆われた床へと跪き、俺に頭を垂れていた。
レタリーさんが長い鎖の一部を握り締めただけ。鎖を掴む彼の手が淡い光を帯びたかと思えば、硝子が割れるような甲高い音と共に、粉々になってしまったのだ。
手が光っていたってことは、おそらく魔力を込めたんだろう。だけど、ほんの一瞬の内に全ての鎖を砕いてしまうなんて。
術で作られていたからだろうか。シーツの上や、ジャケットの袖にズボン、至るところに散らばり落ちた欠片が消えていく。もともと存在していなかったかのように、ひんやりとした空気に溶けていくように、跡形もなく。
目まぐるしく進んでいく事態に、俺はついていけずにいた。呆然と滑らかなシーツに頬を寄せたままになっていた。
俺の前に、おずおずと手が差し出される。
「……大丈夫ですか? 起き上がれますか?」
少し震えた声色にも、表情にも、心配の色が滲んでいる。今、俺の前に居る彼は、間違いなく俺の知っているレタリーさんだった。
「ありがとうございます」
手と手が触れ合った瞬間、八の字に下がっていた眉がビクリと上がった。どうやら彼は驚いたらしかった。自分から、俺に向かって手を差し伸べてきたにも関わらず。
そして、何故か心を痛めているらしかった。大きく目を見開いた彼の表情が、瞬く間にくしゃりと歪んでいったのだ。
今にも泣きそうな顔をしながらも、彼は俺を軽々と抱き起こし、丁重にベッドの縁へと座らせてくれた。
「……ありがとう、ございます」
「……いえ、明かりをつけましょうか」
お願いしますと俺が頼む間もなく、室内に明かりが灯っていく。
暗闇に慣れていたせいだろう。温かみのある淡い明かりだったけれども、目元に直接光を当てられたかのように眩しく感じた。
瞬きを繰り返す内に、ようやく部屋の全容を視認することが出来た。
天井に吊るされた青いシャンデリアが照らす室内。そこは、俺とバアルさんの部屋だった。
ベッドサイドに置かれたドーム型のガラスケースの中には、緑に光るバラとオレンジのヒマワリ。俺とバアルさんが贈り合った魔力の花が、寄り添い合うように咲き誇っている。
日頃バアルさんとまったり過ごしたり、皆さんとお茶会をしたりする広いテーブル。銀の装飾が施されたそれを囲むソファー。一人用のソファーにはヨミ様お手製のぬいぐるみ、白銀の狼と金色のライオンがちょこんと座っている。
窓辺にある横長のチェストの上に並ぶ、いくつもの花瓶には色とりどりの現世の花。グリムさんとクロウさんが毎朝届けてくれる花が、整然とした室内に彩りを添えている。
壁際に仲良く二つ並んだ飾棚。俺専用の一つには今まで集めたバアルさんグッズ。隣にはバアルさんのコレクション。俺を模したぬいぐるみやガラスの彫像、ヨミ様やサタン様の彫像が丁寧に飾られている。
棚の上にいくつも並んだ写真立ての中で、俺とバアルさんが笑っている。
水晶の花々に囲まれながら手を繋いでいたり、お揃いの吸血鬼の衣装を着てポーズを決めていたり、互いにエプロンを身に着けてパウンドケーキを食べさせ合っていたり。
俺達だけじゃない。俺達と一緒に皆さんも笑っている。
ヨミ様とサタン様、グリムさんとクロウさん、レタリーさん、レダさん、スヴェンさん。親衛隊のシアンさん達に兵士さんやお城の皆さん。
皆、眩しいくらいに。
あちこちにあふれている。バアルさんとの、皆さんとの思い出が。そんな温かい場所に居たのに。住み慣れていたハズの部屋に、今の今まで気付けなかったなんて。
呆然と室内を眺めていると衣が擦れるような音がした。
レタリーさんだった。彼は絨毯に覆われた床へと跪き、俺に頭を垂れていた。
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