間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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ええ、だって邪魔でしょう?

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 レタリーさんは、目を閉じて熟考しているようだった。黒い闇の中で見えていた唯一の色、微笑む黄緑色の眼差しが今は見えない。

 秒針が時を刻むように俺の鼓動が頭の中で響き続けている。徐々に不安が募っていく。

 やはり、何か強力な術でもかけられているのだろうか。だったら、俺がいくら頼んでも今のレタリーさんにはどうすることも。そもそも、俺に利用価値なんて。

「……バアル様は、ご無事です」

 唐突に沈黙を破ったレタリーさん。彼の言葉に胸が軽くなっていく。俯きかけていた気持ちが前を向き始める。

 現状は、何も変わっていやしない。けれども、目の前が明るく色づいていくような気がしたんだ。

「っ……ほ、ホントに? 怪我とかは」

「何も、掠り傷一つもなさってはおりません」

「良かった……」

「そもそも、貴方様だけですので。このように拘束されているのは」

「……え?」

 聞く間もなく明かされた、皆さんの無事。安堵はすれど、手放しでは喜べない。何故なら、最大の疑問がまだ解決してはいないのだから。

 レタリーさんの表情からは、取ってつけたような微笑みは消えていた。感情の読み取れない無機質な眼差しで俺を見つめている。

「取り敢えず……コレ、外しましょうか」

「え?」

 コレ、とは?

 外すものといえば、現状一つしかない。だが、有り得ないと決めつけているせいだろう。結びつかなかったのだ。

 彼にも俺の困惑が伝わったんだろう。ゆったりと俺が目で追えるように指先を動かし、指し示してくれた。

 コレとは、やはり俺をベッドに縛りつけている鎖のことだった。
 
「外すって……この鎖を、ですか? ……外して、くれるんですか?」

 思わず俺は聞き返していた。だって、意図が分からない。外すメリットも。

「はい、左様でございます」

 レタリーさんは小さく頷いた。

 伸ばしていた背筋を曲げ、膝を折り、ベッドの側に、俺の前に跪く。俺の両手足に巻かれている鎖へと手を伸ばし、静かに持ち上げた。

「此方は、数種類の術を施した特別製でございます。ですので、今のアオイ様が御自身の御力で外すのは、恐らく不可能かと」

 わざわざ説明まで。不思議な物質だとは思っていたけれど、術によるものだったとは。

 鎖に対しての疑問は解けた。けれども、それ以外はサッパリだ。むしろ余計に深まってしまった。

 だったら尚更外さない方がいいじゃないか。このまま放っておけば、鎖で俺を縛った見知らぬ誰かの望み通り逃げられないんだから。ずっとベッドの上で転がってることしか出来ないんだからさ。

「……いいんですか?」

 聞かねばいいものを、そのまま外してもらえばいいものを俺は尋ねてしまっていた。

 レタリーさんもまさか聞き返されるとは思わなかったんだろう。きょとんと瞳を瞬かせている。なんなら、少し笑っていそう。クスリと吹き出す音が聞こえてきたような。

 軽く咳払いするような音がして、彼は当然だと言いたげに俺に尋ねてくる。

「ええ、だって邪魔でしょう?」

 そりゃあ、邪魔だ。

 傷つけないような術も施されているのか、縛られていても痛くはない。だけど鎖の力によって、身体を起こすことすら難しいのだ。

 しかも、さっき飛び起きようとしたせいで、変な体勢のまま固定されてしまっているんだ。シーツに右頬と胸元をくっつけ、四つん這いのまま腰だけ高く上げたような。

 せめて、最初の仰向けに寝かされていた体勢に戻りたい。ってゆーか普通に座りたい。座らせて欲しい。逃げないから。

「……はい、まぁ……取り敢えず、座りたいですね……」

「でしょう? では、お外し致しますね」

 頷くレタリーさんは、少しだけいつもの調子に戻っているように感じた。タレ目の瞳にも、整った顔にも、薄っすらとだが感情が滲み出てきている気がしたのだ。

「もう少しだけ、その体勢のままお待ち下さい。無闇に動かれてしまうと万が一がございます。バアル様の大事な奥方様のお肌に傷をつけかねません故」

 それから口調も。意識的に気持ちを殺していたような、平坦としたものではなくなっていた。

「まぁ、私が、みすみすそのような愚行を犯すことなど有り得ませんが」

 どこか得意気な声色で、俺の自由を奪っている鎖を握り締めて微笑んだ。
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