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気がついた時には、私の方が

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 いつからだろうか、立場が逆になってしまっていたのは。

 彼との、アオイとの日々は全て、私の胸の内で色鮮やかに輝いている。あの日のことだって。

『側に、居てくれるって……言ってたじゃ、ないですか……』

 そう、消え入りそうな震えた声で、私に縋ってくれたことだって。目を覚ました時に私の姿が見えなかったせいで、彼を泣かせてしまったことだって、鮮明に覚えているのに。

 何故だろう、遠くの出来事に感じてしまう。

 理由は明確だ。今の彼は、少し私の姿が見えないだけで不安に震えたり、涙したりはしないからだ。

 当然心配して、探してはくれるだろう。だが、あの日とは違ってちゃんと浴室にいる私を見つけ「ああ、良かった。ここに居たんですね」と可愛らしい笑顔を見せてくれる筈だ。

 むしろ、今では私の方が不安に震えてしまうだろう。もし、目が覚めた時に彼の姿が見えなければ、年甲斐もなく声を荒げ、みっともなく狼狽えてしまうだろう。

 もう私は、アオイなしでは生きていけないのだから。彼が私の側に居てくれない日々など、微笑みかけてくれない日々など、考えられないのだから。


「もう、充電が切れてしまったのか?」


 深い思考の海に沈みかけていた私に、通りの良い声が尋ねてきた。

「……ヨミ様」

 声の正体は、我らが主だった。鏡の前に佇んでいた私の隣で細い首を傾け、此方を窺うように心配そうに真っ赤な瞳を細めていらっしゃる。

 御身の側には、私が今日袖を通す予定の衣装が、御身から頂いた衣装が宙に浮かんでいた。アオイと揃いの儀礼服。私の身の丈に合うようあつらえられた白いジャケットとズボンに、青いマントが添えられている。

「アオイ殿からのキスは、効果覿面だと思っておったがな。いまだかつて見たことのない抵抗をしていたそなたが、自分からアオイ殿の側を離れたくらいであるし」

 しなやかな指先で、御自身の頬にかかってしまっていた黒髪を払い「名残惜しい素振りも見せぬどころか、終始笑顔であったし」と続けられる。

 どうやら虚勢を見抜かれてはいなかったらしい。であれば、アオイも安心してご自身の準備に努めていることだろう。

 確かに嬉しかった。心が震えるほどに。

 リハーサルですら、私から誓いのキスをさせて頂いた時ですら、アオイは華奢な身体を震わせ、可愛らしい顔を真っ赤に染めていた。だというのに、先程はアオイからしてくれたのだ。ただ、私の寂しさを拭ってくれる為だけに。
 
 ならば、此方も応えなければ無作法というもの。故に、いつも通りに振る舞った。

 だが、しかし……ソレはソレ、コレはコレというものだ。

 私の視界の何処にも愛らしい笑顔がない。どれだけ耳をそばだてても心癒される声が聞こえない。柔らかく落ち着く温もりに触れることも叶わない。寂しくない訳がないのだ。

「まぁ、今此処におるのはわしらだけじゃ。寂しい気持ちのままでも着替えは出来るじゃろうて」

 私の背を宥めるように撫でて下さりながら、サタン様が微笑みかけて下さる。

 感謝の言葉を伝えなければ、礼を尽くさなければ、そう思うものの言葉が出ない。身体も動かない。

 ……動かす気になれない。何故だろう。

「貴殿の気持ちは分かるがな」

 私の状態を見かねたのか、ヨミ様まで気遣うように私の肩を撫でて下さった。

「いくらアオイ殿が我が国の一員になるとはいえ、貴殿と魂の契約を結ぶとはいえ、器が人間であることに変わりはない。私達とは違い、アオイ殿が脆く、儚い存在であることにはな」

 そうなのだ。魂は、私と、この世界と繋がりを持つことになる。であるから、アオイが現世の時間に縛られることはなくなる。私と同じ時間を歩むことが出来るようになるのだ。

 しかし、器が、身体が生まれ変わる訳ではない。これからもアオイは普通の人間のように、私には思いもよらない些細なことで怪我をし、あるいは病に倒れてしまう恐れがあるのだ。

 果たして、自然治癒の術がどこまで通用するのだろう。私の術だけで、この先アオイを守っていけるのか……

「であるからこそ私達が、夫であるそなたが、しっかり守ってやらねばな!」

 通りの良い声が、吹き飛ばしていく。

 いとも容易く私の抱いた恐れを、不安を。そうして、代わりに元気をくれるのだ。大丈夫なのだと、そう信じることが出来る、勇気をくれるのだ。

「うむ、少しは元気になったか? では、もっと元気になるおまじないをくれてやろう!」

 ただ見つめるだけだった私に、ヨミ様は嬉しそうに美しい顔を綻ばせた。大きな羽をはためかせ、黒い投影石を取り出した。

『どう、ですかね……バアルさんに褒めてもらえますかね?』

 ヨミ様の手のひらで淡く光った石から発せられたのは、焦がれて仕方がない彼の声。

「アオイ様?」
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