間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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賑やかなざわめきが聞こえても、いくつもの視線が注がれても

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 俺が引き止めるとは思わなかったんだろう。サタン様もヨミ様も、バアルさんですら驚いた顔をしている。

 全身の温度が、一気に顔へと集まっている気がする。スゴく熱い。でも、今更止まれない。俺は俯きそうだった自分に喝を入れ、サタン様とヨミ様を見つめた。

「……ちょっとだけ、待ってくれませんか?」

 サタン様がヨミ様に何やら目配せをする。ヨミ様が小さく頷いたのを確認してから、俺に向かって微笑んだ。

「うむ、ちょっとだけ……だからの?」

「ありがとうございます」

 許可をもらえて、肩の力がホッと抜けた。俺が三人の元へ歩み寄った時、バアルさんがゆっくりと俺の元へと下ろされた。

「アオイ様……」

 バアルさんは複雑な顔をしていた。

 嬉しさと気恥ずかしさ、それから反省の色も混じったような。そのせいか、濃くなってしまっていた。高い鼻筋や渋い目尻のシワを際立たせている影が、くっきりと。

 今日は大豊作だな。先程のネコちゃんなバアルさんといい、また彼の見たことのない一面が見られるなんて。

 気分が高揚しているからか、自然と俺は彼の手を取りお願いしていた。

「バアルさん、ちょっと屈んでくれませんか?」

「? はい……これで宜しいでしょう、か」

 逞しい背を曲げ、膝を軽く折り、近づいてきてくれたバアルさん。彼のしっとりとした頬を包み込むように両の手を添え、口づける。

 形のいい唇と触れ合った瞬間、賑やかなざわめきが聞こえたけれど、いくつもの視線が注がれていくのを感じたけれど、気にならなかった。

 そんな場合じゃなかった。嬉しくて仕方がなかったんだ。

 沈んでいた緑の瞳が、途端に鮮やかな煌めきを取り戻したんだから。色をなくしていた頬が、見る見る内に赤く染まっていったんだから。

 バアルさんの表情が、喜びで一色になったんだから。

「……終わったら、またしてあげます。だから、あの服を着こなすカッコいいバアルさんを、俺に見せて下さい」

「っ……」

 息を飲む音が聞こえて、すぐだった。バアルさんが素早く背筋を伸ばし、胸に手を当て、お手本のように美しいお辞儀を披露する。

 触覚を弾ませ、水晶のように透き通った羽をはためかせながら、俺の手を恭しく握った。

「畏まりました。愛しい貴方様の願い、このバアル全身全霊をかけ、必ずや叶えて見せます」

 歌うように言葉を紡ぎ、流れるような動作で手の甲にキスを送ってくれる。

 もう、本調子だ。気がつけば、彼のペースになってしまっている。その言動に、柔らかい微笑みに、心を擽られてしまう。

「た、楽しみにしてますね……あと、俺も……その……」

「ええ。勿論、楽しみにしておりますよ。アオイ様のカッコよくて可愛らしい晴れ姿を、この目で拝見出来るのを」

「ありがとう、ございます……」

 もう一度、頬にキスを送ってくれてから、バアルさんはサタン様とヨミ様の後ろに控えるように歩きながら、俺の控室を後にした。その足取りは軽やかで、まるでダンスのステップを踏んでいるみたいだった。

「いやぁ……なんつーか、色々とレアなものが見れましたね」

「やっぱりバアル様も、アオイ様のことが大好きなんですね!」

 固まってしまっていた俺にクロウさんが声をかけてくれる。続けてグリムさんが満面の笑みを見せてくれる。コルテも楽しそうにキラキラ輝きながら、俺の周囲を飛び回っていた。

 嬉しいやら、照れくさいやら。笑みを返すことしか出来なくなっている俺に「では、早速お召し替えしましょう! このレタリーにお任せ下さい!」と黄緑色の尾羽根を揺らしながら、レタリーさんがお辞儀をした。
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