495 / 1,047
一方は後ろ髪を引かれ、もう一方は最後の最後まで足掻いて
しおりを挟む
お二人が泣いていた理由は、すぐに分かった。
「っ……バアル様、私……全身全霊を傾けて、アオイ様の……お召し替えとヘアメイクを、させて頂きます……っ……必ずや、大事な奥方様の魅力を……最大限に引き出してみせますとも……」
ハンカチーフの色が変わるまで黄緑色の瞳を潤ませながら、バアルさんに宣言したレタリーさん。褐色の頬を濡らし、黄緑色の尾羽根を力なく下げながらも、その身に纏う執事服に見合う洗練されたお辞儀を披露した。
「バアル様っ……僕達が、側に居ますから……バアル様の代わりには、絶対になれないけど……アオイ様のお側に居ますから……どうか、安心して着替えて下さい……」
続いてクロウさんの手を引きながら、俺達の前へと歩み出たグリムさん。小柄な身体を震わせながら、薄紫の睫毛を震わせながらも、真っ直ぐな瞳を向けてくれる。
グリムさんの頭を撫でながら、クロウさんが気恥ずかしそうに瞳を細めた。
「あー……支度部屋は隣同士ですから、何かあったらすぐに連絡しますね」
そう、二人は呑まれてしまっていたのだ。俺と一緒でバアルさんの雰囲気に、彼が纏う寂し気で儚いオーラに流されてしまっていたのだ。
もう当分、バアルさんとは会えなくなってしまうような気分になっていたのだ。実際は、別々の支度部屋で着替えとヘアメイクをするってだけなのにさ。
そして、いまだに呑み込まれたままらしかった。
「ありがとうございます……どうか、私の妻を宜しくお願い致します」
「っ……お任せ下さい!」
「……はいっ!」
なんせ、俺の肩を抱き寄せながら会釈したバアルさんに、涙ぐみながら答えていらっしゃるからな。
俺の方へも向けられた黄緑と薄紫の眼差し。並々ならぬ熱意のこもった視線に、余計に顔が熱くなってしまう。お二人の気持ちはスゴく嬉しいんだけどさ。
「コルテも、宜しくお願いしますね……」
いつの間にか俺達の前に、宙に浮かんでいた緑に輝く粒。バアルさんの忠実なる従者である小さな小さなハエ。コルテがメタリックな光沢を帯びた緑色の身体を煌めかせ、硝子細工のように綺麗で透明な羽をぴるぴるはためかせている。
俺達の前でくるくると飛び、小さな身体から発する光の軌跡で、宙に大きな丸を描いていく。気合い十分なご様子だ。
さて、皆さんへのご挨拶? も済んだことだし、俺も準備にかからないとな。まあ、ほとんど椅子に座ってるだけになっちゃうんだろうけどさ。
因みに俺の控室はここだ。
控室って名前にしては、十分な広さがある。俺がヘアメイクをしてもらうであろう、大きな鏡台の存在感が霞んでしまうくらい。更には、皆さんとお茶会が出来そうなソファーやテーブルもある。多分、お隣のバアルさんの控室も似たような作りなんだろう。
ふと見上げた途端にかち合う眼差し。はたと見開いた緑の瞳が、ゆるりと微笑みかけてくれる。
……せっかくだし、扉の近くまでお見送りしようかな。
後ろ髪を引かれるような考えが浮かんだのは、まだ先程の空気を引きずっているからだろうか。
「あの、バアルさん……」
「では、アオイ様……今一度、御身を」
俺が口を開いたのと同時だった彼のお願い。何度目かのそれが遮られ、更には引き離されることになる。
「すまない、バアル……召し替え終えたら、時間いっぱいまでアオイ殿と戯れ合って良いからな……」
眉間にシワを寄せ、泣く泣く告げたヨミ様の号令によって。
「父上、頼みます!」
「うむっ! すまんの、バアル。ちょいと失礼するぞ」
お腹の中心まで響くような重低音、サタン様の元気なお返事が聞こえたかと思えば、バアルさんが浮いていた。
「っ……バアル様、私……全身全霊を傾けて、アオイ様の……お召し替えとヘアメイクを、させて頂きます……っ……必ずや、大事な奥方様の魅力を……最大限に引き出してみせますとも……」
ハンカチーフの色が変わるまで黄緑色の瞳を潤ませながら、バアルさんに宣言したレタリーさん。褐色の頬を濡らし、黄緑色の尾羽根を力なく下げながらも、その身に纏う執事服に見合う洗練されたお辞儀を披露した。
「バアル様っ……僕達が、側に居ますから……バアル様の代わりには、絶対になれないけど……アオイ様のお側に居ますから……どうか、安心して着替えて下さい……」
続いてクロウさんの手を引きながら、俺達の前へと歩み出たグリムさん。小柄な身体を震わせながら、薄紫の睫毛を震わせながらも、真っ直ぐな瞳を向けてくれる。
グリムさんの頭を撫でながら、クロウさんが気恥ずかしそうに瞳を細めた。
「あー……支度部屋は隣同士ですから、何かあったらすぐに連絡しますね」
そう、二人は呑まれてしまっていたのだ。俺と一緒でバアルさんの雰囲気に、彼が纏う寂し気で儚いオーラに流されてしまっていたのだ。
もう当分、バアルさんとは会えなくなってしまうような気分になっていたのだ。実際は、別々の支度部屋で着替えとヘアメイクをするってだけなのにさ。
そして、いまだに呑み込まれたままらしかった。
「ありがとうございます……どうか、私の妻を宜しくお願い致します」
「っ……お任せ下さい!」
「……はいっ!」
なんせ、俺の肩を抱き寄せながら会釈したバアルさんに、涙ぐみながら答えていらっしゃるからな。
俺の方へも向けられた黄緑と薄紫の眼差し。並々ならぬ熱意のこもった視線に、余計に顔が熱くなってしまう。お二人の気持ちはスゴく嬉しいんだけどさ。
「コルテも、宜しくお願いしますね……」
いつの間にか俺達の前に、宙に浮かんでいた緑に輝く粒。バアルさんの忠実なる従者である小さな小さなハエ。コルテがメタリックな光沢を帯びた緑色の身体を煌めかせ、硝子細工のように綺麗で透明な羽をぴるぴるはためかせている。
俺達の前でくるくると飛び、小さな身体から発する光の軌跡で、宙に大きな丸を描いていく。気合い十分なご様子だ。
さて、皆さんへのご挨拶? も済んだことだし、俺も準備にかからないとな。まあ、ほとんど椅子に座ってるだけになっちゃうんだろうけどさ。
因みに俺の控室はここだ。
控室って名前にしては、十分な広さがある。俺がヘアメイクをしてもらうであろう、大きな鏡台の存在感が霞んでしまうくらい。更には、皆さんとお茶会が出来そうなソファーやテーブルもある。多分、お隣のバアルさんの控室も似たような作りなんだろう。
ふと見上げた途端にかち合う眼差し。はたと見開いた緑の瞳が、ゆるりと微笑みかけてくれる。
……せっかくだし、扉の近くまでお見送りしようかな。
後ろ髪を引かれるような考えが浮かんだのは、まだ先程の空気を引きずっているからだろうか。
「あの、バアルさん……」
「では、アオイ様……今一度、御身を」
俺が口を開いたのと同時だった彼のお願い。何度目かのそれが遮られ、更には引き離されることになる。
「すまない、バアル……召し替え終えたら、時間いっぱいまでアオイ殿と戯れ合って良いからな……」
眉間にシワを寄せ、泣く泣く告げたヨミ様の号令によって。
「父上、頼みます!」
「うむっ! すまんの、バアル。ちょいと失礼するぞ」
お腹の中心まで響くような重低音、サタン様の元気なお返事が聞こえたかと思えば、バアルさんが浮いていた。
52
お気に入りに追加
521
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる