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呑み込まれてしまっていた、あまりにも彼の表情が儚げだったから

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 淡いシャンデリアの明かりが、見守るように俺達を照らす。向き合う緑の瞳には、寂しそうな光が宿っていた。

 凛々しい眉は八の字に下がり、桜色の唇は色を無くす程に引き結ばれてしまっている。目尻や頬骨辺りに刻まれているカッコいいシワ、その本数や深さも増しているような。

 鼻筋の通ったお顔だけでもこの有り様。であれば、彼の感情を分かりやすく伝えてくれる、触覚と羽も例外ではない。

 白く艷やかな髪を、オールバックに決めた生え際から生えている二本。細く、長く、金属のような光沢を持ち、先がくるりと反った触覚は、見るからに元気をなくしてしまっている。折れてしまわないかと心配になるくらい、垂れ下がってしまっている。

 黒いスーツを卒なく着こなしている、鍛え抜かれた長身。その頼もしい背中を飾る半透明の羽も、その神秘的な美しさに陰りが生じていた。磨き上げられた硝子のごとき光沢は曇り、軽やかに空を舞えるハズの大きさも見る影もない。枯れる寸前の花のように縮んでしまっている。

 一向に離す気配のない手からも、決して晴れやかではない彼の心情が窺えた。俺の手を包み込むように握った両の手から、僅かな震えが伝わってくるのだ。

「えっと……バアルさん」

「アオイ様、どんな些細なことでも構いません……何か有ったら直ぐ様この老骨を、貴方様のバアルを呼んで下さいね……」

「う、うんっ、絶対に呼ぶよ。一番最初にバアルを呼ぶから」

 無意識の内に俺は口調を崩してしまっていた。

 俺の言葉を遮った低音が、あまりにも切ない響きを含んでいたから。祈るように見つめる眼差しが、あまりにも儚げだったから。つい二人っきりの時のように、応えてしまっていたんだ。

 そして、呑み込まれてしまっていた。

「ありがとうございます……では、お別れの前に、どうか最後にもう一つ御慈悲を……御身を抱き締めさせては頂けないでしょうか?」

「うんっ……俺も、ぎゅってして欲しい……」

 答えてすぐだった。

 寂しさで沈んだ彫りの深い顔に明るい笑顔が戻っていく。目尻のシワを深め、白い髭が素敵な口元を綻ばせながら、バアルさんが俺を抱き締めてくれる。

 触れ合う体温が、彼から香るハーブの匂いが、聞こえてくる心音が、俺に安らぎを与えてくれる。俺も、彼の頼もしい背に腕を回そうとした時だった。

「すまないっ、バアル、アオイ殿……そろそろ着替えてはくれないだろうか?」

 驚いた俺は思わず彼の胸元にしがみついてしまった。

 バアルさんもだろう。腰の辺りに優しく添えられていた彼の手が、びくりと震えたのだから。

 俺達を、二人だけの世界から引っ張り上げたのは酷く名残惜しそうな声。ヨミ様が、その老若男女問わず見惚れるであろう、美しいご尊顔を悲しそうに歪めながら、背中の黒い羽を大きく広げた。

「私も叶うことならば、貴殿らが戯れ合う姿を一生眺めていたい……だがしかし、時間が押しそうなのだ! このままでは、儀式に間に合わなくなってしまう! 超絶カッコ可愛い貴殿らの晴れ姿を、我が民達にお披露目出来なくなってしまうのだ!」

 しなやかな両腕を広げ、黒く艷やかな長髪を靡かせ「せっかく、この素晴らしい日の為に投影石を特注したというのに!」と熱弁を振るうお姿は、まるでドラマのワンシーンの様。実に王様らしい威厳に満ちあふれている。内容はアレだけど。

 っていうか、ホントに国中にお披露目するつもりだったんだな、俺達の儀式を。結婚式の様子は、以前に投影石を使って生中継するみたいなことを聞いていたけれど。

 まあ、王様の右腕であるバアルさんと、人間である俺との儀式だもんな。そりゃあ、盛大にお披露目もするか。

「まだ大丈夫じゃが……万が一に備え、時間に余裕を持って行動した方がいいからのう」

 どこか遠慮がちにそう付け加えたのは、ヨミ様の隣で佇んでいたサタン様だった。

 八頭身は余裕であるモデル体型なヨミ様と違って、縦にも横にも大きなサタン様。お相撲さんのようにガッシリとした身体をソワソワ揺らしながら、ご立派な顎髭を太い指で撫でている。

 現王様と元王様の側で、背筋を伸ばして控えていたのは秘書であるレタリーさん。柔らかい笑みを絶やさない彼は、何故かハンカチーフで目元を拭っていた。

 彼らのすぐ近くにいるグリムさんも、丸い薄紫の瞳に涙を浮かべている。今にも泣いてしまいそうな彼の頭を、クロウさんが困ったように笑いながら撫でていた。

 そう言えば、皆さんいらっしゃったんだっけ。うっかり、バアルさんしか見えなくなってしまっていたけれど。
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