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まぁ、言いますけど

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 小さな吐息を漏らし、目尻のシワを深めたバアルさん。彼の言動に、今更ながら胸に小さな針が刺さる。

「ごめんね、余計な心配かけちゃって……」

 萎んでいく声と一緒に、身体も縮こまっていってしまう。知らず知らずの内に、俺は俯いてしまっていた。あんなに映して欲しかった、緑の瞳から逃げるように。

「ただでさえ、俺の我が儘で起こしちゃったのに……もう、これからはしないように、俺」

 頑張って、我慢するから。

 そう彼に向かって表明しようとしていた矢先だった。

「どうか、お気になさらないで……寂しいことを仰らないで下さい」

 ひと回り大きな手が、俺の手を取り握り締めた。反射的に顔を上げた先には、切なそうに歪んだ彫りの深い顔があった。

「私めは常々願っています。どんな些細な憂いでも、他ならぬ私の手で拭って差し上げたいと。宜しいものも、宜しくないものも、貴方様と共に分かち合っていきたいのです」

 頬に触れてくれた手のひらが温かい。心の奥に染み込むように入ってくる言葉も。

 ただ、どちらも次に続いた一言の衝撃に比べたら、可愛いものだった。

「貴方様の夫として」

 聞える訳がないのに、音がした。自分の胸から、ときめく音が。

 ……ホントにこの人は、どれだけ俺の心を鷲掴んだら気が済むっていうんだ。

 イヤでも分かってしまう。自分の顔が今、とんでもなくだらしのないものになってしまっていることが。

「っ……くれ過ぎですよ……もう、とっくに俺の我が儘叶えてくれちゃったのに……嬉しいことまで、いっぱい言ってくれちゃって……」

「……おや、左様でございましたか。この老骨、全く気づいておりませんでした。貴方様の可愛らしい我が儘を叶えて差し上げられていたなどと」

 滅茶苦茶、気づいていそうだけど?

 とぼけたように、茶目っ気のある調子で話すバアルさん。白いお髭が素敵な口元は、悪戯っぽく微笑んでいる。

 ご機嫌そうに二本の触覚を揺らしながら、握っている俺の手を、指を絡めて繋ぎ直してくれた。

「因みに、アオイは私に何を求めて下さっていたのでしょうか?」

 意地悪だ。分かっているのに、言わせたいらしい。

「…………その、目が覚めたら……寂しくなっちゃって……」

 まぁ、言いますけど。

 そんな期待に満ちた瞳で見つめられちゃったら、全部白状しちゃいますけど。

「バアルの声、聞きたいなって……俺に微笑みかけて欲しいなって……頭を撫でて、キスして欲しいなって……我慢しようとは思って、うわっ」

 また、叶えてもらってしまっていた。

 勢いよく伸びてきた腕に抱き寄せられて、抱き締められていたんだ。かと思えば頭まで。大きな手から短めの髪をかき混ぜるように、撫でてもらえてしまった。

 胸の辺りが擽ったくて仕方がない。だって、彼の手つきがちょっぴり忙しないのだ。いつもだったらゆったりとしていて、大人の余裕を感じられるのにさ。

 それから鼓動も。一切ムダのない筋肉質な身体と密着しているお陰で、伝わってしまっているのだ。踊りまくっている俺の鼓動に重なるように、駆けている彼の心音が。

 嬉しくて、つい笑みがこぼれてしまう。バレたんだろう。手が止まってしまった。

 背に回されていた、腕の力も緩んでいく。柔らかい手のひらが頬に添えられ、持ち上げられて、ご対面した。

 透明感のある白い頬を染め、気恥ずかしそうに凛々しい眉を片方下げている彼と。

「ごめんね、嬉しくて」

「いえ、此方こそ……あふれる喜びを堪えきれず」

「…………ふふっ」

 続いて重なったのは、笑い声。思わず吹き出してしまったのと同時に、彼がクスクスと瞳を細めた。

「ねぇ、バアル」

「はい、アオイ」

「もう少しだけ、起きていてもいい?」

「構いませんよ」

 バアルさんは、すぐさま頷いてくれた。律儀に「失礼致します」と一言添えてから俺の頭を優しく持ち上げ、腕枕をしてくれる。

「でしたら、僭越ながらこの老骨めが、少し昔話を致しましょうか。私達の国の成り立ちに関するお話を」

「……バアルさん達の国の成り立ち、ですか?」

「ええ」

 興味津々で返した俺に、バアルさんが柔かく微笑んだ。背中を撫でてくれながら、ゆったりとした口調で語り始めた。
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