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絶対に、離してなんかやるもんか
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以前、彼は教えてくれた。生命力は魔力に変わるものなのだと、魔力を容易く超える強力な力なのだと。
だから、優秀な術士であるバアルさんには、魔力の流れも見えている彼には、見えているんだろう。
「そう……ですね……1……いえ、2%ほどでしょうか」
「え……全然、減ってないですね?」
射抜くように真っ直ぐに俺を見つめていた、鮮やかな緑の瞳が細められる。
「大丈夫ですよ。後、十数年もすれば、自然と失われていきますので」
「じゅっ……」
以前に、今しばらくって言ってたから、精々数ヶ月程度かと……ああ、そっか。違うんだ、感覚が。
俺よりも、遥かに長生きなバアルさん達にとっては、十数年が俺にとっての数ヶ月なんだ。
改めて感じた彼との、皆さんとの隔たり。超えようがない種族差という壁にぶつかって、心が軋んだ音を立てる。
「アオイ? いかがなさいましたか?」
バアルさんが俺を見つめている。バアルさんの笑顔が、また曇ってしまう。
「……バアルさん」
しっかり、しなくちゃ。
俺が出来ることをしないと、精一杯。大好きな彼の為に。
「俺、長生きしますね! 頑張って!!」
「はい?」
「健康に良いものいっぱい食べて、運動して……出来るだけ長く、バアルさんの側に居られるように頑張ります! 奥さんとして、ギリギリまでバアルさんのことを支え、おわっ」
今日は、よくバアルさんに抱きついてもらえるな。
温かい彼の腕の中で、そう思い浮かべられるくらいには、俺は落ち着きを取り戻せていた。彼と共に歩み続ける決意を強くしていたんだ。
「ありがとう、ございます……申し訳ございません……あふれる喜びを抑えられず……」
頭の上から降ってきた声は、少し滲んで、震えていた。抱き締め返した広い背中も。
その震えを少しでも収まらせたくて、安心してもらいたくて両手に力を込める。
絶対に、離れない。離してなんかやるもんか。いずれ彼よりもすぐに衰えてしまっても、この手の力がなくなるまでは。
「ですが……頑張らなければならないのは、私の方でございます。貴方様にカッコいいと仰って頂けるよう、身体を磨き続けなければ……」
「バアルさんは、ずっとカッコいいし、キレイですよ!」
咄嗟に顔を上げた先で、驚く緑の瞳とかち合う。
宝石よりも煌めく双眸があまりにも美しかったからだろうか。好きで好きで仕方がない彼が映ったからだろうか。
「それより俺の方が……あっという間に、おじいちゃんになっちゃ……」
視界が熱く、ボヤケてしまう。喉が締まって、震えて……
「なりませんよ」
「ふぇ?」
力強い断言に、思わず引っ込んでいった。今にもこぼれ落ちてしまいそうだったってのに。
口を半開きにしたまま固まる俺を、バアルさんが撫でてくれる。あやすみたいに、なだめるみたいに。背中を、頭を、そして頬を。
最後に、しっかり手を繋いでくれて微笑んだ。
「ああ、私との時間の違いを気にしておられたのですね……気づけずに、心細い思いをさせてしまい申し訳ございません」
ただただ俺は、彼を見つめるばかり。全く飲み込めていない俺の目元にキスをくれてから、彼が続ける。
「大丈夫ですよ、貴方様も明日には、私と魂の契約を交わすのですから。晴れて、この国の一員となられるのですから。私達と同じ時間を共に歩めるでしょう」
「ホント……ですか?」
立ちはだかり、俺に影を落としていた壁が音を立てて崩れていく。
目の前が、晴れ渡っていく気がした。
「ええ、元々この国に落ちた人間様の時間は、皆等しく止まってしまいます。ですが、貴方様は……私共の不手際で招いてしまったので……今はまだ、現世と同じ時間の流れを歩まれております」
バアルさんはそこで言葉を切り、静かに息を吸ってから続けた。重なり合った手のひらから、高鳴る鼓動が伝わってくる。
「ですが、貴方様は明日の儀式にて、我らが神の前で私との永遠を誓うのです。たとえ、この肉体が滅びようとも、決して離れることのない縁を結ぶのです」
心音が、一際大きく高鳴った。
「じゃあ、永遠に一緒にいられるって……ホントに? もし……万が一、ここで死んじゃっても、またバアルさんに出会えるってこと、ですか?」
今度は、込み上げてくる喜びで滲んでしまいそう。柔らかい微笑みが見えなくなってしまう。
でも、すぐに彼の指先が拭ってくれた。額が重なって、もっと彼と近くなれる。視界が、陽だまりみたいに優しい笑顔でいっぱいになる。
「ええ。ですから、ご心配なさらないで……これからは老いる時も一緒でございます。このバアル、永遠に貴方様のお側におります、貴方様だけを愛し続けます」
「バアル……」
せっかく拭ってくれたのに。
あふれてしまっていた。一度流れ始めると止まらなくて、止められなくて。応えたいのに、伝えたいのに、言葉が詰まってしまう。
「俺も……俺も、ずっと大好き……愛してる……ずっと……ずっと、バアルの側に、居るからっ……」
なんとか絞り出せた頃には、俺の顔はぐしゃぐしゃになってしまっていた。
絶対、カッコよくも可愛くもないハズだ。なのに、バアルさんは「誠に私の妻は、お可愛らしいですね」って微笑んで、抱き締めてくれたんだ。
だから、優秀な術士であるバアルさんには、魔力の流れも見えている彼には、見えているんだろう。
「そう……ですね……1……いえ、2%ほどでしょうか」
「え……全然、減ってないですね?」
射抜くように真っ直ぐに俺を見つめていた、鮮やかな緑の瞳が細められる。
「大丈夫ですよ。後、十数年もすれば、自然と失われていきますので」
「じゅっ……」
以前に、今しばらくって言ってたから、精々数ヶ月程度かと……ああ、そっか。違うんだ、感覚が。
俺よりも、遥かに長生きなバアルさん達にとっては、十数年が俺にとっての数ヶ月なんだ。
改めて感じた彼との、皆さんとの隔たり。超えようがない種族差という壁にぶつかって、心が軋んだ音を立てる。
「アオイ? いかがなさいましたか?」
バアルさんが俺を見つめている。バアルさんの笑顔が、また曇ってしまう。
「……バアルさん」
しっかり、しなくちゃ。
俺が出来ることをしないと、精一杯。大好きな彼の為に。
「俺、長生きしますね! 頑張って!!」
「はい?」
「健康に良いものいっぱい食べて、運動して……出来るだけ長く、バアルさんの側に居られるように頑張ります! 奥さんとして、ギリギリまでバアルさんのことを支え、おわっ」
今日は、よくバアルさんに抱きついてもらえるな。
温かい彼の腕の中で、そう思い浮かべられるくらいには、俺は落ち着きを取り戻せていた。彼と共に歩み続ける決意を強くしていたんだ。
「ありがとう、ございます……申し訳ございません……あふれる喜びを抑えられず……」
頭の上から降ってきた声は、少し滲んで、震えていた。抱き締め返した広い背中も。
その震えを少しでも収まらせたくて、安心してもらいたくて両手に力を込める。
絶対に、離れない。離してなんかやるもんか。いずれ彼よりもすぐに衰えてしまっても、この手の力がなくなるまでは。
「ですが……頑張らなければならないのは、私の方でございます。貴方様にカッコいいと仰って頂けるよう、身体を磨き続けなければ……」
「バアルさんは、ずっとカッコいいし、キレイですよ!」
咄嗟に顔を上げた先で、驚く緑の瞳とかち合う。
宝石よりも煌めく双眸があまりにも美しかったからだろうか。好きで好きで仕方がない彼が映ったからだろうか。
「それより俺の方が……あっという間に、おじいちゃんになっちゃ……」
視界が熱く、ボヤケてしまう。喉が締まって、震えて……
「なりませんよ」
「ふぇ?」
力強い断言に、思わず引っ込んでいった。今にもこぼれ落ちてしまいそうだったってのに。
口を半開きにしたまま固まる俺を、バアルさんが撫でてくれる。あやすみたいに、なだめるみたいに。背中を、頭を、そして頬を。
最後に、しっかり手を繋いでくれて微笑んだ。
「ああ、私との時間の違いを気にしておられたのですね……気づけずに、心細い思いをさせてしまい申し訳ございません」
ただただ俺は、彼を見つめるばかり。全く飲み込めていない俺の目元にキスをくれてから、彼が続ける。
「大丈夫ですよ、貴方様も明日には、私と魂の契約を交わすのですから。晴れて、この国の一員となられるのですから。私達と同じ時間を共に歩めるでしょう」
「ホント……ですか?」
立ちはだかり、俺に影を落としていた壁が音を立てて崩れていく。
目の前が、晴れ渡っていく気がした。
「ええ、元々この国に落ちた人間様の時間は、皆等しく止まってしまいます。ですが、貴方様は……私共の不手際で招いてしまったので……今はまだ、現世と同じ時間の流れを歩まれております」
バアルさんはそこで言葉を切り、静かに息を吸ってから続けた。重なり合った手のひらから、高鳴る鼓動が伝わってくる。
「ですが、貴方様は明日の儀式にて、我らが神の前で私との永遠を誓うのです。たとえ、この肉体が滅びようとも、決して離れることのない縁を結ぶのです」
心音が、一際大きく高鳴った。
「じゃあ、永遠に一緒にいられるって……ホントに? もし……万が一、ここで死んじゃっても、またバアルさんに出会えるってこと、ですか?」
今度は、込み上げてくる喜びで滲んでしまいそう。柔らかい微笑みが見えなくなってしまう。
でも、すぐに彼の指先が拭ってくれた。額が重なって、もっと彼と近くなれる。視界が、陽だまりみたいに優しい笑顔でいっぱいになる。
「ええ。ですから、ご心配なさらないで……これからは老いる時も一緒でございます。このバアル、永遠に貴方様のお側におります、貴方様だけを愛し続けます」
「バアル……」
せっかく拭ってくれたのに。
あふれてしまっていた。一度流れ始めると止まらなくて、止められなくて。応えたいのに、伝えたいのに、言葉が詰まってしまう。
「俺も……俺も、ずっと大好き……愛してる……ずっと……ずっと、バアルの側に、居るからっ……」
なんとか絞り出せた頃には、俺の顔はぐしゃぐしゃになってしまっていた。
絶対、カッコよくも可愛くもないハズだ。なのに、バアルさんは「誠に私の妻は、お可愛らしいですね」って微笑んで、抱き締めてくれたんだ。
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