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てっきり俺が原因だと、バアルさん好きもここまできたのかと

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 明日の本番に備えてだろう。

 バアルさんの手によっていつも以上に念入りに、頭の天辺から爪の先まで、しっとりふわふわの泡まみれ。両手足の指の間まで、隅々と磨いてもらってしまった。

 俺も頑張ったんだけど、やっぱり優しい瞳で見守られていると。カッコよく陰影のついたムダな筋肉のない身体を、ほんのり色づいた透明感のある素肌を前にしてしまうと、彼みたいに上手くは出来なかった。それどころか、良からぬことを。

 それでも彼は、花が咲くように口元を綻ばせ「ありがとうございます、大変心地良かったですよ」と喜んでくれたのだけれど。

 そして、今も上機嫌そうに触覚を揺らしながら、羽をはためかせながら、俺の肌に色んな種類のオイルやらクリームやらを塗り終えたところ。お風呂上がりのルーティンである、全身のスキンケアが終わったところだ。

「お疲れ様でした……いかがなさいましたか? アオイ」

 バアルさんの肉体美を思い出していたせいだ。彼が俺の手を離したのに、差し出したままになっていた。

 濡れタオルで手を拭きながら、バアルさんが不思議そうに見つめている。

「あ……いえ、えっと……」

 流石に、こればかりは素直に言う訳にはいかない。何か話題は……ああ、そうだ。

「……な、何だか、今日の夕御飯は、いつもとちょっと変わってましたね。スゴく美味しかったですけど」

 お昼もだったけれど、特に今晩は鮮やかなお野菜多めだった。

 赤と黄色のパプリカを薄く切って牛肉で巻いたのとか、かぼちゃとほうれん草のミニグラタンとか。それから、砕いたアーモンドが散りばめられたブロッコリーと豆腐のサラダとか。

 どれも美味しくて、お腹も大満足だったけど。

 サイドテーブルの上で行列を作っていた小瓶やら四角い容器やらが、バアルさんの術によって次々と煙のように消えていく。もとい、謎空間へとしまわれていく。

 全て、タオルも片付け終えたバアルさんは、白くてキレイな指をシャープな顎へ当てながら瞳を細めた。

「左様でございますね、少し前から変わってきてはおりましたが……本日は、特に肌に気を使って頂いたメニューでございました」

「肌に、ですか?」

「ええ、牛肉と豆腐のタンパク質、パプリカとブロッコリーに含まれるビタミンC、アーモンドとかぼちゃにはビタミンE。そして、ほうれん草の鉄分……どれも、美肌に効果があると言われている栄養素なのです」

 言われてみれば。

 最近、パプリカを使った料理が多かったな。欠かさずついているサラダにも、砕いたアーモンドっぽいナッツ類がたっぷりかかっていた。ほうれん草も、最近よく食べてたかも。成る程、それで。

「それで、バアルさんのキレイな肌が、いつも以上にスベスベだったんですね!」

 お背中を流させてもらっている間、あまりの触り心地の良さに、ずっと触れていたくて仕方がなかった。堪えるのが大変だった。

 てっきり俺が原因だと。バアルさん好きもここまできたのかと、どうしようもないなと、諦めかけていたんだが。

 スヴェンさん達の素晴らしい料理のお陰なら、仕方がないな! うん、仕方がない! 彼らの腕がピカいちなだけなんだから!!

「お褒め頂き、誠に嬉しく存じます」

 胸に手を当て会釈した彼が、さり気なく俺の腰に腕を回す。

 優しく抱き寄せられ、彼の胸元に寄りかかる形で引き締まった腕の中に閉じ込められた。俺達を乗せているベッドが少し、軋んだ音を立てる。

 温かい手のひらが、俺の頬に添えられた。

 ゆったりと撫でてくれるその手つきは、まるで肌の感触を楽しんでいるよう。

「貴方様のお肌も大変お美しいですよ。柔らかく、滑らかで、ずっと触れていたくなってしまう……」

 彼の穏やかな声色は、ひたすらに甘かった。思わず背筋が淡く疼いてしまう。瞬く間にゆるっゆるに緩んだ口から、間の抜けた音を漏らしてしまう。

「ひぇ……」

「初めてお会いした時から、貴方様は輝いておりました。ですが貴方様は、日々を重ねる度にカッコよく、かつお可愛らしく、より美しくなられて……」

「そ、そう言えば! 俺の生命力って、今、どのくらい減っているんですかね?」

 うっとりとした声が歌うように流暢に紡いでくれるもんだから、思わず話を切り替えてしまっていた。

 時間がある時にでも聞いてみようと、頭の片隅に置いていたとはいえ急過ぎる。

「生命力……で、ございますか?」

 彼は、一瞬瞳を丸くしたものの、すぐさま俺の話題に乗ってくれた。

 それどころか、心配で堪らないと言わんばかりに眉を下げ、俺の手を握ってくれた。

「何か、御身体に異変がございましたか?」

「いえ、そういう訳ではないんですけど……最近、ずっと気になっていて」

「左様でございましたか……」

 肩の力を抜き、頬を綻ばせるバアルさん。大好きな彼に余計な心配をかけてしまったことに、胸が痛んだ。

 察しのいい彼にとっては、そんな俺の気持ちもお見通しなんだろう。優しく頭を撫でてくれながら、微笑みかけてくれる。

「もし、何か違和感を感じた場合は、すぐに仰って下さいね。ほんの些細なことでも構いません。今のように、ただ気になったというだけでも……宜しいですね?」

「はい」

 頷く俺を見て、緑の瞳が微笑んだ。その鮮やかな煌めきは、深い慈愛に満ちていた。
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