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★ 期待していたけれど、分かっていたけれど

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 初めてではない。けれども慣れないものだ。何度やっても、こういうものは。

 熱のこもった眼差しに見守られながら、男として大事な場所を自らの手で暴いていく。

 ボタンを外してジッパーを下ろす。ただそれだけ、至極単純な動作だ。なのに、手が震えてしまう。指先が上手く動かない。

 ……見られてるってだけじゃないよな。

 今更ながら自覚した違和感。穿き心地が悪い訳ではない。むしろいい。でも、穿いているのは……えっちなヤツなのだ。しかもフリフリ、花柄。

 流石に、どうなんだ? 男の俺が穿いても? いや、バッチリ男用で売ってたんだけどさ。穿いて欲しいってリクエストされたんだけどさ。でも。

 ……似合ってなかったら、どうしよう。

「……アオイ」

 俺の名を紡いだ声は優しかった。頬を撫でてくれた手つきも。

「……お止めになりますか?」

「……え」

「どうか、無理をなさらないで……お召し替えましょう? いつ如何なる時も、アオイは魅力的ですよ。私を虜にして止まないのですから」

 いつ如何なる時も。

 彼の言葉が、不安で曇っていた心を満たしてくれる。ふわりと気持ちが緩んでいく。

「……だったら、見て下さい……バアルさんに見て欲しい……」

 大丈夫だって、安心出来る。

 もう俺の手は震えていなかった。なんてことはない。だって、バアルさんは、どんな時でも俺のことを。

 ボタンを外して、ジッパーを下ろす。見てもらいやすいようにズボンを下げて、服をたくし上げた。

「どう……ですか? バアルさん……」

 喉が鳴るような、息を呑むような。そんな音が、微かに聞こえたような気がした。

「あっ」

 視界がブレた直後、背に受けたフカフカの感触。のしかかってくる重み。彼の顔が見えない。

 抱き締められているからだ。腕の中に閉じ込められて、そのまま押し倒されたから。視界を占めているのは、緩めた襟元から覗く鎖骨だけ。摘んだシャツを軽く引いて、彼に強請る。

「バアル……顔、見たい……見せて?」

 期待していたけれど。彼の言葉で。

 分かっていたけれど。彼の行動で。

 俺の背を抱く腕の力が緩んでいく。俺をベッドに押しつけていた重みが徐々に軽くなっていく。

「……良かった。喜んでもらえて」

 それでも見たかった彼の顔は俺の期待通りで。耳まで真っ赤に染めたその眼差しは、焦がれるような熱を帯びていた。

 切なそうに眉を下げた彼が近づいてくる。額を重ねて擦り寄ってきてくれる。頼もしい背に腕を回せば、ぱたぱたと羽がはためく音が聞こえた。

「……申し訳ございません……言葉では言い尽くせぬほど貴方様が愛らしく、大変お可愛らしかったものですから……」

「ん、大丈夫……嬉しいよ……大好き、バアル」

 また、とびきりな行動で返してくれた。喜びを噛み締めているような唇が、そっと俺に触れてくれた。

 ついばむように交わしていた口づけが、だんだん深くなっていく。

 待ちわびていたからか、好きって気持ちがあふれているからか、その両方か。舌先が触れ合えただけで、痺れるような感覚が全身を駆け巡っていく。もう俺、感じて。

 大げさに肩を震わせてしまったからだろうか。まだ、ほんの少しなのに。俺の舌を包み込むように撫でてくれていた、ひと回り大きな熱が離れていってしまう。

 追い縋るように伸ばした俺の舌と彼の間、俺達を繋ぐように引いていた透明な糸が、ぷつりと切れてしまった。

「ふ……ん、ぁ……ばある……」

 それでもなお頬に手を伸ばし、寄せようとしていた口を細い指先が優しく拭ってくれる。何かを堪えているように引き結ばれた唇が、俺の額に触れた。

 恭しく手を取られて薬指にも。根元で輝く銀の輪へと誓うようにキスを落としてくれる。伏せられていた緑の瞳が、乞い願うように俺を見つめてきた。

「アオイ……どうか御慈悲を……愛しい貴方様を、この手で愛でさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 求める前に、求めてもらえるなんて。

 咄嗟に触れてしまっていた彼の頬が熱い。添えたまま目尻のシワを撫でていると、彼の方から手のひらに擦り寄ってくれた。瞳がゆるりと細められ、ふわふわと触覚が揺れ始める。

「……俺も、バアルに触って欲しい……今日も、俺のこと……いっぱい愛して?」

「……はい、貴方様のお望みのままに」

 その言葉通り、叶えてくれた。

 唇を甘く食んでくれながら、温かい彼の手が少し乱れていた服の下へ、肌着の下へ滑り込むように入ってきた。

 しっとりと柔い指先が触れるか触れないかのタッチで腰を、ヘソの周りを撫でてから上へと這ってくる。ゆっくり、ゆっくり、焦らすみたいに。

「んぅ……んっ、ふ……っ……ぁ……んん……」

 ……まだなのに。欲しいところ、触ってもらえていないのに。

 早くも全身に淡い感覚が広がっていく。頭の中がふわふわして、目の前が熱く滲んでしまう。

 そんな俺の状態を知ってか知らずか彼はマイペースだ。やっとこさ辿り着いた胸元でも俺の弱いところには触れることなく、全体を手のひらでマッサージするみたいに撫で回している。意地悪だ。

 そっちがその気ならと、俺も彼の唇を食んでみた。それも一回だけじゃない。何度もだ。

 珍しいことをしたからだろう。僅かな震えが触れ合っている部分から伝わってきた。とはいえ、すぐに喉の奥で笑うような震えに変わったけれど。

 再び口内に彼の長い舌が入り込んで、すぐだった。柔らかい指先が俺の好きなところに、もう期待で硬くなってしまっている乳首に触れてくれたのは。

「……んんっ、んっ、ん……ふ、ぅん……」

 指の腹で優しく押し潰されて、そのまま擦るように撫でられたり。摘まれたまま、もどかしい力加減で揉まれたり。

 同時に俺の舌も可愛がってくれるもんだから、堪らない。絡め取られて擦り合わせられたり、舌先を軽く吸われたり。求めていた以上の心地よさを、与えて貰えたからだ。

「っ……んぁっ……は、ふ…………ん……」

 最初の限界が訪れた。

 電流が走ったみたいに頭の芯が痺れていく。足が勝手にぴんっと伸びて、疼きっぱなしの股の間がジンと熱くなった。

 だらしなく口を開いたまま、小刻みに震わせていた腰を優しく撫でられる。蕩けさせるような深いものから、甘やかすような触れ合いへ。繰り返し口づけてくれている唇には、あふれてしまいそうな喜びが浮かんでいる。

「可愛いですよ、アオイ……大変愛らしい……もっと甘く乱れて下さい……私に溺れて下さい……どうか……」

 うっとりと瞳を細めた彼の吐息は、獣のように乱れていた。覆い被さっていた上体を起こし、脱ぎかけだった俺のズボンを抜き取っていく。物腰柔らかな彼にしては、荒々しい手つきで。

 バアルさんも、なんだろうか。
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