間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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初めての、南エリアへのお誘い

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 美味しい料理の匂いに代わり、室内を満たしていくのは花のように甘い香り。

「熱いので、お気をつけて召し上がって下さいね」

 ソファーへと場所を移した俺の前、銀の装飾が施されたテーブルに花柄のティーカップが置かれた。中を満たしているのは、赤みが強い茶色。バアルさんが、茶葉から丁寧に淹れてくれた紅茶だ。

「ありがとうございます、いただきます」

 桜色の唇に緩やかな笑みを浮かべ、バアルさんが隣へと腰を下ろす。と同時に、視界の外から俺とお揃いのカップがふわりと飛んできて、彼の前に置かれていたソーサーへ着地した。こちらも白い湯気が、甘い香りと共に立ち上っている。

 ふうふう息を吹きかけ冷まそうとしている俺とは違い、ゆったりとカップを傾けているバアルさん。猫舌とは無縁なんだろうな。熱さにも寒さにも強い悪魔さんだし。

 ようやく俺が、ほのかな甘みと不思議なコクを楽しめるようになっていた頃。バアルさんは、半分ほど空いたカップを静かにソーサーへと戻していた。

 スラリと伸びた足を閉じ、背筋を伸ばしているバアルさん。彼の長い腕が、俺の腰にスルリと回る。

 紅茶の匂いに、ふわりと香った優しいハーブの匂いが混じる。かと思えば、肩に温もりと、ちょっぴりの重さを感じた。均整の取れた長身が、甘えるように軽く俺に寄りかかっている。珍しいな。ご期待に応えなければ。

 慌ててカップを戻そうとして、白い手から先を越された。代わりにソーサーへ戻してくれてから、変な形で止まっていた俺の手を取る。長い指が絡んで軽く力が込められた。こっちも先を越されるなんて。

「アオイ」

「ひゃいっ……にゃ、なんでしょう、バアルしゃん」

 今度は、完全に裏返ってしまった。しかも噛んだ。二回も。顔が熱い。

 思わず俯きかけていたものの、バアルさんはツッコまないでいてくれるらしい。繋いだ手をやわやわ握りながら優しい声で尋ねてくる。

「無事に儀式と結婚式を終えたら、ご一緒に南エリアへ出掛けませんか?」

「南エリア、ですか?」

 行ったことのない場所だな。まあ、唯一行ったことのある東エリアですら、この前で二回目だったのだけれど。

「ええ、商業区である東エリアとは異なり、南エリアはリゾート区となっております」

「リゾート……ってビーチとかがある、あの?」

「はい、ございますよ」

「えっ、海があるんですか?」

 まさかホントにあるとは。発想が貧困な俺が、リゾートと聞いてパッと思いついたのが、青い海に白い砂浜っていうだけだったのに。

「ええ。自然のものではなく、術によるものですが」

 波も砂の質感も完璧に再現されておりますよ、と付け加える。

 相変わらず万能だな。プラネタリウムでも満天の星空を再現していたっけ。ヨミ様から雪合戦に誘ってもらった時も、術で積もらせたって言ってたもんな。

「ふへぇ……スゴいですね」

 納得して、改めて感心している俺の前に突然緑の結晶が、投影石が現れた。バアルさんのものだろう。俺の腰から手を離し、指先でちょんと触れた途端に、結晶から淡い光が放たれた。

 プロジェクターのごとく、宙に映し出された画像。最初は、俺が思い描いていた通りのビーチが。その次にジェットコースターや観覧車、遊園地の花形であるアトラクション達の画像へと切り替わる。

「あ、テーマパークもあるんですね。楽しそう」

「ええ。他にも、貴方様が気に入りそうな……」

 言葉を切ったバアルさんが、再び投影石を数回つつく。すると、真っ赤な鱗の質感に大きな翼、鋭い牙や瞳が本物としか思えないドラゴンの画像が現れた。

 なだらかなラインが美しい背には、乗馬で使うような鞍がつけられている。そんな、まさか。

「此方では、伝説上の生き物との触れ合いや、ドラゴンとの空中遊泳体験も出来ますよ」
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