間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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とある王様達の夜は、穏やかに更けていく

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 私の向かいに座る父上が、自慢の髭を指先で撫でながら苦笑する。

 父上は、止めてくれようとしていたらしい。が、そこでレタリーの心配性が発動したんだろう。現に今「万が一があってはなりませんので」と背筋を伸ばしている。私を見つめる眼差しは、いまだに疑っているのか訝しげだ。

 というか、そういうやり取りすら聞こえてなかったって……結構、ヤバいのではないか? 舞い上がりすぎでわ? 心配されてもおかしくなかったんじゃ……

「ヨミ様は、サタン様やバアル様と同様に底なしですからね。ああ、でも今日はバアル様、一滴も飲まれていませんでしたね」

 ジョッキを置いたレダが、不思議そうに薄茶色の顎髭を無骨な指でなぞっている。軽く傾げた太い首と一緒に、ライオンさんと同じ形をした耳が、片方だけぺしょっと下がっていく。

「それは、アオイ様がいらっしゃったからでしょうね」

「まぁ、そうじゃろう」

「やはり、そうでしたか。何か、良いことがあられた時は、いつも沢山飲まれていらっしゃったので……意外だなと」

 レタリーと父上の推測に、納得したようにレダが頷く。

 まぁ、それ以外に考えられないだろう。バアルのことだ。お酒臭くなってしまっては、アオイ殿に嫌われてしまうかもしれない……とか考えていたに違いない。

 その程度で、嫌われる訳がないと思うがな。アオイ殿、いつもバアルを目で追っておるし。常に、バアルのことが好きって空気が出ておるしな。ふわふわした笑顔にも、そう書いておるし。

 不安になってしまうくらい、バアル自身もアオイ殿に心底惚れているんだろうが。

「うむ。ヨミの誕生日には、いつも浴びる程飲んでおるからのう」

「父上の誕生日の時も、でしょう」

 嬉しさに気恥ずかしさが混ざったからか、つい強調して付け足していた。

 誰が、かは分からない。が、クスリと吹き出したのを切っ掛けに笑い声が移り、広がっていく。皆、お酒が入っているせいか、中々止まらない。

 全員が涙目になった頃。ようやく収まってきた時だった。

「それにしても……まさか、バアルが結婚とはのう。しかも、自ら望んだ相手と。アオイ殿が来て、まださほど経ってはいないというのに……」

 父上が、しみじみと呟いてからグラスに口をつける。どこか遠い目をしているのは、父上だけではない。皆も口を閉じ、瞳を伏せた。

 本当に、今までのバアルでは考えられないことばかりが起きている。アオイ殿が、この国に来てから。バアルが、アオイ殿に恋をしてから。

 血の繋がりはなくとも、私達はバアルと家族になれていると思っている。バアル自身も、そう思ってくれている筈だ。

 だが、やはり壁はあった。恩義や忠義という名の壁が。そればかりは、私と父上とでは如何ともし難く、どうしようもなく高く越えられないものであった。生い立ちは変えられないのだから。

 ならば、私達以外の真に心を許せる者を。唯一無二の友を。もしくは、最愛となる誰かをと。引き合わせようとしたが、惨敗だった。

 今ならば、その理由が分かる。

「……初めてですからね。バアルが、私や父上にお願いをしてくれたのは。自分の、やりたいことを……主張して、くれたのは……」

 それは、とても嬉しくて。嬉しくて仕方がないハズなのに。胸のどこかが、ぽかりと空いた気がして。

 上手く言葉が紡げなくなってしまう。また、熱い何かが込み上げてきてしまう。

「……ヨミ様」

 私のせいだ。空気がしんみりしてしまった。今日は、めでたい夜なのに。皆で、大いに笑うべきなのに。

「ほい、お待たせいたしました」

 木目ばかりの視界に、コトリと白が。優しい香りのするスープが映った。木の器を満たすスープには、白菜とベーコンが浮かんでいる。とてもシンプルだ。

「ミルクスープです。お酒ばかりじゃ胃に悪いでしょう? 温かいものを入れると、ほっとしますよ」

「……スヴェン」

 顔を上げれば、大きな口をニコリと開けた料理長殿が、人数分のスープが入った器を乗せたお盆を持ち、佇んでいた。

 何処に行っていたのかと思えば、料理に励んでいたらしい。

「どうぞ、皆さんも。温まりますよ」

「美味しそうじゃのう、冷めてしまわぬうちに頂こうか。のう、ヨミ」

「……はい」

 匙を手に、湯気立つ白を掬ってひと口。

 ふわりと広がる優しい風味に、喉を通りお腹を満たしていく温かさに、心が緩んでいく。自然と口元が綻んでいく。

「……美味しい」

「……光栄に存じます。お代わり沢山ありますから、ゆっくり楽しんで下さい」

「ああ、ありがとう」

 皆で、ゆったりスープを味わいながら夜が更けていく。

 肩を抱き合い騒ぐ訳でも、大声で笑い合う訳でもない。けれども、皆、微笑んでいて。満たされていた気がしたんだ。
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