上 下
441 / 824

とある死神の師匠と弟子の夜はまだ更けない

しおりを挟む
「クロウも、お腹空いていたんですね」

「……まあな」

 夜食というよりは、ティータイムだな。そう、ぼんやり考えていたところで、思い至る。

 明日、いやもう今日か。とにかく、いつものティータイムは、どうしようかと。お断りした方が、いいんじゃないかと。

 思い立ったが、だ。メッセージだけでも送っておこうと、投影石を取り出した。文章を念じているところで、グリムが不思議そうに尋ねてくる。

「……連絡、ですか? こんな時間に?」

「……ああ。朝の茶会、今日は、お休みさせてもらおうと思ってな」

「えっ、どうしてですか?」

「俺もグリムも悲惨な顔になっちまってるからな。お二人に、ご心配をかける訳にはいかないだろう?」

「ああ……そうですね」

 今からでも冷やして、術をかければ多少は誤魔化せるかもしれない。

 だが、気持ちはどうだろうか。俺も、グリムも、今は落ち着いている。とはいえ、お二人の顔を見れば、また込み上げてくるかもしれない。

 寝不足だったならば、尚更だ。正直、あまり眠れる気がしない。そもそも今からじゃあ眠れる時間も、そんなにないしな。お茶会に行くのならば、アオイ様に渡す花を探しに行かなければならないし。

「それに……」

 俺達にとっても特別な夜になったが、お二人にとっては言わずもがなだ。

 邪魔になるんじゃないだろうか。出来るだけ、二人っきりで過ごしたいんじゃないだろうか。

 ……前に、アオイ様の首にキスマークがついてたんだよな。

 普段は、手を繋いだり、見つめ合ったり。バアル様に抱き締められただけで、アオイ様が顔を真っ赤にして照れていらっしゃったり。大変仲睦まじく、微笑ましいお二人だが……やることは、やっていらっしゃるようだから……

「それに、なんですか?」

 思考が無粋な方向へ行きかけたところで、待ったをかけてもらえた。

 頭を振って、妙な考えを散らしていると手を握られ、催促される。

「あー……ほら、お二人は婚約されたばかりだろう……だから……」

「……ああっ、なるほど! 出来るだけ、ぎゅってしてたいですよね! アオイ様、バアル様のこと大好きですもん!」

 瞳を細めながら「バアル様にぎゅってされてる時のアオイ様、幸せそうですもんね」と続けたグリムに、胸を撫で下ろす。

 こういう時には有り難いんだよな。そっち方面が抜けているのは。

 グリムが納得してくれたところで、バアル様にメッセージを送った。その後、他愛のない話を交わしながらクッキーとレモネードを楽しんで、片付けを済ませた頃だった。

「クロウ! 約束ですよ! 抱っこして下さい!」

 した気はないが。待ってくれとは言ったか。

「……寝なくていいのか?」

「眠れそうにないから、頼んでいるんですよ!」

 俺の手を握るグリムは、何故か堂々としている。小さな胸を、えへんと張って、さも当然だと言わんばかりに。

「んー……じゃあ、布団の中でな。眠れるかもしれないし」

「えー……それじゃあ、いつもと一緒じゃないですかぁ」

「? ハグも抱っこも変わらんだろう?」

 単に横になるか、座るかの違いじゃないかと思うんだが。曰く特別感があるとか何とか。包みこまれている感じが落ち着くのだとか。

 じゃあ、後ろから抱き締めればと提案したが「それだと、クロウの顔が見れないじゃないですかっ」と一蹴されてしまった。それの何がいかんのか、やっぱり分からん。

「……で。満足頂けましたか?」

「はいっ」

 冗談めかして言ってみても何のその。ソファーに座る俺の膝の上で寝転がり、胸元に頬を寄せているグリムはご機嫌そのもの。にっこにこだ。

 まぁ、グリムがいいなら、それでいいんだが。

 落ちてしまわないよう、背中を支え、手を握る。何かこの感じ、覚えが。

「……ああ」

 そう言えば、バアル様がよくしていたな。こんな風にアオイ様を横抱きにして、ご自身の膝の上に抱えていらっしゃったな。だったら、納得だ。

「どうかしましたか? クロウ」

「いや。で、この後は、どうしたらいいんだ? 頭を撫でればいいのか?」

「いいんですかっ!? 今日は、大サービスですね?」

 ぱぁっと顔を輝かせたグリムに、吹き出しそうになってしまう。それくらい、いくらでもしてやるってのに。

「ああ、とことん付き合うって言っただろう?」

 じゃあ、僕も! と何故かグリムが張り切りだした結果、お互いに頭を撫で合うことに。

 お陰で今度は笑いが止まらなくなってしまった。グリムもだ。釣られたのだろうか。撫で回す度に、きゃっきゃと笑い転げている。それでも、俺をわしゃわしゃ撫でる手は止まってはいないが。

 やっぱりだ。今日は、まだまだ眠れそうにない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

処理中です...