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なんで俺、誤魔化しちゃったんだろう

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 まさか、スヴェンさんから直々に料理を教えてもらえるなんて。しかも、グリムさん達もご一緒にだ。

 楽しみだなぁ。

 今日もだけれど、いつも美味しいお料理を作ってくれているスヴェンさん。俺の為に、ヨミ様と一緒にお手軽レシピを作ってくれた彼が、先生になってくれるのだ。

 またレパートリーが増えて、バアルさんに喜んでもらえるかも。

 楽しかった宴から、美味しかった料理、そしてスヴェンさんとの約束へと、いつの間にか一人連想ゲームをしてしまっていた。そのことに気がついたのは、クスクスと笑う声が耳に届いてから。

「今度は私達がパーティーを開き、皆様方をご招待致しましょうか? 以前のカツレツパーティーのように」

 柔らかい微笑みと共に、魅力的な提案をされてからだった。

「いいですね! その場合、別棟よりかは、もっと皆さんが集まりやすい場所の方がいいですかね?」

 あの時お招きさせてもらったのは、ヨミ様とレタリーさん。それからグリムさんとクロウさん。よく俺達の部屋でお茶をする彼らだから、何も考えずにお呼びしてしまっていた。

 とはいえ別棟は、サタン様とヨミ様のプライベートなお部屋があるからな。

 いつも警備をしてくれている親衛隊の皆さんでさえ、特別な時以外はお誘いしても、ご一緒にお茶をしてくれない。俺達の部屋にすら入ってくれないのだ。だから、お菓子を作った時は、いつもラッピングしてお裾分けしているんだけどさ。

「左様でございますね。儀式を終えてからヨミ様にご相談してみましょうか」

 ………………ぎしき。

 …………ぎしき。

 ……儀式。

 ごくごく自然に発せられた単語が、頭の中でこだまする。のんびりしていた鼓動が、はしゃぎだす。

 そっか。そうなんだよな。もうすぐ俺、バアルさんと結婚するんだよな。プロポーズ、してもらったんだよな。

 俺の襟元を飾っている緑に輝くバラ。そして、彼の左胸で淡く光っているオレンジのヒマワリ。

 バアルさんが俺に、俺がバアルさんに渡した魔力の花。婚約の証が煌めく様を見ているだけで、表情筋がふにゃりと蕩けてしまいそう。

 湯気も出てしまっていそうだ。全身を支配している、浮かれた熱のせいで。

 不意に、頬を柔らかい温もりで包まれる。かと思えば、ヒマワリばかりを映していた視界に掘りの深い顔が、バアルさんが映った。いつも柔らかい弧を描いている凛々しい眉毛が、八の字に下がってしまっている。

「……アオイ? いかがなさいましたか?」

 よしよしと両手で俺の頬を撫でてくれながら、バアルさんが尋ねてくる。その瞳には、寂しい光が宿っているように見えた。

「す、すすすみません、ちょっとぼーっとしちゃってて、疲れてるのかな……はは……」

 ……なんで俺、誤魔化しちゃったんだろう。

 そのまま言えば良かったのに。浮かれていましたって。もうすぐ貴方の奥さんになれるのが、嬉しくて堪らないんだって。

 ……バアルさんは優しい。少しだけ聞きたそうに見つめていたけれど、何事もなかったかのように微笑んでくれたんだ。

「……左様でございましたか。では、温かい紅茶を淹れましょうか? それとも、冷たいお水の方が宜しいでしょうか?」

「……あ、ありがとうございます。じゃあ、お水でお願いします」

「畏まりました」

 逞しい胸元に手を当て、俺に向かって丁寧な会釈を披露する。

 バアルさんがテーブルの方へと手を差し出した途端、どこからともなく現れた水で満たされたガラスのピッチャー。輪切りのレモンが浮かんだそれを、彼が手に取った。

 すると、愛用しているペアグラスが続いてぽぽんっと宙に現れた。まるで、見計らっていたかのようなタイミングだ。

 ふよふよ浮かんでいるそれらの内一つが、空いている彼の左手へと近づいていく。手に取り、丁寧に注いでくれてから、俺の手元へと差し出してくれた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 手のひらから伝わってくる冷たさが心地いい。彼が、自分の分も注ぎ終えたのを確認してから、透明なグラスに口をつけた。

 爽やかなレモンの風味が広がっていく。思っていた以上に喉が乾いていたんだろうか。気がつけば俺は、喉を鳴らしながら一息に飲み干してしまっていたんだ。

 空いたグラスは、すぐさま満たされた。気配り上手なバアルさんの手によって。

「ありがとうございます」

「いえ」

 頂いたおかわりも、すぐに半分に。結構、向こうで飲んじゃっていたんだけどな。やっぱり、ジュースじゃ水分補給にはならないんだろうか。

「……そういえば、バアルさんもお酒飲まなかったですよね。苦手なんですか?」

 ふと思い出したことが、口をついて出てしまっていた。

 ……美味しいお料理のお供。なおかつ、宴といえばお酒ってなるんだろう。

 満面の笑みで舌鼓をうちながら、皆さんが掲げていた杯。上品な細長いグラスやら、重たそうなジョッキやら。透明なそれらの中は、ヨミ様の瞳くらい真っ赤なワインや、黄金色の泡立つビールで満たされていた。

 俺も、顔を真っ赤にしたサタン様に勧められたんだけど断った。代わりに果汁100%なジュースを頂いたんだ。

 俺の他にもグリムさん、親衛隊のベィティさんがジュース派だった。そして意外なことにバアルさんも。ワインとか、目茶苦茶似合うなって勝手に思っていたんだけど。

 銀糸のようにキレイな睫毛が瞬く。上品に傾けていたグラスから口を離したバアルさんが、シャープな顎に指を添えた。

「いえ、苦手という訳では……ビールよりは、ワインが好みではありますが。ですが……」

 言葉を切ったバアルさんは、何だか言い辛そう。時折、俺を見つめては、渋いお髭が似合う口元をもごもごさせている。

 原因は、俺……か? だったら、理由は一つしかない。

「もしかして、遠慮してたんですか? 俺がお酒、飲まないから……」
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